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課題人生論

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『新しい年を迎えるにあたっての人生訓。生涯を決めるこの一点』というテーマで、2000字の文章をこれから書く。2000字といえば400字詰めの原稿用紙で5枚になる。入学試験や入社試験のときに出題される課題作文ないしは論文だと思って取り組むと面白いのではないかと、いま僕は思いつつある。論文という言いかたは明らかにおおげさだから、課題作文として考えてみることにしよう。

 テーマ自体は、きわめてばくぜんとしている。このばくぜんとした様子を、自分の文章のために有利に利用することが出来れば、そこで勝負はほぼ決まるような気がする。どんなことを書いてもいいけれど、その書きかたをまちがえないように、ということだ。

 僕としては、理づめで考えつつ、その考えのとおりに書いていくのが、もっとも気質に合っている。課題作文に対するひとつのサンプル解答を作るつもりで、僕の気質のとおりに書いてみることにする。

「生涯を決めるこの一点」というテーマは、はやくも矛盾をきたしている。生涯というものを平均的にたとえば70年とすると、その生涯の当事者から見て、70年間は一点ではあり得ない。はじまった点から終わる点にいたるまでの、相当に長い時間の継続だ。日数になおすと70年だと25550日にもなる。

 これだけの時間の経過のなかで、すこしずつ積みあげていくなにごとかが生涯というものなのだから、わずか一点でその生涯が決まるわけがない。きわめて特殊な場合を除いて、「生涯を決めるこの一点」というようなものはあり得ない。生涯が長く続くものであるなら、それを決めるものもまた、長く続くものであるはずだ。

「生涯を決めるこの一点」とは、長く続く生涯というものを、左右上下いずれかの方向へ最終的に大きく方向づけてしまう、きわめて影響力の大きななにごとかである、と正しく理解した上で、ではそれはなになのかについて僕は考えてみる。

 生涯は長く続く。そして、それを「決めるこの一点」もまた、長く続くものであるにちがいない。長く続かなければ、なにごとにせよそれほどの影響力をその生涯に対して持つことは出来ないのだから。

 生涯が70年にわたって継続するとして、その生涯を「決めるこの一点」は、すくなくとも70年の半分以上にわたって、その生涯と重なり合うものでないと、生涯を決めてしまうほどの力は持ち得ないだろう。しかも、生涯を決めてしまうのだから、やりなおしはきかない。

 一回こっきりでやりなおしはきかず、しかも生涯の半分以上の年数にわたってその生涯と重なり合う重要なものとは、いったいなにだろうか。

 自分の内部に目をむけるなら、それは、どのような勉強をどれだけ継続させるか、というようなことであるにちがいないと僕は思う。勉強と言っても、参考書にアンダー・ラインを引くようなことではないのは、言うまでもないだろう。そして自分の外に目をむけるなら、その重要なものは夫あるいは妻だ。

 どちらも、生涯が3分の2ほど経過してしまったところで、その真の重要さ、つまり自分の生涯に対する影響力のありかたが、はっきりと出てくる。出てきたときにはしたがってどう考えてもすでに手おくれであり、ものの見事にやりなおしはきかない。

 どのような勉強をどんなふうに継続させてきたか、そして、どのような素敵な夫あるいは妻がその人とともにいてくれているか。このふたつは、生涯にとってきわめて重要な「一点」であるからには、もっとも目立つものなのではないかと僕は思っている。

 勉強を早々とやめてしまった人の生涯は、グロテスクさのきわみだろうと僕は思う。夫や妻がしょんぼりと陰にかくれたままの生涯というものも、この上なくさびしいものだと僕は思う。

「生涯を決めるこの一点」は、勉強と配偶者だ。課題作文の結論としては単純明快でなかなかいいのではないかと自分では思いつつ、こうして解答を提出することにしょう。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


1991年 『アール・グレイから始まる日』 勉強
2015年12月26日 06:40
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