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1400兆円分の身の危険

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 個人の金融資産、つまり簡単に言うと貯金が、日本ぜんたいでいま千四百兆円あるという。「すごいね。それだけのかねがあれば、日本はまだまだ大丈夫だよ」などと言う人が、庶民や学者、政治家など、あらゆる領域にいる。人々がこれだけの額の貯金をしている理由を、日本人の貯金好き、消費を悪ととらえる根強い倫理観、いまを犠牲にして将来にそなえる性向などによって、彼らは説明しようとする。

 将来に関して人々が直感している不安が、その濃度を高め続け、しかも量的にも増えるいっぽうだから、人々は貯金してそのような不安に対処しようとした。そのひとまずの結果が千四百兆円という額の貯金だ。将来に関する不安とは、政治の現状と見通しだ。それは不安という次元をとっくに越えている。この先なにをされるかわからないという恐怖感、さらにはひしひしと身におよびつつある危険の自覚といった地点にまで達している。日本の人たちが日本の政治や経済をいかに信用していないか、その不信感の深さゆえの、ずば抜けて高い貯蓄率が生んだ千四百兆円だ。

 選挙において無党派層の力が拡大されつつある現状を見て、政党政治の終わりだと説く人がいるが、政党とはこの場合は自民党のほかになく、したがって自民党政治の終わりなのだ。一九五五年以来の自民党政権は、それなりに機能した時代を持った。しかしこの政党が利権誘導の機構になりすぎた事実は、もはや誰の目にも明らかだ。ずっと以前からそうだったのだが、それでもまだ自民党のほうがましだ、という時代が続いた。そして自民党はさらなる腐敗を深めた。

 そこへ登場したのが現在の首相だ。「自民党をぶっつぶしてでも」とは矛盾もはなはだしい。矛盾をとおり越して、最初からきわめて欺瞞的だ。自民党の人に自民党がいったいどのようにぶっつぶせるのか。これまでとは違った自民党にする、という程度の意味かもしれないが、これまでとなにも変わらない、つまりもっと悪くなる、という方向へとすべては向かいつつある。

 自民党政治がおこなってきたのは、政府を大きくしてそれを維持することだった。大きな政府は財政を悪化させた選挙の集票にもっとも効果的だった公共事業の誘致は、景気対策としても受け入れられやすく、まわりまわって日本ぜんたいのためになる、というような説法にも有効だった。日本は世界にまれな公共事業国家となった。税金のすさまじく偏った使われかたが常態となり、それゆえに、生活のしやすさ、不安のなさ、安心感、それらを土台にして見つける目標や生きがい、そしてそこに芽生えてくる文化といったものに関して、文明国とは言いがたいほどの最貧の状況のなかを、いま人々は生きている。

 国家による税金の使われかたの、戦慄すべき偏りを如実に示しているのが、人々による千四百兆円もの貯金だ。この貯金に国家が手をつける日が近づきつつある。なんらかの税金で引き出せば、それでいい。税金によって引き出された人々の貯金は、彼らの生活を安定させる方向には、まず使われないだろう。人々が感じている身の危険が現実となる方向へと、舵はすでに切られている。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 戦後 日本 経済
2015年12月21日 05:30
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