973編公開中。 今を映す手鏡のように
戦争 の一覧
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2018.1.26
「ワンス・アポナ・タウン」
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『ワンス・アポナ・タウン』というノン・フィクションは、二〇〇二年に刊行されたボブ・グリーンの作品だ。次の年にペーパーバックになったのを、僕は今年の春に手に入れた。ワンス・アポナ・タイム(昔々、あるとき)という定型の言いか…
2018.1.22
「ヨコタ・オフィサーズ・クラブ」
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 アメリカの軍事力を、攻撃力のきわめて高い数多くの基地という、もっとも端的なかたちで国内に持ちながら、戦後の日本は独立し、国際社会へ復帰した。その戦後日本の憲法にうたわれている、戦争の放棄という条項のかわりに、同盟国であ…
2018.1.12
昭和二十一年、津々浦々の民主主義
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 昭和二十一年九月号の『映画の友』の表紙は、バーバラ・スタンウィックだった。彼女の顔の部分だけを僕が複写したのが、次の写真だ。バーバラ・スタンウィックのポートレートが、日本の雑誌のページにカラー印刷されるのは、久しぶりの…
2018.1.10
結束してこそ我らは建つ。一九四二
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 ことの善し悪しはまったく別な問題であるとして、アメリカはほとんど常に新しいことを始めている。いつだって新しいことをめざし、新しいことをいくつも同じに始めている。自由と民主が資本主義と不可分にからみ合ったものを、アメリカ…
2018.1.8
この海から向こう側の海まで
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 いまから六十年ほど前、ヨーロッパではドイツとの戦争にそして太平洋では日本を相手の戦争に向かいつつあった頃のアメリカで、ごく一般的な雑誌に掲載された広告のなかの、アメリカ国土を描いた絵が何点か、ここにある。これはまさに古…
2018.1.5
見よ、ポンティアックのGTO!
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 ここにあるのは、一九六七年モデルのポンティアックGTOの、当時の雑誌に掲載された広告だ。ポンティアックのGTOというシリーズは、この年に完成の域に到達した、と僕は思っている。完成したポンティアックGTOの面構えがこれだ…
2017.12.27
SFを絵に描く技法の進化形
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 一九六十年代のなかばにさしかかり、なかばを超え、六十年代の後半へと入っていった時代の、アメリカのサイエンス・フィクションのペーパーバックの表紙を、しばらく観察してみたい。大衆のあいだに大量に売りさばく本の典型であるペー…
2017.12.25
ラッキーなストライクの思い出
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 英語で「ラッキーなストライク」とはなんのことですか、と訊かれて正しく答えることの出来る人は、少ないのではないだろうか。ラッキーもストライクも、片仮名書きされて日本語になって久しい。もとは英語だなどと思う人も、もはやいな…
2017.12.4
僕がデソートを停めた場所
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 デソートという名の自動車が、かつてアメリカにあった。ここにあるのはそのデソートのおそらくは一九三九年あるいは一九四十年の雑誌に掲載された広告の、アートワークの部分だけだ。  どれもみな絵だから、誇張も美化も思いのままだ…
2017.11.23
古き佳きアメリカとはなにか
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 ここにあるのは一九四一年のフォードの新車の広告だ。当時の雑誌に掲載されたものだが、この頃の雑誌広告の世界では、写真ではなく人が描いた絵が、グラフィックスの中心だった。カラー写真が広告に盛んに使われるようになったのは、戦…
2017.8.23
あなたの家の赤い屋根
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 一般常識のテストで正解を取るのは、ひとつに固定された理解のしかたを、自分もまたなぞることだ。ほんとうはなにも知らない人にとっての、そう教えられたからそう答えておくという種類の、まったく形式上の出来事だ。そしてその形式の…
2017.8.14
『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)
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 一九四五年の七月、日本に対して連合国側から、降伏してはどうかという勧告があった。ポツダム宣言だ。日本の海軍は戦争の終結を望んでいた。陸軍は本土決戦を唱え、首相はポツダム宣言に対して、ただ黙殺するだけだ、という態度を取っ…
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