884編公開中。 今を映す手鏡のように
写真 の一覧
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2017.4.24
日本のMの字
縦書き
     三八ページ*〔写真・右〕と三九ページ〔左〕の、どちらの写真においても、撮っているときにはまったく意識しなかったのが、安価なハンバーガーの店のMというローマ字のロゴだった。このMの字が、いまの日本のこのような光景…
2017.4.12
明日もたどる家路
縦書き
何点かの写真を連続させてひとつのフィクションを作ることが出来る。ここにある十六点の写真〔ページ末参〕は、1から16まで連続させることによって、家路というフィクションになっている。自宅の最寄り駅を出て駅周辺の商店街を抜けて…
2017.4.9
一九五七年の春をさまよう
 知らない町を歩いていたら古書店があった。入ってみた。古書と呼び得る本と最近の本とが、半半にある店だった。よく探せば買いたい本は何冊かあるだろう。壁に沿った棚の前には平台があり、雑誌が積み上げられてならんでいた。そのいち…
2017.4.8
簾と提灯のグラフィックス
 一三四ページ*〔トップ画像〕の写真にある光景は、僕にとってはグラフィックス以外のなにものでもない、という種類の光景の典型だ。自分でこれだけの光景を三次元で作り出すのはたいへんだが、写真に撮るのは難しくもなんともない、発…
2017.3.31
忘れがたき故郷
 二〇〇〇年の残暑の日、僕はここにある九点の写真を撮った。九点のうち七点までは、東京の世田谷のとある一角でのものだ。残る二点はおなじ東京の別の場所で撮った。東京を生地とする僕にとって、この九点の写真を撮った場所は、故郷と…
2017.3.30
東京の情緒
 大卒で会社に入り、そのまま従来どおりの定年まで会社勤めをまっとうしたとして、人生七十年のほぼ半分を、その人はサラリーマンとして過ごすことになる。その場所がずっと東京だったら、この二ページ*にあるような光景は、自分と深く…
2017.3.29
東京オムライスめぐり
 オムライスを一度だけ食べた記憶がある。昭和二十一年、あるいは二十二年、絵に描いたようなただの子供だった僕は、百貨店の食堂のようなところでオムライスをスプーンで食べた。スプーンが僕の口には大きすぎたことが、オムライス記憶…
2017.3.28
梅ヶ丘まで歩いて七分
子供の頃から三十代の終わり近くまで住んだ場所から、小田急線の梅ヶ丘駅まで、歩けば七分くらいだったと思う。故郷のすぐ隣が梅ヶ丘だ。いまでもそのくらいの親近感は続いている。 高校生の頃に自転車で学校へいくには、自宅を出てすぐ…
2017.3.23
赤い矢印文化圏
 東京のどこを歩いても、とにかくいたるところに赤い矢印がある事実を認識している人は、思いのほか少ないのではないか。数は多いしどこにでもある、そして多数の赤い矢印がどこにでもあることが当然のようになってもいるから、視覚では…
2017.3.15
それを環境と呼ぶか
 個性や自分らしさなどは、自分はこれではなくあれを買ったという軽度の、あるかないかの微小な差異にもとづく、形而下の出来事でしかない。そんな自分をはるかに越えた価値、つまり普遍性という形而上の出来事への加担こそ最大の生きが…
2017.3.11
いつかどこかで
 あるひとつの光景を目にして、これとおなじ光景をいつかどこかで見たことがある、と思う心理的な働きぜんたいを指して、既視感と呼んでいる。光景ではなく状況でもいい。過去のどこかでおなじような光景や状況を本当に体験していて、そ…
2017.3.5
太陽の直射光と簾の相性
 東京の光景に写真機を向けて、数万回はシャッターを切ったことの成果のひとつとして、簾はフォトジェニックであるという発見を僕は持っている。この二ページ(下記)にある光景のなかの簾は、どちらも天然の素材を使ったもののようだ。…
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