882編公開中。 今を映す手鏡のように
2018.5.4
江戸人にみる虚構の楽しみかたの極意
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〈書評〉アダム・カバット著『江戸の化物 草双紙の人気者たち』  雨のそぼ降る寂しい夜、異様に大きな頭に竹の子笠をのせ、着物一枚に帯をしめて素足にわらじを履き、漆塗りの丸盆に紅葉の印のついた豆腐を一丁のせて手に持ち、もうい…
2018.5.2
まことの人生の喜怒哀楽はどこへ消えた?
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〈書評〉小沢昭一著『写真集 昭和の肖像〈町〉』 「写真館の息子・小沢昭一が撮った、路地裏、都電、浅草界隈、色町、旅先、看板……。町と人の表情、にじむ昭和の心。」と、帯に印刷してある。『写真集 昭和の肖像〈町〉』は、このと…
2018.4.30
三角形は不思議で美しく、そして怖い
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〈書評〉細矢治夫著『三角形の七不思議』  僕がまだ学童だった頃、支給されたのかそれとも買ったのか、良き学童が持つべき学用品が何種類かあり、どれもみな平々凡々たるもので学童の興味は惹かなかったが、ふたつでひと組の三角定規だ…
2018.4.27
大問題を語り合えない日本語の閉塞感
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〈書評〉滝浦真人著『日本語は親しさを伝えられるか』  日本の人たちに深く浸透している出口のない閉塞感について、多くの人が語るのをこの数年しばしば目にする。しかし僕の記憶によれば、おなじような議論は一九六〇年代の初めからあ…
2018.4.25
一九六七年の風景に淡い思い出が甦る
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〈書評〉加藤嶺夫著『加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区』  この本に収録されている二百二十七点の写真のうち、時間的にもっとも遠いのは一九六六年に撮影されたもので、現在にいちばん近いのは一九九七年の撮影だ。失われた東京…
2018.4.23
均衡を失う日本を考えるための定点
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〈書評〉パール・バック著、丸田浩監修、小林政子訳『私の見た日本人』  パール・バックの両親は一八八〇年、明治十三年に、アメリカから中国へ渡った。父親は理想に燃える宣教師、そして母親はその新婚の花嫁だった。中国に到着するま…
2018.4.20
十年に一度の面白さと言っておこう
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〈書評〉マイク・モラスキー著『呑めば、都 居酒屋の東京』  日本の国立大学で教授として教えている著者のマイク・モラスキーさんは、教職員の健康診断の一部分として病歴や生活習慣などについて自己申告する書類のなかで、「酒の量」…
2018.4.18
漱石文学の“会話”の深さに驚嘆する
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〈書評〉小林千草著『「明暗」夫婦の言語力学』 『坊っちゃん』は子供の頃に読んで楽しかった。大人になってから何度か読み返した。そのつど痛快な気持ちになった。それ以来の夏目漱石として、たまたま書店で手に入れた、『草枕』の英語…
2018.4.16
塩田も遊園地も…絶滅の景色が浮かぶ
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〈書評〉今尾恵介著『地図で読む昭和の日本』  明治時代の終わり近くに整備が進み、平成に入っても続いていた日本国家の営みのひとつに、国土地理院が発行している一万分の一縮尺の地形図がある。地形はもちろんそこに記録されているが…
2018.4.13
眠れる東京の坂や谷が目覚める
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〈書評〉大竹昭子著『日和下駄とスニーカー 東京今昔凸凹散歩』  僕は東京の人だが、これまで生活してきたのは、坂も階段もないところばかりだった。東京が持ついくつかの特異性のうち、最大のものはその地形であると気づいたのは、四…
2018.4.11
自己都合の神などそもそも居場所はない
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〈書評〉土井健司著『キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門』  人と人との関係はいまごく部分的な要素だけで成立している。かろうじて維持している役割、機能、立場などだけで、人は人との関係を作っている。いまの日本ではこ…
2018.4.9
いま日本語は“既知の壁”に囲まれている
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〈書評〉坪内雄藏著『國語讀本 尋常小學校用』  国語が日本国家によって教科として制定されたのは明治三十三年、一九〇〇年のことだった。この頃の教科書は文部省による検定制という自由競争下にあり、一定の様式だけは守った凡庸な内…