882編公開中。 今を映す手鏡のように
『ピーナツ・バターで始める朝』 の一覧
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2017.8.25
明日への希望は社会の財産
縦書き
 一九六二年に公開された日活映画『キューポラのある街』で、若い女優としてまず最初の頂点をきわめた頃の吉永小百合をめぐって、スクリーンに投影される彼女のイメージとして大衆がもっとも歓迎したのは、彼女の全身、その一挙手一投足…
2017.7.21
虚ろな内側をよく見ておきなさい
縦書き
 ジュリー・ロンドンが歌う「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌い出しは、三とおりのマイナー・コードのなかを下降して上昇しそこからふたたび下降するメロディによる、四分の三拍子の四小節だ。そしてそのなかで、Fly me t…
2017.6.13
金魚と散歩だ
縦書き
 梅雨の晴れ間、平日の午後、約束どおりの時間に、僕はその喫茶店の自動ドアを入った。彼女が指定した喫茶店だ。僕もときどきここでコーヒーを飲む。彼女と偶然にここで逢うことが、これまで一度もなかった。そのことについて思いながら…
2017.5.14
母の三原則
縦書き
 あなたのお母さんに関してもっとも印象に残っていることはなにですかと、ごく最近、人に訊かれた。尋問の雰囲気をかすかに感じさせるような、きわめて真面目な質問のしかただった。母親その人のものとして、もっとも強く特徴的だったの…
2017.4.28
今日も小田急線に乗る
縦書き
 小田急線の駅名のなかに「ヶ」という片仮名が六つある。そのうちの四つは花と関係している。その花とは、新宿のほうから順に、梅、百合、そして桜だ。百合はふたつならんでいる。「ノ」と言う片仮名がひとつ。これは片瀬江ノ島だ。「ラ…
2017.3.10
白い縫いぐるみの兎
 一九四五年の二月の後半、五歳の子供だった僕は、両親とともに東京駅から汽車に乗り、途中で一度も乗り換えることなく、東海道線そして山陽本線とたどっていき、山口県の岩国に到着した。汽車のなかで一泊し、合計では二日以上かかった…
2017.1.10
ハワイの田舎町を訪ね歩く
 日本にはないものを買いにハワイへいこうと思う。オアフ島だけでもいいのだが、楽しみを少しだけ拡大させるために、ハワイ島、マウイ島、モロカイ島などへも渡ろう。それらの島々で田舎町を訪ね歩くのだ。昔からある日用雑貨店に入って…
2017.1.1
『草枕』のような旅を
 夏目漱石の『草枕』という小説を、いまになってやっと、僕は読んだ。たしかにやっとだが、読み終えてふた月ほどたついま、少なくとも僕にとっては、この小説を読むための最適な時は現在をおいて他になかった、と思っている。夏目漱石の…
2016.11.11
万年筆で書く
 文章の原稿をかつて僕は原稿用紙に万年筆で手書きしていた。その期間は延べ三十五年くらいになる。いったい何枚の原稿用紙を、下手な手書きの文字で埋めたか。万単位であることは確かだ。万年筆で原稿用紙に手書きするとは、その頃の僕…
2016.10.31
本が僕に向かって旅をする
 アメリカでインタネット上に運営されている古書店にしばしばアクセスしては、主としてペイパーバックを買っている。クレディット・カードによる決済を主たる業務とする大きな枠があり、そのなかに世界じゅうから、リアルあるいはヴァー…
2016.10.14
『路上にて』を買いそこなう
 日本語に翻訳されたときの題名を『路上にて』という、ジャック・ケルアクの『オン・ザ・ロード』を一九六二年、大学三年生のときに読んだ。そのときのペイパーバックをいまでも持っている。シグネットというペイパーバック叢書からの、…
2016.10.4
本を三冊買う
 本を三冊買う、という楽しみかたの方針を、現在の僕は確定されたものとして持っている。三冊だと買うときにもっとも楽しい。おそらくそのせいだと思うが、買ってからずっとあとまで、その楽しさは持続する。だから、楽しみかたの方針と…
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