884編公開中。 今を映す手鏡のように
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2016.7.30
五つの夏の物語|5
 七月の最後の週、あるいは八月の第一週、つまり夏のちょうどまんなか、ものの見事に快晴の日に一日でいいから海岸で過ごし、夏を全身に受けとめておきたい。後日のための伏線として。  特別なことはいっさいしなくていい。と言うより…
2016.7.18
僕がもっとも好いている海岸
 マウイ島のぜんたいを上空から見ると、人の胸像を横から見たような形をしている。その顎の下あたりにあるマアラエアから30号線を西にむけて自動車で走るのが、僕は子供の頃からたいへんに好きだった。ほかの場所もいいのだが、マウイ…
2016.6.21
大陸のエネルギーと大海原のエネルギー
 北アメリカの太平洋岸のハイウェイを自動車で走っていると、走っているあいだずっと、巨大な海の存在を身近に感じつづけることができる。  大きさにおいては負けず劣らずの大陸と海とが接しあうところを、海ぞいに、北へ南へと走る。…
2016.6.20
太平洋の海底地図を見ながら
 朝のうちは、薄曇りだった。午後二時をすぎて、空をおおっている雲の色が、いちだんと濃くなってきた。  いまか、いまかと、ぼくは空をあおいでいた。空をいちめんにおおっている濃い灰色の雲のさらに下を、ちぎれ雲が風に乗って走っ…
2016.3.28
本物
 一九六〇年代のなかばに、ホノルルのビショップ博物館で見た昔のハワイのサーフボードは、本物との対面、というような感銘をぼくにあたえてくれた。それ以前にもこの博物館へは何度もいき、展示してあるサーフボードも見ているのだが、…
2016.3.7
散歩して鮫に会う
 空気の香りや感触が、ある日、冬を抜け出して春のものになっていることに、僕は気づいた。海を見たくなった。春になった日の海の匂いや音を、あるいは海の巨大さを、体の内部に受けとめたくなった。  だから僕は海へでかけてみた。東…
2015.12.16
海岸の古びた一軒家でソリッドな食事をし煙草をすわない
「サーフィンは単なるアウトドア・スポーツではない。ウェイオブ・ライフなのだ」とか「サーフィンはトータルなライフ・スタイルだ」と、アメリカ製のサーフィン映画のなかでナレーターがいつもくりかえしている。そのとおりだ。サーフボ…
2015.12.15
誰がいちばん初めに波に乗ったのか
 誰がいちばん初めにサーフィンを考えついて実行したのか、わかっていない。  ちょっとした板っきれをボディ・ボードに使ったサーフィンは、数千年の歴史を持っているにちがいない。南太平洋の、どこかの小さな島で、ある日、波乗りは…
2015.12.13
絶望のパートタイム・サーファー
 いまの日本の人たちほど不自然で無理な生きかたをしている人たちは、世界のどこにもいないと言っていい、という感想を僕は持っている。ここで僕が言ういまとはどのくらいの時間の幅なのか、僕が自分で体験した範囲内で言うなら、高度成…
2015.11.18
僕たちのはじめての海
 ハワイにいるときの彼は、オアフ島の北側、サンセット・ビーチのすぐかたわらにあった木造二階建ての古い家に住んでいた。その家へ僕は何度も遊びにいった。泊めてもらったことも一度や二度ではない。彼がほかの場所にいるときには、自…
2015.11.17
ターザンが教えてくれた
 子供のころ、ぼくはほんとうによく遊んだ。年上の少年たちといっしょに、一人前にとびまわって遊べるようになったのが、小学校1年生くらいのときだろうか。それから12歳くらいまでの全期間をとおして、ぼくは子供の遊びを徹底して遊…
2015.11.16
ロングボードの宇宙
 ロングボードにまたがって、ぼくはいま沖にいる。波をつかまえるために位置をとり、波を待っている。太平洋をうねってくる波がたたえている、生きた命のようなエネルギーをつかまえるには、この重いロングボードがいちばんいい。  両…
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