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長期低迷経済の丸飲み

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 二〇〇三年の四月から八月にかけて、日本における首相の支持率は五十パーセント前後を推移した。支持した人たちがあげた主な理由は、言葉の歯切れが良い、人柄が良さそう、金銭や女性に関して清潔そう、といったものだった。このような理由に根拠はまったくない。TVごしの映像を見てそう思っただけという、勝手に抱いたイメージだ。

 大衆という種類の人々は現実の底や奥にある真実を知らない。そのようなものからたいへんに遠いところを彼らは生きている。自分たちは知らない、ということすら知らない。知らないとやがてどういうことになるのか、それも知らない。しかし、自分は人なみには知っている、と思っているし、そんなことは知らなくてもいい、知ったところでなにがどうなるものでもない、と開き直ってもいる。したがって彼らはなにも知ろうとしないから、ものごとを判断するときには、たとえば首相のように自分から遠く、直接の損得にはつながらない対象の場合には、イメージでいくほかない。なにも知らないから、まともにはなにひとつ考えられず、したがって受動に徹して日々をこなしていく。イメージでいくほかないとは、こういうことだ。自分好みのイメージをあてはめ、そこに綾をつける。首相の場合だと、すでに書いたとおり、歯切れの良さ、人柄の好さそうな印象、金銭や女性問題に関して問題がなさそう、といったことであり、これによって自分の判断に納得し満足もし、自分はこうして主体的な判断をしたという錯覚が、すべてを正当化する。彼らが手にするのは、きわめて脆弱な安心感のようなものだけだ。すべてを受動的に受け入れ流されていく人たちが生きる日々は、状況がどんなにひどくなっても歩む道はただひとつ、ひどい状況を受け入れるほかなく、それ以外にオプションはない、という日々へと直結していく。知らないとやがてこういうことになる。

 日本の経済に関して人々がどう思っているか、最近の調査結果を平均すると、悪い状態はこれからも続き、さらに悪くなる可能性が充分にある、と答える人が七十パーセントを越えて八十パーセントへと接近しつつある。ひとつの国のそのときの経済は、そのときその国に生きている人たちの質を、丸ごと反映していく。業績のいい会社がいくつ寄ってたかっても、それだけでは経済は生まれないし、その動向を政府が左右することも不可能だ。国を担っているのは、いまでも国民と呼ばれている人たちであり、国がどうなっていくかは彼ら次第だ。

 日本の経済はこれからも悪い状態が続き、前方にはさらに悪い状態が待っているだろう、と七十パーセントを越える人たちが思っているときは、自分たちの質の低さを七十パーセントを越える人たちが自ら認めていることにほかならない。彼らの質の低さが経済の低迷を招き、その彼らは低迷する経済を受け入れるほかにオプションを持たないから、そこに生まれていくのは長期低迷経済だ。低迷のさらなる底でもなんとかつじつまが合うなら、下手に頑張るよりはそのほうがいいではないか、という価値観を人々は先取りしてもいる。そしていったんそうなってしまえば、自分たちにはどうすることも不可能な事柄、たとえば国際環境の激変や不安定さなどの、これからも続いてなおかつ複雑に加速される傾向という、やっかいなものすべてをいっしょくたにして丸飲みすることも、日常という日々の営みの一部分となる。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 戦後 日本 経済
2016年2月1日 05:30
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