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青空とカレーライス

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 日本では「私の青空」として知られている「マイ・ブルー・ヘヴン」という歌は、一九二七年のアメリカに登場してヒット・ソングとなった。アカデミー賞が設立され、ベーブ・ルースがニューヨーク・ヤンキーズで六十本のホームランを打った年だ。大衆社会はすでに始まっていたが社会制度に不備は多く、それが二年後に始まった大恐慌ですべてはいったんつぶれるというような時代を、この歌はなんらかのかたちで写し取っていたはずだ。労働力の再生産の場である家庭を賛美しているという意味では、労働歌だったと言ってもいい。

 一九二七年は昭和二年、関東大震災から四年後だ。モボ、モガ(モダン・ボーイ、モダン・ガール)の時代だったということだが、この時代に関して僕は、きわめて希薄な知識しか持ち合わせていない。堀内敬三の訳詩を得て「青空」という題名で、昭和三年に二村定一という歌手が歌い、一世を風靡するという言いかたがまさにあてはまるほどに、広く支持され歌われたという。二村定一には「君恋し」と「アラビアの唄」という、どちらも国民的な大ヒットとなった歌があり、この三曲で彼は当時の日本の大スターとなった。昭和四年にはドイツの小唄に日本語の名訳詞をつけた「洒落男」という歌をヒットさせている。

 「君恋し」「アラビアの唄」「洒落男」などと並列されると、日本における「マイ・ブルー・ヘヴン」は、少なくとも僕にとっては、ほんの少しだが具体的な広がりのなかに落ち着く。さらにいま少し具体的なものと結びつかないだろうかと思い、歴史年表の「社会」や「世相」のところを見ていたら、新宿・中村屋にカレーライスが登場し、銀座・松坂屋の食堂のウェイトレスたちの服装が和装から洋装へと変わった、という記述を昭和二年のところに見つけた。どちらの出来事も、当時の東京の、ある特定の階層の人たちのあいだでは、ずいぶんと話題になった事柄なのだろう。「マイ・ブルー・ヘヴン」と中村屋のカレーライス。このふたつが歴史のなかで結びつくとは。

 大震災から復興した東京は、昭和十一年あたりに、その文化的な頂点を迎えた。そこから以後は戦争への急傾斜だ。モボやモガはともに儚い夢と消えた。戦争が始まり、ガダルカナル島からの撤退やアッツ島での玉砕、といった戦局にいたった昭和十八年、敵性音楽として演奏が禁止された頃には、「マイ・ブルー・ヘヴン」は「我が青天」という題名で知られていたようだ。じつに見事な逐語訳ではないか。

 僕が持っているLPやCDのなかに、きわめて不徹底ではあるけれど、「マイ・ブルー・ヘヴン」を探してみた。ジェイン・フローマンが一九五○年代に作った『ソングス・アット・サンセット』というLPを見つけた。夕暮れどき、黄昏、灯ともし頃、暮なずむ空、といった時間を背景にしている歌を、彼女が十二曲歌っている。そのなかに「マイ・ブルー・ヘヴン」がある。どこからも文句の出ようがない、どこまでも正しい堂々たる正調、とも言うべき歌いかたで歌われるこの歌に、強力な洗浄力のようなものを僕は感じる。

 グレン・ミラーには三とおりの録音があった。一九三九年、メドウブルック・ボールルームでのライヴ。一九四○年、ニューヨークのホテル・ペンシルヴァニアのカフェ・ルージュからの実況中継。それからAAFバンドのもの。一九二〇年代のジャズ曲を演奏したLPがベニー・カーターにあり、そこにも「マイ・ブルー・ヘヴン」がある。ザ・クラーク・シスターズのLPでは彼女たちがかなり凝った編曲で歌っている。テディ・バックナーのトラディショナル・ジャズ・パンドによる演奏、そしてハル・アローマのハワイアン・バンドの演奏など、いろいろある。

 マレーネ・ディートリッヒにリオ・デジャネイロでのライヴ盤LPがある。カサブランカ・パレスのゴールデン・ルームでのライヴを録音したものだ。ブエノス・アイレス、サンパウロとまわって、どこでも熱狂的な歓迎を受け大盛況だった。そしてパリのエトワール劇場で凱旋公演がおこなわれた。一九六〇年のことだ。バート・バカラックが音楽監督を務めたこのLPのなかに、「マイ・ブルー・ヘヴン」がある。

 ごく若い頃のフランク・シナトラによる録音は、絶品と言うべき出来ばえだったと記憶している。鼻腔の保湿機能が若さゆえにまだ充分に機能しているから、よくスイングする歌声には魅力的に濡れたような感触があった。声に出す英語として、自分で歌ってみるのも面白い。スイング感と英語の歌詞の一体化が、どの程度までなら自分にも到達可能なものなのかというような遊びとして。

(初出:朝日新聞2005年2月18日、所収:『ピーナツ・バターで始める朝』2009年)

今日のリンク:「私の青空」作曲・ウォルター・ドナルドソン、作詞・ジョージ・ホワイティング|訳詞・堀内敬三、歌・二村定一(ビクター、1928年) 


1927年 2005年 2009年 「私の青空」 『ピーナツ・バターで始める朝』 レコード 二村定一 昭和 朝日新聞 音楽
2016年2月27日 05:50
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