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女性たちがニューヨークへ消えていく

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 ぼくの身辺から、女性の友人たちが次々に消えていく。十七年まえから現在にいたるまでのあいだに、七人の女性の友人たちが、いなくなった。七人ともすべて、東京を捨ててニューヨークへいってしまったのだ。

 十七年まえに、ぼくの女性の友人としてまず最初にニューヨークへいってしまった人は、いまではそこでたいへんな要職につき、活躍している。活躍ぶりを、目のあたりにつぶさに見たことがあるが、あのときの深い感銘はいまでもぼくの胸のなかで新鮮だ。彼女からはじまって、つい最近の第七号まで、全員がニューヨークへいき、そこで活躍の道をきりひらいている。第七号はニューヨークへ渡ってまだ日が浅いから、活躍ははじまってはいないだろうけれど、将来の活躍にむけて、いまは自分が持っている能力のすべてを全開にして、土台づくりに夢中になっているはずだ。

 十七年まえにニューヨークへいった第一号の女性は、たいそう美しい、健康で頭脳明晰な、ほんとに優秀な女性だった。大学を出て就職し、さあ、やるぞ、というところまではよかったのだが、会社にいったん入ってしまうと、そこは想像もしていなかったほどに古い、みじめな男社会であり、そのなかに身を置いている男たちは、ひとり残らず見事な会社人間だった。

 いくら彼女が優秀であっても、そして可能性に富んでいても、要するに彼女は一介のOLになったわけだから、毎日はそれこそお茶くみとコピーであり、電車に乗って会社にいっては、補佐的な仕事の最端末で書類をいじって日が暮れてしまう。

 すっかり悩んでしまった彼女は、半年もたずにその会社を辞めた。そして、なにをするでもなくぼんやりと日々を送っていたある日、彼女はぼくとデートした。いっしょに、洋書店へいった。東京の洋書店はいまでも退屈なところであり、その当時はもっと退屈だったが、とにかく洋書店だから、新刊が多少は入って来ている。ぼくは本を選び、彼女も店のなかを歩きまわり、本を見ていた。

 しばらく時間がたってふと見ると、彼女がひどくつまらなさそうな顔をして、ひとりでぼんやり立っていた。彼女がこんなにつまらなさそうにしているのをはじめて見るぼくは、彼女のところへいき、どうかしたのか、具合でも悪いのかと、思わずきいてしまった。そしてそのときぼくはわかったのだが、洋書店のなかでの彼女は、写真集や画集などを別にすると、どの本を見てもとっさにはなんの本だかわからず、しかも英語の本というものにそもそもなじみはほとんどなく、したがってそこにいくらいてもつまらないから、不覚にも見るからにつまらなさそうな様子をぼくに見せてしまったのだ。

「いくらきみが優秀でも、すくなくともここにいるあいだは、きみは文盲なのだね」

 と、ぼくは彼女に言った。ごく軽い気持ちでぼくは言い、彼女も笑っていたが、じつはこのとき、彼女は、生まれてはじめて体験するほどの強い怒りを感じていたのだ。にこにこと笑いながら、彼女は心のなかではかんかんに怒っていた。平気でひどいことを言うぼくに対して腹を立てたことも確かだが、文盲と言われてじつはそのとおりである自分に、彼女は怒ったのだ。

 彼女は、まったくあらたに、猛然と勉強をはじめた。そして、一年あとに、ニューヨークへ渡った。あれから十七年が経過し、そのあいだに彼女も含めて七人の女性の友人を、ぼくはニューヨークに失ってきた。

 洋書店での出来事を、第一号の彼女から、ぼくは何年もあとになって、親密な雰囲気のなかで、聞かされた。

 第二号がニューヨークへいってしまうまでに、五年ほどあいだがあいた。そして、それ以後、第三号、第四号と、次第に時間的な間隔がせばまっていった。今年は、これを書いているいまはまだ六月だが、すでに二人の女性が、東京をおそらく本格的にあとにして、ニューヨークへ移っていった。

 七人の女性たちを私情をまじえずひとりずつ冷静に思い浮かべてみると、誰もがそれぞれにきわめて優秀だ。優秀な人材が七人もいれば、たとえば会社ではひとつの大切な部署を形成しうると、ぼくは思う。そして、優秀であるがゆえに彼女たちは二ューヨークへ出ていったのであり、これはおおげさでもなんでもなく、人材流出だ。

 彼女たちはなぜ東京からニューヨークへ移ったのだろう。ぼくがここで彼女たちの決意を代弁するまでもなく、答えは簡単だ。彼女たちの場所が、ここにはないからだ。優秀な女性が、その優秀さゆえにどこまでも活躍していけるという場所が、ここにはない。あるいは、皆無と言っていいほどにすくない。どこまでも活躍する優秀な女性、というものが、具体的にもそして概念的にも、ここにはそもそもない。だから、優秀な女性の活躍の場はないし、そういう場をつくろうという動きも、ほんとはない。とにかく、ないないづくしなのだ。優秀でもなんでもなく、そこにただいるだけですでに大きなはた迷惑、という感じの多くの女性たちが、女性たちぜんたいの足をひっぱっているという現実は、これは確実にある。だから、男性たちのほうも、ゆりもどしを簡単に起こすことが出来る。

 埋没するか、外へ出ていくか。外へ出ていくことを選んだ七人の彼女たちを、第一号だの第七号だのとぼくは呼んだが、これは冗談プラス親愛の気持ちであり、彼女たちをぼくは誇りに思っている。

(『きみを愛するトースト』1989年所収、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』1996年)


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2016年3月2日 06:40
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