882編公開中。 今を映す手鏡のように
社会 の一覧
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2016.7.22
庶民の不安はどこから
 庶民、という言葉に別の言葉がつき添うものの言い方に、どのようなものがあるか。名もなき庶民、というのは代表格だろう。名は誰にもあるのだが、名もなき人々、つまり無言無抵抗の存在としてひとくくりにされて放り出されている人たち…
2016.7.11
噓と隠蔽の国
 この本〔『日本語で生きるとは』1999年〕の冒頭に、「英語で生きる人」と題した部分がある。英語で生きるとはどういうことなのか、ということについてごく簡単に書いた部分だ。  英語で人生を生きていく人のありかた、そして生き…
2016.6.25
世界はただひとつ
 太平洋でのアメリカとの戦争をめぐって、もう戦争は終わりにしようと言う一派と、徹底的に戦って最後には日本本土でアメリカと決戦するのだと言い張る一派とが、国民はなにも知らないところで、権力争いを続けた。戦争は終わりにしよう…
2016.6.4
江戸時代に英語の人となる
 戦後の日本は世界各国から原材料を買い、国内で製品を作り、それを世界に売った。しかし世界のどことも、真の関係は出来ていないままだ。この不思議さを、どのように解釈すればいいのか。自分の都合だけを追った結果だ、という解釈はも…
2016.5.30
より良き日本語の人
 日本の最たるものはなにかと訊かれたなら、それは日本語です、という答えしかない。日本を日本らしさに満ちた日本そのものに保ち続ける力で最大のものは、日本語という言葉が発揮する力だ。ここで僕が言う日本語とは、戦後五十数年間の…
2016.5.29
流域は文明の発祥の地
二〇〇四年二月三日  チグリス・ユーフラテスと片仮名書きされた固有名詞を、僕はいまでも記憶している。学校の世界史の授業で教わった。中学だったと思う。そして教科書の発行元は山川出版ではなかったか。チグリスではなく、当時はテ…
2016.5.28
通訳は位置についたか
 早くも十年は前のことになるかと思うが、G5会議の様子が報道されるのを、僕はアメリカのTVニュースで見た。ヨーロッパのどこかでおこなわれた、確かG5の会議だった。荘厳な建物のなかの、もっとも広くて威厳に満ちた部屋に、G5…
2016.5.27
広島の真珠
縦書き
 半年だけと期間を区切って、日本のTV各局のニュース番組を録画で可能なかぎり見た、という体験を僕は持っている。TVを見ない僕にとっては、体験と呼ぶにふさわしい出来事だった。TVという経路ごしに、視聴者という不特定多数に向…
2016.5.3
第9条
 僕が小学校の一年生だったとき、「天皇は日本の国のシンボルです」と、先生が教えてくれた。シンボルという言葉を、片仮名で書いて日本語として使うことに、すでに人々のあいだに違和感はまったくなかったようだ。しかし当時の僕にとっ…
2016.5.1
そして国家がなくなった
二〇〇四年三月十五日*本文末「まえがき」参照  一九九一年の湾岸戦争のあと、「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」というものが、日本で政治家たちによって作られた。そしてここから出てきたのが、日本は普通の国になる…
2016.3.23
見られることから始まる
 僕はTVを見ない。誰かほかの人がオンにしたTVの画面をふと見るのが、僕にとっての日本のTVのすべてだ。つい先日、ふと見た画面は、奇妙に面白い体験だった。  整然とした最先端の会社オフィス、という設定の場所を、ひとりの若…
2016.3.18
ひとりのバイク好きの思い入れ集
 一九四六年のホンダAというオートバイからはじまって一九八三年のヤマハXT600Zテネレにいたるまで、じつに二百六台の日本のオートバイについての、「ひとりのバイク好きの思い入れ集」(著者自身の言葉)をぎっしりとつめこんだ…
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