981編公開中。 今を映す手鏡のように
エッセイ・コレクション の一覧
2017.8.11
『ニューヨーカー』の表紙に描かれた、ある年の夏
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 一九八六年の夏、僕が新聞であの写真を見たのは、八月十一日だった。海水浴場として昔からよく知られている海岸が、人でびっしりと埋まっている様子を、「本社機」とか「自社ヘリコプター」とかを使って空中から撮影した、およそなんの…
2017.7.29
LAでは笑うしかない、というLA的な態度
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『アウトレイジャス LA』というタイトルの写真集におさめてある百点のカラー写真を、ひとつひとつ、じっくりと見おわったところだ。LAに生まれてそこに育ったLAネイティヴのジャーナリスト兼写真家のロバート・ランドーが、自分の…
2017.7.28
アイランド・バウンド
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 その島は、上空から見ると、ジェリー・ビーンズのようなかたちをしている。太目になりかけた三日月の、上下両端のとがった部分を丸くしたかたちだ。  小さな島だ。青い海のうえの、濃い緑色の三日月だ。環礁の一部分だから島の周囲を…
2017.7.26
モノクロームはニューヨークの実力
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 アンドリアス・フェイニンガーが自ら編集した写真集『一九四〇年代のニューヨーク』は、ぼくにとっては一機の非常にすぐれた出来ばえのタイム・マシーンだ。一九四〇年代という時間はとっくに過ぎ去ってもうないし、現在のニューヨーク…
2017.7.25
イースト・サイドの、暑い日の午後の消火栓
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 それほど緊急の用事でもない、という感じでパトロール・カーがくる。歩道に寄ってそのパトロール・カーはとまり、サマータイム・ユニフォームを着た中年の警官がふたり、外に出てくる。ひとりは居心地悪そうにあたりを見まわし、レンチ…
2017.7.19
デラックス・ダブル
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 ものすごく暑い日だった。かんかん照りだった。そして湿度が、限度いっぱいに高かった。暑さとかさなりあったその湿度は、具体的な重みとして、全身にのしかかってくるようだった。そんな日の、午後まだ早い時間に、ぼくは彼女と会った…
2017.7.16
「あんた、なに食う?」
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 ホノルルの下町の、日系人たちが主として日常的に利用する安食堂の雰囲気を言葉で描写するのはなかなかむずかしい。安食堂という言葉は、けっして悪い意味ではない。そのような場所でのそのような食堂は、「安食堂」以外ではありえない…
2017.7.9
紙のプールで泳ぐ
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 プールというものは、普通、そのなかに満たしてある水のなかで泳ぐためにある。プールで泳ぐといろんなふうに楽しいことは、すでに多くの人たちがよく知っている。プールで泳ぐと、気持ちよかったり、すこし悲しかったり、心が開いたり…
2017.7.8
キイチゴはどこに実っていたか
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 電話が、鳴った。  きまぐれをおこして、ぼくはその電話に出てみた。 「私です」  と、電話の相手は、言った。  そうか、きみか。  車を手に入れた、と彼女は報告してくれた。  車をとりかえるつもりだということは、春さき…
2017.7.6
食卓には花を!
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 アパートメントの部屋を、彼女は出てきた。彼女の部屋は三階にある。小ぶりなアパートメントだが、ユニットごとに複雑に組み合わせたかたちになっていて、このかたちの人工的なところが彼女は気に入っている。そして、住み心地は、とて…