アイキャッチ画像

1月1日、消印はモンパルナス

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 消印をはっきりと読むことが出来る。1992年1月1日、モンパルナスだ。かつて僕が少しだけともに仕事をしたことのある、いろんな意味でたいへん素敵な女性が、数年前にフランスへ渡り、大学へ通って勉強をしている。その女性が、季節の挨拶の手紙を、何年かぶりで僕に書き送ってくれた。その手紙に貼ってあった一枚の切手とその周辺の、完成された美しさが僕の気持ちをとらえた。

 1月初めの晴れた日の午後、この手紙を受け取った僕は、二階のバルコニーの温室に小さなテーブルを持ち出し、黒い紙を敷き、その上にこの封筒を置き、切手を中心にしてその一角を写真に撮った。思いどおりに撮ることが出来た。

 消印がいい。切手の出来ばえには文句のつけようがない。一枚だけというのが端正で好ましい。それに、封筒のこの微妙な色は、日本のものにはとうていあり得ない。

 無理と言えば、航空便の封筒の縁にくりかえされる赤と青の二色も、日本では馬鹿みたいな赤と青だけだが、この封筒を縁取る二色は素敵だ。冬の日本の、西へまわった太陽からの斜めの光は、しかし、写真的にたいへん良かった。

 この写真を僕は自分の文庫本の表紙に使用した。短編がランダムにならんでいる短編集だ。切手のなかにいる女性にちなんで、『私はいつも私』という総タイトルを、僕はその短編集につけた。

 この切手を貼った封書が、どこで誰の手に受け取られようとも、切手のなかの彼女は常に彼女なのだなどと思っているうちに、彼女はいつも彼女、というフレーズが浮かんで来た。視点を三人称から一人称に移して「私はいつも私」としてタイトルにし、写真とともに表紙になった。

(2016年1月7日掲載。『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』1995所収)


watashiwaitumowatashi●『私はいつも私ー短篇集』1992、角川文庫〔初版〕


1995年 『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』 写真 切手 女性 手紙
2016年1月7日 05:30
サポータ募集中