884編公開中。 今を映す手鏡のように
戦争 の一覧
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2016.12.31
「真珠湾」よりも大切なこと
いま必要なのは“言葉の関係”に入ること  ハワイのオアフ島、真珠湾のアメリカ軍基地を、日本軍が奇襲攻撃して太平洋戦争がはじまった日から、五十年が経過しようとしている。真珠湾攻撃の五十周年記念だ。これを機会に、アメリカでは…
2016.12.28
半世紀を越えてさぼったこと
ー2004年3月14日ー *ページ末「まえがき」参照  日本にとって戦後とは、冷戦が続いていた期間だったようだ。冷戦が終わったあとは次の段階の時代に入ったのだが、日本は気づかないままここまで来た。戦後ずっと、日本はアメリ…
2016.12.27
『ハワイ・マレー沖海戦』一九四二年(昭和十七年)
縦書き
 一九四〇年の十月、日本軍はフランス領インドシナの北部へ進駐した。現在のヴェトナム、カンボディア、そしてラオスなどの一帯だ。中国を支配しようとしていた日本は、この進駐によって東南アジアから中国へ物資が入るルートを絶とう、…
2016.12.26
基本英単語について
縦書き
 太平洋戦争中の日本が、アメリカによる日本の本土への爆撃を初めて体験したのは、一九四二年四月十八日のことだった。真珠湾攻撃から半年後だ。  航空母艦に爆撃機を積んで日本へ接近し、飛行甲板から爆撃機を飛び立たせて東京を爆撃…
2016.12.11
内容のある良き忠告
ー2004年4月7日ー *ページ末「まえがき」参照  攻めてくる外敵を相手に、自分たちを守るために自衛の戦争をするのはどこまでも正しいことであり、したがってその戦争は正しい正義の戦争である、というのがアメリカの伝統だ。イ…
2016.12.10
だから三歳児は泣いた
縦書き
 二十五歳のとき、僕は自分の写真をすべて捨ててしまった。ゼロ歳から二十五歳までのあいだに、僕の手もとにいつのまにか蓄積した写真、たとえば誕生日に撮った写真やどこかへ旅行したときの記念写真、親戚の人や友人たちが、なにかのと…
2016.12.9
戦争は、写真うつりがいい
縦書き
『アメリカ海軍の戦争写真』というタイトルの写真集を、僕はいま見ている。《真珠湾から東京湾まで》と、サブ・タイトルがついている。  ジャケットに使ってある写真は、バンカー・ヒルという名前のアメリカ海軍の航空母艦が、一九四五…
2016.11.28
コパトーンの香りはあらゆる夏のすべての思い出
 コパトーンはセンチメンタルだ。夏の陽焼けは、秋の風とともに消えていく。容器のなかにおそらく半分はまだ残っているコパトーンは、メディシン・キャビネットのいちばん端に置かれて、自分の季節が過ぎ去るのを見守る。キャップにきざ…
2016.8.6
その光を僕も見た
縦書き
 広島に原爆を投下したアメリカ軍の爆撃機の副操縦士は、その任務に関して、原爆投下を中心に十一ページにわたる簡単なメモのような記録をのこした。『ニューヨーク・タイムズ』の記者に依頼されたからだという。その依頼がなければ、投…
2016.5.29
流域は文明の発祥の地
二〇〇四年二月三日  チグリス・ユーフラテスと片仮名書きされた固有名詞を、僕はいまでも記憶している。学校の世界史の授業で教わった。中学だったと思う。そして教科書の発行元は山川出版ではなかったか。チグリスではなく、当時はテ…
2016.5.27
広島の真珠
縦書き
 半年だけと期間を区切って、日本のTV各局のニュース番組を録画で可能なかぎり見た、という体験を僕は持っている。TVを見ない僕にとっては、体験と呼ぶにふさわしい出来事だった。TVという経路ごしに、視聴者という不特定多数に向…
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