700編以上公開中。今を映す手鏡のように
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2018.4.13
眠れる東京の坂や谷が目覚める
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〈書評〉大竹昭子著『日和下駄とスニーカー 東京今昔凸凹散歩』  僕は東京の人だが、これまで生活してきたのは、坂も階段もないところばかりだった。東京が持ついくつかの特異性のうち、最大のものはその地形であると気づいたのは、四…
2018.4.11
自己都合の神などそもそも居場所はない
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〈書評〉土井健司著『キリスト教は戦争好きか キリスト教的思考入門』  人と人との関係はいまごく部分的な要素だけで成立している。かろうじて維持している役割、機能、立場などだけで、人は人との関係を作っている。いまの日本ではこ…
2018.4.9
いま日本語は“既知の壁”に囲まれている
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〈書評〉坪内雄藏著『國語讀本 尋常小學校用』  国語が日本国家によって教科として制定されたのは明治三十三年、一九〇〇年のことだった。この頃の教科書は文部省による検定制という自由競争下にあり、一定の様式だけは守った凡庸な内…
2018.4.6
飛田の絶望感、これは日本そのものの物語だ
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〈書評〉井上理津子著『さいごの色街 飛田』  飛(とび)田(た)は大阪市の西成区にある。地下鉄の動物園前駅を降りて南側の出口を上がり、動物園前一番街という商店街をいくのが、現在では飛田への唯一の道だ。百六十軒ほどの「店」…
2018.4.4
春まだ浅く、三冊の本を買った夕方
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 今年の春がまだ浅かった頃、平日の夕方、僕はその大きな書店に三階から入った。奥のエスカレーターでいつものように六階へ上がった。六階の三分の一ほどが洋書売り場だ。洋書売り場の客になると、そのとたん、やや誇張して言うなら、僕…
2018.4.2
故国を探した作家の失望の旅とは
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 ジョン・スタインベックというアメリカの作家は、一九〇二年にカリフォルニア州のサリーナスに生まれた。スタンフォード大学に入った十七歳くらいの頃まで、スタインベックはサリーナスで過ごしたようだ。サリーナスやモンタレーなどを…
2018.3.30
自動車泥棒のビューイック・リヴィエラ
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 写真のなかで左から二番目にある『自動車泥棒』という小説は、シャーウッド・アンダスンの『オハイオ州ワインズバーグ』とともに、僕にとってはもっとも記念的な小説だ。読みながら受けとめたスリルと共感の密度や高さ、そして読み終え…
2018.3.28
ヴァージル・ティブス・シリーズ
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 ジョン・ボールというアメリカの作家の、カリフォルニア州パサディナの黒人刑事、ヴァージル・ティブスを主人公にしたミステリーの第一作、『夜の熱気のなかで』が刊行されたのは一九六五年のことだった。かなり評判となり、日本でも翻…
2018.3.26
ペイパーバックの中のトルーマン・カポーティ
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 トルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』を、いま頃になってようやく僕は読んだ。長編小説だとばかり思っていたのだが、短い小説だ。しかし短編とも呼びがたいのだろう、シグネットというペイパーバックの叢書で一冊にま…
2018.3.23
父親と息子のハードボイルド人生
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 スティーヴン・ハンターのペイパーバックが八冊、今回の写真のなかにある。アール・スワガーという男性と、その息子であるボブ・リー・スワガーを主人公にした、時間軸と物語が父と息子の二代にわたる、たいそうラギッドにハードボイル…
2018.3.21
あの映画をもう一度観たい、その1
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 イギリスとスイスとの合作映画『ワイルド・ギース』が制作されたのは一九七八年だった。そしてその年に日本でも劇場公開された。僕は東京の渋谷で観た。プラネタリウムのあった建物のなかの映画館だった。いまからちょうど三十年前のこ…
2018.3.19
金色の瞳に映るものはなにか
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 バンタム・ブックスというペイパーバックの叢書で刊行された、カーソン・マッカラーズの『金色の瞳に映るもの』という小説の版違いが、今回の写真のなかに四とおりある。いちばん左にあるのが、バンタム・ブックスでの最初のものとなっ…
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