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『東京ラプソディ』1936年(昭和11年)|2

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➡︎前半|1

 マキと船橋、そしてハト子の三人は、料亭へ出かけていく。蝶々を指名する。蝶々さんが座敷へ来る。あでやかに美しい、優美な芸者さんだ。やや気後れしつつも、マキは彼女と対決する。若原一郎にはこんな可愛い恋人がいるのだから、横から出て来て彼を横取りするな、それに一郎さんなどと気安く呼ばないでほしい、などとマキは言う。いっぽう、恋人がいようといまいと、私と一郎さんとは幼なじみなのだから、なにがあっても一郎さんは一郎さんなのだと、蝶々さんは美しくも毅然としている。新聞の記事は根も葉もない嘘八百だと彼女は言う。

 ハト子さんとふたりだけでお話をさせてください、と蝶々は頼む。船橋とマキは座敷を出ていく。ふたりだけになって、蝶々とハト子は窓枠にならんですわる。「あなたのこと、なぜハトポッポと言いますの?」と、蝶々が優雅に聞く。この台詞は、『東京ラプソディ』のなかの最高の台詞だ。いきなりあらわれた一郎の恋人がハトポッポとは、たしかに合点はいかないだろう。「名前がハト子だからです」と、ハト子はうれしそうに答える。

 ふたりは話をする。子供の頃の自分や一郎さんのことを蝶々は語る。もうじき私は遠いところへいってしまうので、一郎さんとは会いたくても会えないから、もうなにも心配しなくてもいい、と蝶々はハト子に言う。九州の小さな温泉場へ蝶々は「住み替え」すると言う。家族のために必要としているおかねのために、売られた身の蝶々はさらに売られていく。蝶々は夜空の月を仰ぐ。彼女の目には涙がたまっている。蝶々が座敷へ来てすぐ、夜空の月のショットが入る。あれはのちほど効果を発揮する、程の良い伏線ショットだったか、さすがに昭和十一年だ、と僕はまたもや感心する。

 みんなで蝶々さんを助けようということになる。マキとハト子、そして船橋の三人が一郎にそれを伝えると、一郎も大賛成だ。もう歌手はやめたと晴美に言って来た彼だが、歌うための内的な必然性を見つけた彼は、初めて本気で歌う気になる。一郎は事務所へいく。「僕は歌います」と一郎は言う。晴美はレコード会社に連絡する。さっそく録音するのは、あの歌だ。一郎は窓へ歩き、窓を開く。

 そのアクションに合わせて、『東京ラプソディ』の曲が始まる。クリーニング店の前でハト子と腕を組んで歌う一郎のショットからスタートして最後まで、さまざまな人やふたり連れが『東京ラプソディ』を歌っていく。そのショットが無理なくつながる。東京の若い恋人たちが歌う。マキも歌えば、バンド・スタンドの船橋も歌う。晴美も銀座を歩きながら歌う。歌うショットの連続は、前半と後半とに分かれている。そのふたつをつないでいるのは、深窓の令嬢が弾くピアノだ。着物を着た彼女はひとりで『東京ラプソディ』をピアノで弾いている。前半はテンポを落とし、後半は速くして、彼女は弾く。さらにいろんな人たちが歌って盛り上がり、映画は終わりとなる。

 上映時間が六十九分の、昭和十一年のミュージカル映画だと言っていい『東京ラプソディ』は、たいへん良くできている。描かれてはいないけれど、一郎は『東京ラプソディ』をレコードにし、それは大ヒットとなり、そのことによる収入で蝶々を請けだして自由の身にして、めでたしめでたしとなるのだろう。素朴と言うなら素朴きわまりない、そして単純だと言うなら存分に単純でもある展開は、よくあるパターンそのものだ。しかし、良く出来ている。文句をつけるべき部分が見つからない。

 『東京ラプソディ』という歌の扱いかたの、たいそう気の利いた様子はじつに好ましい。一郎の事務所が設けられるとき、ホルーゲルのピアノが運び込まれる描写がある。これは明確な目的があって用意された伏線なのだ。『青春の謝肉祭』に続く二枚目のレコードになるはずの、『東京ラプソディ』の譜面が事務所に届く。本人ではないけれど、矢野晴美がそれをピアノで弾いてみる。「なかなかいいじゃないの」と、彼女は言う。歌手の生活は窮屈だ、普通ではない、という理由で嫌気がさしている一郎は、気のない返事をする。

 この映画の製作が始まったとき、『東京ラプソディ』はすでに大ヒットしている。歌のヒットは六月で、映画が公開されたのは十二月だという。大衆の欲求に映画は素早く便乗した。その映画のなかで、日本じゅうの誰もが知っていると言っていい『東京ラプソディ』を、こんなふうに扱うことの出来るセンスを僕は好む。最後でいろんな人たちが『東京ラプソディ』を歌うショットの連続のなかに登場する令嬢も、効果を発揮している。晴美の場合とおなじく、ピアノの扱いかたが程良く洒落ている。

 いろんな人たちが歌って盛り上がっていくにつれて、『東京ラプソディ』はなんとなく勇ましくなっていく。映画の冒頭にも、『東京ラプソディ』のメロディが出て来る。この曲はこんなふうにもなるのかと、簡単に言うなら軍国調の編曲だ。『東京ラプソディ』は、冒頭では軍隊のための曲のように聞こえる。

 映画が始まって最初に画面に映し出されるのは、日の丸にちがいないと僕が思う図形だ。その両脇に文字が縦にある。ヴィデオの画面ではそれがほとんど切れていて読めない。しかし、国威発揚的な言葉だろうということは、充分に見当がつく。勇ましい編曲はそれに合わせたものであり、映画の終わりに向けて『東京ラプソディ』が勇ましくなっていくのは、そのことと連続している。

 『東京ラプソディ』は良く出来ていると僕は思う。ではその良さというものを、僕はどのように理解したらいいだろうか。手がかりは明らかにふたつある。そのひとつは、洒落るにしても都会的にするにしても、すべては的確に心得られた程の良さの上で表現される都会的なものを希求する気持ち、つまり都会的なものすべての肯定とそれに対する憧れだ。この気持ちは当時すでに相当なところまで高まっていたと思っていい。

 都会的なものは東京で象徴されている。しかもその東京は銀座だけではない。『東京ラプソディ』の歌詞には、銀座、神田、浅草、そして新宿が登場している。そして歌い上げられているのは、享楽の対象としての都会風俗情緒の全面的な肯定だ。銀座の柳の下でこうして逢うのはきみだけだ、と歌詞の中の彼が言うその彼女とは、銀座のティー・ルームで語り合う。彼にとって神田は思い出の街だという。神田で学生時代を過ごしたのか。おそらくそうだろう。曖昧な歌詞は解釈の幅を広く持つが、神田で過ごした学生の頃、ニコライの鐘に重ねては、きみのような女性の登場をうつつに夢見ていたよ、と彼は言いたい。

 彼女は彼女で確保しておいて、彼は浅草へおもむく。劇場でショーを見れば、ジャズに合わせて踊る踊り子のほくろを目にとめて、彼はそれを忘れない。夜更けに新宿へいくなら、そこにはダンス・ホールがあってダンサーがいる。以前から気になっているダンサーの指に光る指輪に、その指輪を買ってくれたのかもしれない男との関係を彼が想像すると、新宿駅さえなまめいてしまう。

 Dマイナーの歌も詞によってはここまで能天気になれる。東京はまさに花の東京だ。夢のパラダイスであり、楽しい恋の街だ。もはや手のつけようのない感じだが、これはこれでいい。しかもたいへんわかりやすい。都会生活の洒落たお手本は欧米に求め、自分たちの日常生活のなかでは、自在に変形させて楽しめばそれでいい。『東京ラプソディ』を理解するためのもうひとつの手がかりは、ややわかりにくいかもしれない。描いてある世界、そこに登場する人物たち、そして彼らが作っていく関係のぜんたいは、純情さや純朴さのようなものを明らかに持っている、と僕は感じる。ここで僕が言う純情さや純朴さとは、ほとんどなにも考えずに現状を肯定することと引換えに、自覚するしないにかかわらずとにかくのちほど引き受けざるを得ない。簡単に煽られてたやすく乗せられてしまうような危うさというものを意味している。なにしろいまから六十年以上も前のことなのだし、しかも美化された気楽な娯楽映画のなかの出来事なのだから、人々やその関係はいまとは比較にならないほどに純朴なのさ、という説明は説得力を持たないと僕は思う。

 彼ら自身の、そして彼らが作る世界の純朴さは、六十年以上をへて初めて見る僕にとっても、快感であることは確かだ。しかしその快感と同時に、純朴さと同量の危うさを、僕は彼らに感じる。充分に日本化されたものではあるけれど、彼らの都会や都会的な生活を欧米的なものとするなら、危うさと背中合わせの純朴さは、日本的なものだと言っていいのだろうか。欧米にお手本を求めた都会生活とは別にある、彼らが拠って立つもうひとつの足場のようなものだ。

 僕がいう純情さや純朴さの意味を、さきほど僕は明らかにした。その意味をもう一度言い換えるなら、次のようにもなる。あるひとつの状況なら状況を、なんら懐疑することなく、あまりにも無防備に肯定して引き受ける性向。『東京ラプソディ』のなかでは、これが、都会への憧れと併存していると僕は思う。昭和のこの時期には、すでに大衆のなかに圧倒的に形成されていた気分のようなもの、と見ておこう。

 『東京ラプソディ』を理解するためのふたつの手がかりを、二本の線のように引き出して戦後まで引っ張っていくと、それぞれはどこにつながるだろうか。都会化の夢は戦争によっていったんは悲惨にも叩きつぶされたが、戦後の経済復興はそのまますべての再都会化を意味した。経済復興とは生活の都会化のことであり、都会化は復興にほぼ自動的に付随した。そして経済復興は人々の拠って立つ強力な足場となった。都会的なものへの憧れや肯定という線は、昭和十年代前半から戦後へ、このように無理なくつながる。

 では、とんでもないことにたやすく乗せられてしまう危うさと表裏一体の純朴さは、どのように戦後とつながるのか。核心へみごとにつながる。戦後とは、それまでの歴史の連続性を敗戦で断ち切って放棄し、そのかわりに、どこまでもつらなった現在という現実のみにかまける日々を手に入れることだった。歴史の連続性の放棄という戦後の日々に自分たちを乗せようとする力を、危うい純朴さはいとも簡単に引き受け、その結果として大衆は乗せられ、乗ってしまった。

(『映画を書くー日本映画の謎をとく』1996年所収、底本:『映画を書くー日本映画の原風景』2001年)


藤山一郎「東京ラプソディ」(1936年)|作詞:門田ゆたか 作曲:古賀政男|テイチク

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2016年12月17日 05:30
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