881編公開中。 今を映す手鏡のように
2018.3.30
自動車泥棒のビューイック・リヴィエラ
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 写真のなかで左から二番目にある『自動車泥棒』という小説は、シャーウッド・アンダスンの『オハイオ州ワインズバーグ』とともに、僕にとってはもっとも記念的な小説だ。読みながら受けとめたスリルと共感の密度や高さ、そして読み終え…
2018.3.28
ヴァージル・ティブス・シリーズ
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 ジョン・ボールというアメリカの作家の、カリフォルニア州パサディナの黒人刑事、ヴァージル・ティブスを主人公にしたミステリーの第一作、『夜の熱気のなかで』が刊行されたのは一九六五年のことだった。かなり評判となり、日本でも翻…
2018.3.26
ペイパーバックの中のトルーマン・カポーティ
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 トルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』を、いま頃になってようやく僕は読んだ。長編小説だとばかり思っていたのだが、短い小説だ。しかし短編とも呼びがたいのだろう、シグネットというペイパーバックの叢書で一冊にま…
2018.3.23
父親と息子のハードボイルド人生
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 スティーヴン・ハンターのペイパーバックが八冊、今回の写真のなかにある。アール・スワガーという男性と、その息子であるボブ・リー・スワガーを主人公にした、時間軸と物語が父と息子の二代にわたる、たいそうラギッドにハードボイル…
2018.3.21
あの映画をもう一度観たい、その1
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 イギリスとスイスとの合作映画『ワイルド・ギース』が制作されたのは一九七八年だった。そしてその年に日本でも劇場公開された。僕は東京の渋谷で観た。プラネタリウムのあった建物のなかの映画館だった。いまからちょうど三十年前のこ…
2018.3.19
金色の瞳に映るものはなにか
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 バンタム・ブックスというペイパーバックの叢書で刊行された、カーソン・マッカラーズの『金色の瞳に映るもの』という小説の版違いが、今回の写真のなかに四とおりある。いちばん左にあるのが、バンタム・ブックスでの最初のものとなっ…
2018.3.16
短編小説はどうなっているのか
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 O・ヘンリーというアメリカの作家は、かつては日本ですら知らない人はいなかったほどに、著名な存在だった。独特なひねりの効いた、読みやすくわかりやすい短編小説で名をなした人だ。『最後の一葉』や『賢者の贈り物』といった短編を…
2018.3.14
『第三の男』を、やっとこうして楽しんだ
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 一九四九年のイギリス映画『第三の男』を僕は子供の頃にたしか下北沢のオデオン座で観た。面白い映画は西部劇しかないという子供だったから、『第三の男』はつまらないと思った。そしてそれっきりとなったままだったが、ときどき妙に気…
2018.3.12
ジャック・リーチャーを十一冊、積み上げてみる
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 リー・チャイルドの作品を十一冊、記念写真に撮ってみた。どれもすべてジャック・リーチャーという男性を主人公にしていて、ぜんたいは発表年の順に彼の武勇伝のシリーズとなっている。いちばん左の下にあるのが一九九七年のもので、ジ…
2018.3.9
LAノワールの闇を歩こう
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 僕が持っているペイパーバックの山はいくつかに分かれている。そのうちのひとつはミステリーだ。密室殺人の謎を老婦人が解いたりする古典的なミステリーには興味がないのだが、それ以外ならすべて買うことにきめて買い続けてきたら、ミ…
2018.3.7
うちの山にいた五人の私立探偵
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 五冊あるペイパーバックのどれもが、私立探偵を主人公にしている。私立探偵が一人称で語る物語を、ふと読みたくなるときがある。一冊読むと二冊目を読みたくなる。あとを引く。だから三冊目を読み、もう一冊、さらにもう一冊と、あっと…
2018.3.5
この世の終わりを見続ける
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 コーマック・マッカーシーの小説を三冊、続けて読んだ。写真のなかでいちばん左にあるのが、処女作だという『果樹園を守る人』という作品で、一九六五年に刊行された。それから四十年後、二〇〇五年の『老いた男たちの国でなく』が、ま…