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『東京ラプソディ』1936年(昭和11年)|1

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 おおまかに言って銀座の西側、若い女性の足で有楽町の駅から小走りに三分ほどでいけるあたりに、若原クリーニング店という洗濯屋さんがある、という設定だ。銀座でなくては物語にならない、だからそのクリーニング店は銀座にある。そしてその銀座は、一九三六年、昭和十一年の銀座だ。たとえばいまのプランタンの裏あたりに、かつてクリーニング店があったとしても、なんら不思議ではない。この若原クリーニング店の息子、一郎は、真面目で優しくて気持ちのまっすぐな、元気な青年だ。クリーニング店の仕事でいそがしく働いている。子供のように若い藤山一郎が、この一郎という青年を演じている。

 クリーニング店から道をはさんで向かい側、花屋さんの一角に煙草屋がある。その煙草屋で働いているハト子という若い女性は、一郎の恋人のような存在だ。クリーニング店も花屋も煙草屋も、ごく簡単なセットだ。しかし商売の洗濯物を屋上の物干場に干す描写は、一見に値する。突拍子もないフィクションではないはずだ。昭和十一年のクリーニング店は、おおよそこのようだったのだと僕は理解して楽しんだ。

 煙草屋のハト子は、友人のマキという女性とふたりで、御茶ノ水の近くのクダン・アパートメント・ハウスの一室で、都会の独身生活を送っている。二階のその部屋の窓からは、ニコライ堂がすぐ近くに見える。もちろん鐘の音も聞こえる。この頃のニコライ堂は、あたりから見てほんとに目立つ存在だったことが、この映画のなかの場面でわかる。

 寝坊しながらも、ハト子は弁当を作って煙草屋へと出勤していく。煙草屋の店先にすわっているだけの仕事で、部屋代はふたりでシェアしているとは言え、東京でのひとり暮らしを支えることが出来たのだろうか。彼女が電車に乗るのは御茶ノ水からだ。昭和十一年の、橋の上あるいは対岸から見た御茶ノ水駅が、画面に登場する。駅の位置、お堀、線路、橋などの重要ないくつかの要素の、基本的な位置関係は現在とまったくおなじだ。
 
 ハト子と同室のマキも仕事を持っている。彼女はダンス・ホールのダンサーだ。このダンス・ホールは、昔の英語で言うとタクシー・ダンス・ホールだ。客は店に入ると切符を買う。踊る曲数あるいは時間に応じて、切符で相手のダンサーに支払いをする。バンド・スタンドがあり、そこではバンドが演奏して音楽を提供する。片隅にカウンターがあり、そこでひと休みしてなにか飲むことも出来る。

 マキはおなじダンスホールに所属するバンドでテナー・サックスを吹いている、船橋という男性と恋人どうしと言っていい関係だ。船橋はおだやかで善良な、酒に目がないという二枚目だ。井染四郎という俳優が演じている。マキを演じるのは星玲子という女優だ。このふたりはたいへんいい。藤山一郎、そしてハト子役の椿澄枝というふたりの素人を、ふたりはかたわらで支えている。要所をきちんと押さえながら、さらっとした程の良さを、井染と星は持続させている。こういう感触は昭和十一年のものなのだ、と僕はひとりで感心する。

 一郎は若旦那だが、父親は出て来ないし言及もされない。東京生まれの東京育ちであることが、ほかの場面の台詞でわかる。ハト子はハトポッポと呼ばれている。どこで生まれてどんなふうに育った女性なのか、説明はいっさいない。そのことはマキや船橋に関してもおなじだ。昭和十一年の、庶民的な世界における、おそらくは限度いっぱいに都会的な人たちだろう。いまの東京に暮らしているいまの人たちよりも、はるかに洒落て都会的な人たちだという印象を、僕は画面のなかの彼らから受ける。ハトポッポとマキの部屋はもちろんセットだが、美的なセンスや居心地の良さなどにおいて、いまのワンルームよりも優れているのではないか。

 恋人どうしの一郎とハト子は、一日の仕事が終わったあとの夜の時間を、クリーニング店の近くの建物の屋上で過ごす。青春を賛美するロマンティックな歌だ。一郎はアコーディオンを弾いて歌を歌う。ハト子にとっては、自分に向けられた求愛の歌以外のなにものでもない。ハト子はうれしい。幸せだ。そして、ふと不安になる。この幸せがいつか消えるのではないか、という不安だ。大丈夫だよ、と一郎は言う。

 隣にホテルがある。その名も銀座ホテルだ。別井という伯爵が経営しているらしい。彼の女友だちの矢野晴美がスイートに泊まり、仕事をしている。映画のなかでの呼ばれかたによると、晴美は女流ジャーナリストだ。いろんなことを思いついてはけしかけ、あちこちに話をつなぎ、乗って来る人がいれば仕事してしまうという、そんな人だ。昭和十一年に早くも東京にはこんな人がいた。ホテルの部屋で彼女は原稿を書いている。明日の午前十時にはかならず原稿を渡す、などと電話で彼女は言っている。

 別井が晴美の部屋を訪ねて来る。ふたりは男と女の仲かもしれない。あるいは、単なるいい友だちどうしなのか、どちらでもいいが、組み合わせはなかなか良く出来ている。マキと船橋も、そして一郎とハト子も、取り合わせはとてもいい。「むしむししますね」と言って別井は窓を開ける。一郎の歌声が届いて来る。伯爵は隣の建物の屋上を見下ろす。一郎が歌っている。それをハト子が幸せそうに聴いている。晴美にもその光景を見せる。「ルクサンブール公園でよくああいう若い恋人たちを見ましたよ」と、伯爵は言う。

 女流ジャーナリスト矢野晴美には、閃くものがある。あの青年を人気流行歌手にしたら面白いにちがいない、という閃きだ。さっそく一郎とハト子を、彼女は部屋に呼ぶ。あなたを歌手にしてあげるけどなってみないか、と晴美は一郎に言う。一郎はさほど乗り気ではないが、男らしくやってみなさいよというハト子のひと言で、やる気になる。

 二、三日後、新聞に記事が出る。『無名の洗濯屋さん、幸運を摑む』というようなタイトルの、ゴシップ記事だ。女流ジャーナリストに目をかけられ、一躍人気者となった幸運児という内容らしい。歌手としての実績はなにもないまま、こういう記事を新聞に出させて人々の話題としたのちに、レコードが発売されラジオに出演しコンサートが開かれる、ということなのだろう。若原クリーニング店の前をとおりかかったふたり連れが、歌手になったあの人はこの店の人だよ、ああそうなのかい、ここの人かい、というような会話を交わしている描写が、店のなかから窓ごしのショットとして、のちほどさりげなくあったりする。こういうところも、昭和十一年のものなのだろうなあ、と僕は思う。

 一郎は歌手になる。人気が出る。最初のレコードは『青春の謝肉祭』だったという設定だ。クリーニング店の近くに事務所が設けられる。事務所らしくデスクや書類キャビネット、そしてピアノが運び込まれる。すべてを晴美が仕切っている。彼女は自ら任命した一郎のマネジャーだ。最初のコンサートの打合せ、ラジオ出演など、一郎は多忙となる。事務所に詰めっきりだ。クリーニング店の仕事はもう出来ない。一郎が煙草を買いに来ないし、少しも会えなくなってしまって、ハト子は寂しい。

 一郎さんの出世を祝って、みんなで集まって部屋で手作りのご馳走をしよう、という提案をハト子はする。みんなとは、マキに船橋さん、そして自分だ。みんな賛成する。一郎を誘う。かならずいくと言いながら、一郎はあらわれない。晴美やレコード会社文芸部の男などに、夜の街を連れまわされている。美松というクラブで飲んだあと、彼らは喫茶店に入ってお茶だ。美松は現在の銀座三越の裏に実在した店だ。一階が喫茶店で、二階はしゃぶしゃぶのレストランだったことが、当時の雑誌の広告でわかる。

 喫茶店で一郎は美しい芸者さんに呼びとめられる。子供の頃、すぐ近くに住んでいた幼なじみの千代子ではないか。お千代ちゃんが芸者になったことを、一郎は知っていた。久しぶりに逢って懐かしい。楽しそうに話をするふたりを見て、文芸部の男は一計を案じる。

 彼は一郎を料亭に誘う。部屋へお千代さんを呼ぶ。一郎とお千代は、驚きつつもうれしい。僕にもひとつふたつ幼なじみがあるんで、などと言いながら文芸部の男は帰っていく。ふたりになった千代子と一郎は昔の話をする。現在の話もする。千代子の父は病弱で、寝たり起きたりではかばかしくなく、おかねだけはかかる。それに妹や弟のこともある。器量と気立てのいい長女の千代子が、芸者に売られた日々を引き受けて、一家を支えている。本当に芸者みたいなお千代さんを演じているのは宮野照子という女優だ。こういう女優がいまいるだろうか。これも昭和十一年ならばこそだ、などと僕は納得して楽しい。
 
 文芸部の男と晴美のしかけによって、新聞のゴシップ記事が出る。『人気歌手の若原一郎、花柳界でも寵児。新橋の蝶々お姐さんと甘ったるい二重奏』というとんでもないタイトルの、まったく事実無根のゴシップ記事だ。お千代さんの源氏名は蝶々さんという。ふたりの写真が記事のなかにならんでいる。

 その新聞記事を見て、マキや船橋は憤慨する。ハト子は悲しむ。そして一郎はびっくりする。こんなでたらめな記事を載せた新聞社に僕は抗議にいく、と彼は言う。私が書いたのよ、と晴美は答える。「人気は煽って作るものなのよ。これからもいろいろあるから、そのつもりでいて」というのが晴美の世界だ。「新聞がそんなでたらめなことを」と憤る一郎に、「新聞ってそんなものよ」と晴美は言う。当時の新聞の、社会的な位置がうかがえて面白い。好き勝手に記事を載せ、大衆を煽動することをとおして私利私益の拡大を図る、という位置だ。

 本人のためにも、一郎にはここで少し意見しなくてはいけない、とマキと船橋、そしてハト子の三人は、料亭へ出かけていく。まずはこの芸者に会って対決するのが先決よ、とマキは言う。マキもハト子も庶民だ。ハト子は和風におとなしい。ゴシップ記事を見ても、べそをかいているだけだ。マキは洋風に元気だ。完全な善意や純情さ、好意、熱意、質の正しい正義感、それに早とちりを原動力とする、元気さだ。こういう元気さをひと言でいうなら、きっぷの良さ、あるいは、ごく可愛い次元で伝法肌、とでも言えばいいだろうか。決して単なる早口ではないけれど、どんな言葉のつらなりでも、くるっと舌に丸め込んで、しかもよどみなく滑らかに小気味よく、台詞としてマキの口から出て来る。こういう口調の、日本における最高峰は木暮実千代だと僕は思う。

 一郎は今日も事務所に詰めている。晴美がピアノを弾く。曲は『東京ラプソディ』だ。これが二枚目のレコードに予定されているらしい。「なかなかいいじゃないの」と、晴美は言う。歌手であることに早くも疑問を感じている一郎は、「そうですかねぇ」と、あまり乗り気ではない。

明日につづく[全2回]

(『映画を書くー日本映画の謎をとく』1996年、『映画を書くー日本映画の原風景』2001年所収)

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1936年 1996年 『映画を書くー日本映画の原風景』 『映画を書くー日本映画の謎をとく』 伏水修監督 映画 映画『東京ラプソディ』 昭和 書く 東京 東宝 歌謡曲 藤山一郎 観る 都市 銀座
2016年12月16日 05:30
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