974編公開中。 今を映す手鏡のように
1950年代 の一覧
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2016.7.20
遙かなる同時代
 近所に住んでいたからおたがいにずっと以前から知っていて、僕のことをヨシオちゃんと呼んでいた年上の美人たちとは、いったいなになのか。いまの僕に確信を持って言えるのは、彼女たちは僕にとって同時代であったということだ。  た…
2016.6.10
ジン・ボ・チョへの道
 都営新宿線の地下鉄で新宿から神保町まで、二百十円でいくことが出来る。三百八十円というようなときがくれば、そのとき多くの人々は、かつて二百十円だったことを忘れている。なにかの折りに昔の料金を知って、その安さに人々は驚くの…
2016.5.12
このとおりに過ごした一日
 五月なかばのよく晴れた日。高校三年生の僕は、自宅にあったすべての教科書を入れた鞄を持って、ひとりで駅に向けて歩いていた。教科書をすべて鞄に入れたのは、時間割りがどこかへいってしまい、その日の授業がなにとなにだったか、わ…
2016.4.28
いつラジオの音量をあげたか?|エルヴィスから始まった
3 トータルな体験と目覚め 〈3〉 いつラジオの音量をあげたか?  くりかえすけれども、ようするに音楽そのものはどうでもよくて、たまたまなにかのロックンロールによって、多くの人たちのひとりひとりが、なににどれだけ目覚めた…
2016.4.11
渋谷から京橋まで眠る
 自宅からバス停留所までものの三分だ。バスで渋谷まで、普通は十五分だ。十分おまけして、二十五分か。そして渋谷から地下鉄・銀座線で京橋まで、二十五分。五分おまけして三十分。京橋から昭和通りを越えて会社まで、早足で歩いて七、…
2016.2.25
町にまだレコード店があった頃(2)
 海原千里・万里のLPも残っていた。名前にひかれるところもあるが、十二曲のうち八曲までがいわゆる大阪ものであることから、僕はこのLPを買ったのだ、といま僕は推測する。大阪ものへの興味は、フランク永井に触発された。「大阪ぐ…
2016.2.21
スター軍曹が降ってくる
 ある日の午後、すずらん通りにある二階の店から、僕はひとりで階段を降りてくる。手ぶらだ。探しているものは、この店にはなかった。では別の店へいこう。別の店への道順はさまざまにあり得る。その日の僕はすずらん通りの東の端まで歩…
2016.2.3
少年とラジオ
 1951年にはぼくは子供なのにラジオを5台くらい持っていた。アメリカ製のテーブル・ラジオあるいはポータブル・ラジオだ。ゼニスとかモトローラ、アドミラル、それにジェネラル・エレクトリックといったブランドのラジオだ。もちろ…
2015.12.11
映画とヒット・ソングと、大事な彼女
 一九五〇年代のことを覚えているかい、とぼくがぼくにきく。覚えているさ、とぼくは答える。覚えているよ。たとえば、どんなことを?  ほんの少年でしかなかったのだが、記憶の奥深くまで入りこみ、いまもそこにとどまっている楽しい…
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