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評論・エッセイ

ミスタ・マスタード|アビーロードのB面

「お若いの、今日も元気かい」
 公園の浮浪者が、低い位置から彼にいきなり、声をかけた。
 彼は午後の公園をひとりで歩いていた。空は灰色に曇っていた。雨は降っていないのだが、今日も彼はシャツの上に木綿のレイン・コートを着ていた。前を深く合わせてベルトをしめ、ポケットに両手を入れ、彼は公園の東の端をひとりで歩いていた。
 浮浪者に声をかけられて、彼は立ちどまった。地面に板をならべて横たえ、その上にブランケットを折りたたんで敷いてすわっている男性の浮浪者を、彼は見下ろした。
 浮浪者は…

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年

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