884編公開中。 今を映す手鏡のように
2000年 の一覧
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2016.4.11
渋谷から京橋まで眠る
 自宅からバス停留所までものの三分だ。バスで渋谷まで、普通は十五分だ。十分おまけして、二十五分か。そして渋谷から地下鉄・銀座線で京橋まで、二十五分。五分おまけして三十分。京橋から昭和通りを越えて会社まで、早足で歩いて七、…
2016.3.31
人生は引っ越し荷物
 僕は久しぶりに引っ越しをした。五丁目から二丁目まで、歩いて五分かからない距離の引っ越しだ。五丁目の家にはちょうど二十年、住んだ。五丁目の旧邸、と言いたい。コンクリート二階建ての大きな家だ。部屋数がいくつあったのか、指を…
2016.3.30
いまも思い出す、あのひと言
 僕がまだ二十歳か二十一歳だった年の、もうそれほど寒くはない季節、三月の誕生日が過ぎたばかりの頃のよく晴れた日の午後。この程度でよければ、いまでもまだ僕は記憶している。僕よりずっと年上の編集者とふたりで、僕は歩道を歩いて…
2016.1.5
システム手帳とはなにか
 システム手帳、という言葉を僕はさきほどから観察している。すっかり日本語になりきった言葉だ。いくら観察しても、もはやなにごとも起きそうにない。しかし、考えていく作業のスタートとしての観察なら、観察する価値はあるような気が…
2015.12.31
僕の肩書は(お利口)としたい
 僕が13歳の頃、小田急線の車両はまだあずき色だった。少なくとも各駅停車の電車は、そうだった。13歳のある日、夕方近く、各駅停車の上りにひとりで乗って、僕は座席にすわっていた。経堂の友だちの家へいった帰りだった。  電車…
2015.12.30
日本語で生きるとは
「言語は実用の具であるとともに、人としての尊厳を支えるものである」  と書いた一枚の情報カードを、さきほどから僕は見ている。何年も前、本あるいは雑誌から、書きとめたものだ。僕自身の言葉ではない。ほかにもおなじようなカード…
2015.12.28
サラリーマンという人生の成功
 大学生だった頃、友人たちとのいきがかりのままに、僕はひとつのグループのメンバーになった。友人たちのつながりのなかからいつのまにか発生した、親睦を目的としたごく私的なグループだ。東京都内のいくつかの大学を、横につなぐよう…
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