973編公開中。 今を映す手鏡のように
2016.1.27
秩父がチャイチャイブーだなんて、すごいじゃないか
 ハワイに対するぼくのほうからの熱意や興味は、たいへんにトータルなものでありつづける。あのような興味深い場所ないし文化に対して、部分的にしか興味を持たないということは、すくなくともぼくの場合、ありえない。  そのトータル…
2016.1.26
服は雄弁な言葉だ。気をつけて着こなそう
 エミリー・チョーというニューヨーク女性がリンダ・グローヴァーと共著でものした一九七八年の本『ルッキング・テリフィック』を、ついさっき、ぼくは読みおえた。  買ったブックストアのレシートが、はさんであった。ホノルルのウォ…
2016.1.25
新品にはとうてい真似のできないこと
 ニューヨークで仕事をしている日本人女性の友人がかつてぼくに書き送ってくれた手紙の一節を、いまぼくは思い出している。ニューヨークにおける自分の日常生活のこまごまとしたいろんなことについて書いたなかに次のような一節があった…
2016.1.24
くっきりとした輪郭としての寒い季節
 今年の冬は寒い、という予報はどうやらはずれたようだ。冬の寒さ、というものを僕は期待していたのだが。たとえばこの正月は、まるで寒くなかった。寒い、と思った日が、この冬はまだ一度もない。この冬、というような言いかたが、すで…
2016.1.23
物価とはなにか
 物価が総体的に下がっている、という説は疑ってみる必要がある。なにかの統計にあらわれた数字だけを見ているとそう思える、というだけのことではないか。単体として価格が下がったものは確かにある。中国、東南アジア、南アメリカ、東…
2016.1.22
ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ 4
縦書き
|1|2|3| ー 4 ー  楽屋のとなりの出演者控え室は、コンクリートの四角い部屋だった。壁には白いペイントが吹きつけてあり、天井に蛍光灯が二列にともっていた。いっぽうの壁に、大きな鏡があった。  ジャニスは、折りたた…
2016.1.21
ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ 3
縦書き
|1|2| ー 3 ー  助手席の回転椅子をうしろにむけ、ジャニスは体を投げ出すようにしてすわっていた。高いヘッド・レストとひじかけが両側についたそのキャプテンズ・チェアは、こんなふうにすわると居心地がいい。  椅子の背…
2016.1.20
ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ 2
縦書き
|1| ー 2 ー 「故郷のポート・アーサーで、私はグレード・スクールの九年生ごろまでは、けっこう幸せだったのよ。幼いあいだは、どんな子供も、おんなじようなもんでしょ。自分の意見や考え方を持ちはじめる以前の年齢だから、大…
2016.1.19
ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ 1
縦書き
 古風で頑丈なその玉突き台は、徹底的に使いこまれたものだった。横が四フィート、縦が八フィートの台をとりかこんでいる分厚い木枠には、長い年月にわたってたくわえてきた小さな傷やへこみが無数にあり、煙草の焼けこげの跡が、いくつ…
2016.1.18
マンハッタンの10番通りと14番通り
 自分にとっていちばん好きな場所はニューヨーク、特にマンハッタンだ、といつも言っていたアメリカ人の友人の持論は、ニューヨークはアメリカのなかの独立国だ、というのだった。  どんな人のどのような視点や興味からニューヨークを…
2016.1.17
過去とはつながっていたほうがいい
 信濃町の慶應病院で生まれた僕は、何日かあとにそこから自宅へと連れ帰られた。自宅へはそのとき初めていったのだから、帰った、という言いかたは当てはまらないようにも思うが、そんなことはどうでもいいだろう。この自宅とその周辺で…
2016.1.16
めだかと空と貨物列車
 戦後すぐの十年ほどの期間を、幼児の段階を脱した子供として僕は過ごした。元気に遊んでいればそれでいい、という日々だった。瀬戸内の海と、それに向き合うおだやかな中国山脈の山裾が遊び場の中心だった。少しだけだが野もあった。爆…