882編公開中。 今を映す手鏡のように
2015.10.27
オン・ザ・ロードとは
 アメリカでなにがいちばん面白いかというと、やはり建国がいちばん面白い。アメリカというひとつの国がつくられるにいたった事情とか、建国の父たちはいったいなにを思って建国するにいたったか、あるいは、国をつくるにあたってどのよ…
2015.10.26
ホノルル・ブックストアへ歩くまでに
 リチャード・ブローティガンという作家の『アメリカの鱒釣り』について、その本を実際に自分で手に入れる以前に、なんらかの情報源をとおして、多少は知っていた。まったく面白い作品であるとか、素晴らしい試みであるとか、あるいは、…
2015.10.25
人は誰もが物語のなかを生きる
 僕はいろんな種類の文章を書いている。小説もあればエッセイもある。評論のような文章もたまには書くし、最近では詩の本も一冊書いた。しかし、書いている当人である僕の目で見ると、自分が書く文章はすべて物語だ。すべてはストーリー…
2015.10.24
複眼とはなにか
 複眼、という言葉をよく目にする。複眼の思想とか、複眼のすすめ、といった文脈で使用される。単一のせまい範囲内に限定されたものの考えかたや価値観を越えて、もっと広い視野で自分や世界を多元的にとらえる能力を、一般的には意味し…
2015.10.23
おいしかった二杯の紅茶
僕がこれまでに日本で飲んだ紅茶のなかで、おいしさをいまでもはっきりと記憶している紅茶は、二杯しかない。一杯は植草甚一さんの自宅で出していただいた紅茶、そしてもう一杯は、横溝正史さんの軽井沢の別荘で出していただいた紅茶だ。…
2015.10.22
理想の窓辺にすわるとき
 理想の窓というものを、僕はときたま思い描く。自分にとっての、理想的な窓だ。そのような窓を、僕はまだ手に入れていない。しかし、好みの窓はあちこちにいくつかある。どの季節のどんな時間でも、その窓辺は楽しい。窓辺の椅子にすわ…
2015.10.21
祖父のポケット・ナイフ
 いまぼくはこのみじかい文章を、お気に入りの原稿用紙に鉛筆で書いている。鉛筆は、いつものステドラーの5Bだ。原稿用紙のすぐわきには、ポケット・ナイフがひとつ、置いてある。このポケット・ナイフについて、ぼくは書こうと思う。…
2015.10.20
父親と万年筆
 僕の父親は、ハワイで生まれてカリフォルニアで育った、日系二世のアメリカ人だ。ひとりの人としての核心部分まで二世らしさの貫徹した、謎の多い不思議な人物だった。二世の見本のような人だった、と言っていいだろう。このような人た…
2015.10.19
民主主義は買えなかった
 戦争に負け、すっかりなにもなくなってしまった、と日本人みずからあっさり認めた空白の状態のなかへ、アメリカがやって来た。異文化が軍隊という組織となって、日本へ進駐して来た。1945年8月28日、米軍先遣隊、厚木に到着、と…
2015.10.19
コーヒーもう一杯 
七月が終わった。もう八月だ。いまは朝の八時。どんよりとした、という定石的な形容詞がぴたりとあてはまる、すこし重い感じの曇った日だ。気温は、八月のスタート時期にしては、すこし低い。風がとまっている。 ぼくは、コーヒーを一杯…
2015.10.19
心が爆発する|エルヴィスから始まった
 フロンティアが消滅すると同時に、アメリカの価値は変転しはじめた。アメリカはもはや唯一無二の希望の土地ではなくなり、世界の動きとともに、アメリカの価値もかわっていったのだ。アメリカは単独では存在できなくなり、世界の影響を…