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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

タクシーで聴いた歌

 春まだ浅い、という言いかたがほとんどあてはまらない、冬の終りに近い温い日の夜、十時前後、僕は東京でひとりタクシーに乗って走っていた。中波のラジオがかかっていた。聴取者が葉書で歌をリクエストする短い番組がやがてはじまった。最初のリクエストは『白い町』(※原文ママ。正しくは『白い街』)というタイトルの歌だった。石原裕次郎が歌った。彼が歌う『白い町』という歌を、このとき僕ははじめて知った。
 いい歌だった。メロディもいい、編曲もいい、詩も悪くない、そして歌いかたは石原裕次郎そのものだ。聞いていくとわかるのだが、この歌は名古屋を…

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 一九九一年

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