972編公開中。 今を映す手鏡のように
写真 の一覧
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2017.4.8
簾と提灯のグラフィックス
 一三四ページ*〔トップ画像〕の写真にある光景は、僕にとってはグラフィックス以外のなにものでもない、という種類の光景の典型だ。自分でこれだけの光景を三次元で作り出すのはたいへんだが、写真に撮るのは難しくもなんともない、発…
2017.3.31
忘れがたき故郷
 二〇〇〇年の残暑の日、僕はここにある九点の写真を撮った。九点のうち七点までは、東京の世田谷のとある一角でのものだ。残る二点はおなじ東京の別の場所で撮った。東京を生地とする僕にとって、この九点の写真を撮った場所は、故郷と…
2017.3.30
東京の情緒
 大卒で会社に入り、そのまま従来どおりの定年まで会社勤めをまっとうしたとして、人生七十年のほぼ半分を、その人はサラリーマンとして過ごすことになる。その場所がずっと東京だったら、この二ページ*にあるような光景は、自分と深く…
2017.3.28
梅ヶ丘まで歩いて七分
 子供の頃から三十代の終わり近くまで住んだ場所から、小田急線の梅ヶ丘駅まで、歩けば七分くらいだったと思う。故郷のすぐ隣が梅ヶ丘だ。いまでもそのくらいの親近感は続いている。  高校生の頃に自転車で学校へいくには、自宅を出て…
2017.3.23
赤い矢印文化圏
 東京のどこを歩いても、とにかくいたるところに赤い矢印がある事実を認識している人は、思いのほか少ないのではないか。数は多いしどこにでもある、そして多数の赤い矢印がどこにでもあることが当然のようになってもいるから、視覚では…
2017.3.15
それを環境と呼ぶか
 個性や自分らしさなどは、自分はこれではなくあれを買ったという軽度の、あるかないかの微小な差異にもとづく、形而下の出来事でしかない。そんな自分をはるかに越えた価値、つまり普遍性という形而上の出来事への加担こそ最大の生きが…
2017.3.11
いつかどこかで
 あるひとつの光景を目にして、これとおなじ光景をいつかどこかで見たことがある、と思う心理的な働きぜんたいを指して、既視感と呼んでいる。光景ではなく状況でもいい。過去のどこかでおなじような光景や状況を本当に体験していて、そ…
2017.3.5
太陽の直射光と簾の相性
 東京の光景に写真機を向けて、数万回はシャッターを切ったことの成果のひとつとして、簾はフォトジェニックであるという発見を僕は持っている。この二ページ(下記)にある光景のなかの簾は、どちらも天然の素材を使ったもののようだ。…
2017.3.4
写真の学校に学んだなら
「東京ディズニーランドからもっとも遠い景色を撮って提出しなさい」という課題を写真学生として僕が教授からもらったなら、僕はおそらくこのページにあるような景色を撮って提出するだろう。夢。幻。幻想。噓。虚構。フィクション。ファ…
2017.3.3
ただひとり東京と向き合う
 どちらの光景のなかにもブロック塀がある。ブロック塀とそれに沿った道。写真に撮られた具体物が類似していることを根拠に、このふたつの写真はよく似ている、と判定することはたやすく可能だ。もっと似ているのは、左右ふたつの光景を…
2017.2.7
カウボーイ・カントリーを夢に見ながら
 人は一生のあいだにいろんな場所を体験する。生まれ育ったところ以外の場所は、旅行で体験することが多い。仕事その他の都合で思いもかけなかったところに移り住む場合も、頻繁にある。  直接の体験以外に、間接的なかたちで、自分の…
2017.2.1
岩波写真文庫が切り取ったモノクロームのアメリカ
 昔、といってもそれほど昔ではないのだが、岩波写真文庫という文庫のシリーズがあった。発行していたのは、岩波書店だ。  創刊されたのは一九五〇年くらいではないだろうか。およそ考えうるありとあらゆるテーマをモノクロームの写真…
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