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『東京の宿』1935年(昭和10年)

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 昭和10年に公開された日本の娯楽映画を、たとえば向こう3か月のうちに10本ほど映画館で見る、というようなことは、いまの日本ではまず不可能だ。数の揃っている店へいき、ヴィデオとして市販されている昭和10年製の娯楽映画を、何本買って帰ることが出来るだろうか。5本に満たないのではないか。昭和10年を僕は『東京の宿』*という作品に代表してもらうことにした。選ぶ範囲は極端に狭いから、そうせざるを得なかったのだが、『東京の宿』に不足はなにもない。

 この映画は小津安二郎が作ったサイレントの作品だ。コメディである、という評価がもっとも正しいと僕は思う。喜八という名の男性を主人公にして、この当時の小津はいくつか作品を撮った。『東京の宿』はそのなかの一本であるということだ。後年、周吉という名の男性が出て来る作品を、繰り返し撮ったのと似ている。

『東京の宿』はコメディである、という評価がもっとも正しいと僕は思う。しかし、コメディというひと言は、思いのほか範囲が広い。いま少し範囲を限定して評価するなら、『東京の宿』は身の上話だ。なにしろサイレント映画だから、ごくわずかな字幕で語ることの出来る、単純なストーリーでなくてはならない。その単純なストーリーを進展させていくのは、数少ない登場人物たちの、ごくわかりやすい演技だけだ。どんな話がどう進行しつつあるのか、なんの無理もなく観客に理解させなくてはならない。

 このような映画に、身の上話は最適だ。身の上話には二種類ある。いいわねえ、うらやましいわねえ、私たちも少しでいいからあやかりたいわねえ、と観客に言わせるような身の上話。もうひとつは、これにくらべたなら自分ははるかにましだ、とスクリーンを見ながら観客が思うような身の上話だ。『東京の宿』は明らかに後者だ。そしてそれは、我が身に重ねて充分に身につまされる、というかたちのわかりやすさでつらぬかれている。サイレントなのに、台詞を音声で聴いたような錯覚が残る。それほどに、わかりやすい。

 喜八という名の中年男性が子供をふたり連れて、夏の日のなかを歩いている。三人の身なりはみすぼらしく、存分に汚れてもいる。荷物は風呂敷包みひとつだ。ふたりの男の子供は、彼のまだ幼い息子たちだ。彼らの母親、つまり喜八の妻は、あとの展開でわかるが、夫のもとを逃げてそのまま行方がわからない、という設定のようだ。旋盤では熟練工の喜八は、職を探して歩いている。どこへいっても断られる。所持金はすでに底をつき始めている。食事を抜いて宿屋に泊まるか、食事をして野宿するか、という状態にある。

 彼らが歩いているのは、現在の江東、墨田、そして葛飾の、荒川に接しているあたりだ。昭和10年のスケールでの、殺風景な工場地帯だ。砂町という固有名詞が字幕に出て来たと思う。画面の奥に二度、電車が走っているのを見ることが出来る。かつてのなんという路線かがわかれば、電車との距離や角度から、彼らが歩いている場所、つまり撮影場所が、現在の地形の上に特定出来るだろう。

 喜八に職は見つからない。幼い娘をひとり連れた、美人と言っていい出来ばえの中年女性と、彼らは知り合う。彼女も職を求めてあてもなくさまよっているらしい。この女性の背景は、おそらく明確な意図のもとに、いっさい説明されない。観客に彼女の身の上をさまざまに想像させて楽しませる、という意図ゆえにだ。喜八の子供たちは彼女を小母(おば)ちゃんと呼ぶ。彼女には名前もあたえられていない。最後まで小母ちゃんだ。

 野宿するつもりの喜八とふたりの息子たちは、めし処で天丼を食べる。食べて外へ出ると雨が降っている。困っている喜八は、昔なじみの女性にばったり会う。かつて彼がなにかと世話になり、借金を残したままの女性だ。彼女はいま彼らが夕食を食べためし処を切り盛りしている。ふたりの大人は偶然の再会を喜ぶ。彼女は気のいい女性らしい。

 彼女の世話で喜八は近くの鉄工所に職を得る。働けば給金が入る。長屋の一室に寝泊まりする場所も確保出来る。食事も一日にまともに三度だ。ああ、よかった、と彼らはひと安心する。しかし、中年女性のほうは、娘が病気になって熱を出す。すぐに酌婦になる。彼女になかなか会えず、自棄ぎみに飲み屋で酒を飲んでいる喜八の席へ、彼女は出て来る。

 こんなところの女になったのか、と喜八は驚き、そして怒る。こんなところにいないで、早く娘のところへ戻って手を握っていてやれ、と彼女を論す。彼女はそのとおりする。喜八が付き添う。彼女の娘は額を冷やして寝ている。入院のためのおかねを喜八は工面しようとする。めし処の女性に、30円貸してもらえないか、と頼む。そんなかねはないと断られた喜八は、画面では描かれないが、他人のかねを奪うという犯罪を犯す。

 手に入れた現金を喜八はふたりの息子たちに託し、小母ちゃんのところへ持っていかせる。めし処の女性に喜八はいきさつのすべてを話す。初めからそう言ってくれたら、私だってなんとかしたのに、と彼女は言う。しばらく子供を預かってくれ、と喜八は彼女に言う。自首する決意とも取れる言葉を残して、彼は泣く彼女のもとを去っていく。ひとりで歩いている喜八の、おそらくは夜のつもりのショットでこの映画は終わる。喜八は逃げようとしているのか、しばらく身を隠そうとしているのか、決心がつかないのか、あるいは警察に向かっているのか、この最後のショットは意味不明だ。

 急速に暗さへと向かおうとしていた当時の世相を映して、小津のこの作品も社会批判の視点とともに暗い仕上がりとなっている、というような言いかたは正しくないと僕は思う。社会批判の視点はこの映画にはどこにもない。世相を映してもいない。必要なら世相も適当に取り入れはするけれど、小津は基本的には世相に関心を持っていない。彼にとって『東京の宿』はコメディの試みのひとつであり、単なる作り話であり、大衆商品としての機能は身の上話だ。

 大衆の娯楽としての身の上話がそなえるべき要素を、この作品はきちんといくつも持っている。喜八という男性はなかなか人のいい働き者のようだが、いったいなぜ妻に逃げられたのか。子供をふたりも置いて行方不明になったままとは、妻のほうにもよほどの事情があったのではないか。そしてそれはいったいどんなことなのか。スクリーンを見ながら、あるいは映画館を出たあと、大衆はさまざまに想像をめぐらせて楽しむ。喜八の妻とはどんな女なのか。いまどこでなにをしているのか。

 喜八はこのあと、いったいどうなるのか。子供たちは、そして小母ちゃんは。それにしてもこの小母ちゃんという女性は、何者なのか。どこで生まれてどう育ち、どこでなにをして来た女なのか。亭主がいたのか、それとも娘は父なし子か。亭主がいたなら、別れたのか。そしてその理由は?  どんないわくがあって、一文なしで幼い娘を連れ、工場地帯をさまようのか。なにを背負い、なにを引きずり、なにを思っているのか。男の身の上よりも、女の身の上のほうが、はるかに気になる。『東京の宿』を見た人は、まだ見ていない人を相手に、喜八や彼女の身の上について語り、楽しむ。

 『東京の宿』は身の上話として良く出来ている。しかしその反面、あるいはそれゆえにと言うべきか、論理は完全に破綻している。中年女性の娘が病気になるまでは、流れるままに身をまかせるしかない日々が、さほど無理なく展開される。娘が病気になるところから論理の破綻が始まり、破綻はいっきに深まっていく。

 娘の病気は、頭を冷やして寝ていれば治る、という性質のものではないようだ。一刻も早く医者の治療を受けなくてはいけない。まとまった現金がなければ絶対に治療は受けられない、というものでもないはずだ。いくら昭和の10年でも、それほど酷くはない。私の体を質草に取ってくださいと言い、借金と引換えに酌婦になって娘を入院させれば、問題はほとんどない。

 喜八が彼女の娘の病気を知ってからは、破綻はさらに大きくなる。喜八にも、ごくまともな借金の経路があったはずだ。旋盤の腕がいいなら、この腕を質草に取ってくださいと言い、工場の上司に事情を説明すればいくらかの借金は可能だろう。めし処の女性に借金を断られると、その足でただちに喜八は犯罪を犯す。そしてたちまち警察に追われる身となる。彼も彼女も、体ひとつでよいと言ってもらえるなら、その体はまだ質草になった。とにかく娘を入院させ、回復への道すじを作ってから、借金の返済を考えればいい。彼女が酌婦として働き続けて返済してもいいではないか。

 しかし、酌婦になることはたいへんにいけないことだ、と初めからきめてある。酌婦になることがただちに売春婦になることでもあるというなら話は別だが、彼女が酌婦になったことを喜八は嘆いて怒り、彼女も畳に身を伏せて泣く。このあたりが、身の上話のトリックの核心だ。身の上話のトリックとは、やっかいな問題のすべてを、当事者たちの個人的な身の上という、限定された狭い場所に閉じ込めるための、破綻した論理の経路のことだ。どうにもならないつらい状況のぜんたいを、彼と彼女、そして子供たちが、背負い込まされる。問題の解決策が、社会的に正当な広がりのなかで模索されることは、まず絶対にない。

『東京の宿』は、このような身の上話のルールをよく守っている。身の上話のルールを守るとは、社会的な視点からはまったく破綻している論理で、つらい状況のすべてを当事者たち個人に背負わせることだ。日本の娯楽映画の圧倒的な多数が、じつはこのような不幸な身の上話なのではないかと、僕は仮説として思っている。

(『映画を書くー日本映画の原風景』1996所収)

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*『東京の宿』1935年(昭和10年)11月公開/松竹蒲田作品/モノクロ80分/監督・小津安二郎/脚本・池田忠雄・荒田正男/ウィンザアト・モネ/坂本武・突貫小僧・末松孝行・岡田嘉子・小嶋和子・飯田蝶子


1935年 1996年 『映画を書くー日本映画の原風景』 『東京の宿』 小津安二郎 映画 昭和 東京
2015年11月27日 05:30
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