884編公開中。 今を映す手鏡のように
『すでに遥か彼方』 の一覧
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2017.9.20
フィクション 1
縦書き
「お酒を一杯だけ、つきあってほしいの」  と、彼女は、電話のむこうで言っていた。  長距離電話のような、遠い声だった。 「今日の夕方の、時間のご都合は、どうかしら」  と、彼女は、きいた。  彼女の質問に、ぼくは、微笑し…
2017.8.12
誕生日
縦書き
 かつて三津子さんという女性がいた。いまでもどこかで美しく元気にしているはずだ。この三津子さんが二十五歳のときにぼくは彼女と知り合い、彼女が二十八歳のなかばになるまで、ぼくは彼女の数多い友人のひとりだった。  彼女の二十…
2017.6.7
ポンティアック
縦書き
 ほんのすこしだけ昔の、あるいは大いに昔の、アメリカの自動車についてあれこれ考えていたら、懐かしい名前をたくさん思い出した。かつてぼくが親しんだアメリカ製の大きな自動車たちの名前だ。  一九六六年のポンティアック・グラン…
2017.1.20
林檎の樹
 星条旗が立っている郵便局の裏をゆっくりとおりすぎると、行手に一本の巨木が見えた。樹木に関するぼくの知識で判断すると、その大樹は楢の樹の一種のようだった。  巨木や大樹は、たいていの場合、神々しさに近いような威厳を、長い…
2017.1.18
ダブル・バーガー
 巨大な空の全域を、分厚い雲が灰色に埋めていた。さまざまな色調の灰色の雲が、複雑に何層にも重なりあい、その結果として、空の雲は分厚かった。重層している雲の、どの層も、急速に動いていた。深く広い空の、ここが自分の高さだと定…
2017.1.17
弁当
 東京都世田谷区立の、男女共学のきわめて普通の高等学校をぼくは受験して合格し、その高校を三年間でごく普通に卒業した。  ぼくが受験する高校としてこの学校を選んでくれたのは、中学三年生のときの担任の先生だった。現在の事情を…
2016.9.23
台風
 夜明けがはじまる時間に、ぼくたちはランドクルーザーでその港町に着いた。ぼく、そして友人の、ふたりだ。台風が上陸する地点まで出かけて、上陸してくる台風を鑑賞しようという、ひま人の呑気な旅だった。そして、その港町は、ぼくた…
2016.9.19
ショート・ショート
 夏はすでに終っている。九月もなかばをすぎたのだから、当然だ。九月のはじめには、たいへんきびしい残暑というかたちで、夏がまだ残っていた。なかばをすぎたいまでは、どこをどう見渡しても、夏は消えてしまっている。この九月が終る…
2016.6.19
父のシャツ
 幼年期を終って少年期へ入っていこうとしていたころのぼくにとって、いつも身近にありながら解明不可能な謎をいくつもはらんで常に魅力的であったもののひとつに、父親の着ていたシャツというものがある。なかでも仕事のときに身につけ…
2016.5.22
六〇年代
 一九六〇年代はじめのぼくの身辺には、アメリカ人の友人たちがいつも何人もいた。主としてジャーナリストの男性や女性が、入れかわりたちかわり次々にアメリカから日本に来ては、仕事をしていた。彼らがロこみでぼくのことをおたがいに…
2016.5.21
私の学校
 小学校から高等学校まで、学校の教室におけるぼくの席は、いつもいちばんうしろだった。しかも、窓ぎわだ。窓ぎわのいちばんうしろの席以外の席にすわった記憶がぼくにはない。  なぜいつもいちばんうしろだったかというと、少年のこ…
2016.5.11
男物のシャツ
 春おそいその日曜日は早朝から雨だった。しかし、彼と会う約束のために彼女が町へ出かける昼すぎには、雨はすでにやんでいた。  町には、雨のすがすがしく甘い香りが残っていた。  夕食までの、ゆっくりと流れていく自由な気持の時…
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