アイキャッチ画像

それをマヨネーズ・ブックと称したい

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 一九七二年の確か七月だったと思う。三十代の前半に入ったばかりの僕は、ホノルルのダウンタウンで定宿に滞在していた。南ベレタニアのそのあたりは、いつもは東京にいる僕にとって、一九五〇年代なかばから知っている、故郷のような場所だった。二十年前とほとんど変わらない様子のなかに、ほんの少しだけの変化があり、両者は均衡がとれていた。だから居心地はたいそう良かった。

 二十歳から文章の書き手になり、一九七二年には書き手としての経験を、すでに十年以上、持ってはいた。しかし書くことの内容は、十年間ほぼおなじだった。次の段階へ僕は出ていかなければならなかった。だからタイミングはじつに良かった。街に出た僕は一冊の本を見つけたのだ。そしてその本は、それ以後の僕にとって、限度いっぱいに広い意味で、もっとも大きな影響をあたえた。僕はいまもその影響のなかにいる。

 いつものようにダウンタウンを歩いていて、なにかの用事で僕は雑貨店に入った。店の片隅にペイパーバックの棚があった。なにも買わないつもりで僕はその棚へ歩み寄った。眺めるだけにとどめたいと思っていた僕が、一冊だけ手に取ったのは、リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』というペイパーバックだった。

 なによりもその薄さが素晴らしかった。いまでも持っているその現物で計ってみると、厚さは七ミリだ。文字が小さい。薄いペイパーバックの小さな文字に誘惑されて、僕は適当に開いたページを拾い読みした。そしてすぐにきめた。この本は買わなくてはいけない、と。だから僕はそれを買った。

 当時は誰も人のいなかったアアラの三角公園のベンチにすわり、僕は『アメリカの鱒釣り』を読み始めた。読み始めたら止まらなくなった。公園から道路を渡れば定宿だった。宿の部屋に帰り、ソファにすわって僕は続きを読んだ。読み終わるまで僕はソファを立たなかった、と思う。

 なんとも言いがたく魅力的なこの小説の最後の章は、「マヨネーズの章」だ。そしてその前の章は「マヨネーズの章の序章」で、「マヨネーズという言葉で終わる本を私は書きたいとずっと思ってきた」という文章で終わっている。そして「マヨネーズの章」の最後の言葉は、じつに、マヨネーズ、というひと言なのだ。

 このようなアイディア、そしてマヨネーズという最後のひと言にいたるまでの物語の、これこそ物語だと言うべきフィクションの巧みさは、ひとりの書き手である僕に対して、けっして終わることのない影響をあたえた。マヨネーズ、というひと言で終わる小説を僕も書きたいと思い、何年か前に短編をひとつ書いた。日本語の構造ではなかなか難しいが、なんとかなった、と自分では思っている。最後の言葉がマヨネーズである短編ばかりで構成された短編集を作り、それを僕は「マヨネーズ・ブック」と称したい。

『文學界』2016年12月号


2016年 アメリカの鱒釣り チョイス ペイパーバック ホノルル マヨネーズ リチャード・ブローティガン 文學界 短編
2020年3月10日 07:00
サポータ募集中