884編公開中。 今を映す手鏡のように
2004年 の一覧
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2016.11.7
二百字詰め原稿用紙八百枚
 原稿用紙に万年筆で原稿を手書きしていた期間が二十年以上ある。市販の原稿用紙、あるいは出版社が提供してくれるその社のものを使っていた期間は、ごく短い。大量の原稿を書くようになると、万年筆による手書きという肉体作業を、可能…
2016.9.21
やがて隠者になるのか
 二十代前半の頃には、どこで誰と会っても、誰と仕事をしても、そのときそこに集まった何人かの人たちのなかで、いちばん若いのは常に僕だった。 「きみはいくつなんだ」 「二十四歳です」 「なぜそんなに若いんだ、馬鹿野郎」  と…
2016.9.12
電車の中で食べました
 都内ターミナル駅の広くて複雑なコンコース。多数の人がいろんな方向へ常にいきかう平日の午後、人どおりがもっとも多い時間。二十代後半、会社勤めのスーツ姿の女性が足もとに鞄を置き四角い大きな柱にもたれてちくわを食べているのを…
2016.9.4
蟹に指をはさまれた
 四歳のときに僕は東京から瀬戸内へ移った。初めに住んだのは祖父が作った大きな家だった。二階からは目の前に瀬戸内の海が見え、うしろは裏庭のいきどまりが中国山脈の山裾の、始まりの部分だった。その家の前に川があった。地元の人た…
2016.8.10
誰もがリアリズムの外で(2)
 首相と大統領が戦後初の急接近をした直後 に 9.11 があり、それに続いたアフガニスタンとイラクでのアメリカの軍事行動を、テロとの戦争として首相は全面的に支持した。そしてそのことによって、戦後ずっと日米関係のなかに維持…
2016.8.9
誰もがリアリズムの外で(1)
 二〇〇三年十二月九日、イラクへ自衛隊を派遣することが閣議決定されたあと、首相は記者会見にのぞんだ。戦場であるイラクへ「実質的には軍隊」である自衛隊を送り出す理由を、この会見で首相は説明しようとした。みずからの信念を首相…
2016.8.6
その光を僕も見た
縦書き
 広島に原爆を投下したアメリカ軍の爆撃機の副操縦士は、その任務に関して、原爆投下を中心に十一ページにわたる簡単なメモのような記録をのこした。『ニューヨーク・タイムズ』の記者に依頼されたからだという。その依頼がなければ、投…
2016.7.31
「抵抗勢力」と「バブルの崩壊」
 言葉だけはいたるところで盛んに飛び交い、したがって多くの人たちが使うから自分も使い、使っているうちになんとなくわかったつもりになりながらも、その言葉が具体的になにを指し示し、どのようなことを意味しているのか、正確な実態…
2016.7.23
大統領命令と日本
 アメリカの大統領はミスタ・プレジデントであると同時に、コマンダー・イン・チーフでもある。コマンダー・イン・チーフとは、陸軍、海軍、空軍、海兵隊など、全軍の最高指揮官という意味だ。だからホワイト・ハウスつまり時の政権は、…
2016.7.22
庶民の不安はどこから
 庶民、という言葉に別の言葉がつき添うものの言い方に、どのようなものがあるか。名もなき庶民、というのは代表格だろう。名は誰にもあるのだが、名もなき人々、つまり無言無抵抗の存在としてひとくくりにされて放り出されている人たち…
2016.7.19
身を守ってくれる日本語
 昭和二十年代から三十年代いっぱい、そして四十年代の後半に入るあたりまでの期間に製作・公開された日本映画を、僕はヴィデオで少しずつ見ている。趣味のひとつだと言っていい。この期間は僕にとっては、子供から少年へと成長していっ…
2016.7.10
この国の動きかた
 政府が提出していた有事法制関連三法案が、第一五六回国会で成立することが確実になった。五月十四日、小泉首相は官邸で次のように語った。「これまでは有事を論議することすらタブーだった。それなのにいま、有事立法をめぐって、与党…
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