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L・L・ビーン社のアウトドアーズ哲学をつくった人

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LLBEANBOOK

[Hunting, Fishing and Camping by Leon Leonwood Bean, 1942]

 三年まえの秋深く、アメリカの東部から友人がひとり日本へやって来た。日本のあちこちを旅行してまわるのが目的だった。彼にとっては、はじめての日本だった。

 日本も北のほうへいくと雪がたくさん降り、非常に寒いところがあるのだということを知った彼は、母親に手紙を書いた。日本の北部は冬が厳しいそうなので、あたたかくて軽いコートを送ってください、とその手紙で頼んだ。

 自分がその日いちにちなにをしたか、彼は毎日くわしくぼくに報告してくれていた。誰あてにどんな内容の手紙を書いたかということまで報告するので、お母さんにコートをリクエストしたこともぼくは知っているわけだ。

 コートが届くまで、彼は九州や四国を旅していた。ある日、ぼくの気付で、日本の郵便局から通信文書が届いた。そのアメリカの友人あてに航空小包みが届いているから引きとりにいらっしゃい、という通信文書だった。

 ぼくは、彼といっしょに、指定してあった郵便局へいってみた。

 小包みを受けとった彼は、郵便局のなかでその包みを開いてみた。L・L・ビーン社製の、グース・ダウンの入ったマッキノーが、包みのなかから出てきた。コーデュロイのえりのついた、オリーヴ・グリーンのやつだ。L・L・ビーン社から東京にいる息子のところへ直接に送るよう、母親が手配したのだ。

 Mサイズは彼には少し大きいのだが、ロング・モデルのダウン・マッキノーにすっぽりとくるまって、彼は感激していた。母親が特に頼んでこうしたのにちがいないと思うのだが、右のポケットからはニットの手袋、そして左のポケットからは、毛糸で編んだワッチ・キャップのようなキャップが出てきた。

 彼はさらに感激し、その手袋をはめ、キャップをかむってみせた。明らかにワン・サイズ以上大きすぎるダウン入りのマッキノーにくるまり、キャップをかむって手袋をした彼は、冬の東部アメリカからとつぜん東京の一角に降り立ったような、ゆかいなながめだった。

 クリスマスの近づいた東京の町をぼくと肩をならべて歩きながら、
「母親って、どこでもいつでも、こうなんだよね。あたたかいコートを送ってくれと息子が言えば、できるだけあたたかくしようと思って、サイズの大きいのを送ってよこすんだ」
と、照れながらもしんみりしていた。このダウン入りのマッキノーもキャップもそして手袋も、L・L・ビーン社のカタログにいまでものっている。

 その彼が、『L・L・ビーンのアウトドアーズ・ガイド』という本を送ってくれた。豊富なアウトドア体験を有効なインフォメーションへと濃縮したような内容を持った、しっかりした造りの、美しい本だ。

 著者のビル・リヴェールは、アメリカのアウトドア・ライターズ・アソシエーションのメンバーだ。この本のほかにもすでに何冊かの本を書いている、アウトドア・ライフの専門家だ。L・L・ビーン社のスタッフの協力を得て、数年間の時間をかけて彼はこの本をつくりあげたという。

 L・L・ビーンを略さずに言うと、リーオン・リーオンウッド・ビーンだ。L・L・ビーン社の創設者で、一八七二年に生まれ、長生きをして一九六七年に他界している。生前は、友人や知人からはL・Lの愛称で親しまれ、いまでも彼のことをL・Lとして語る人が多い。

 メイン州っ子であった彼は、十二歳で孤児となり、メイン州各地の親戚や知人の農場で働きつつ、自立していった。その彼のことや、彼のアウトドアーズ哲学、そしてアウトドアーズに出ていくときの服や持ち物、道具などに関する考え方などが、『L・L・ビーンのアウトドアーズ・ガイド』のイントロダクションに書いてあって、興味深い。

 L・L・ビーン氏は、たいへんに正統的な人であったらしい。アウトドアーズが大好きだった彼は、メイン州を中心に、秋から冬は鳥と鹿とダックのハンティング、そして春から夏はサモンやトラウトのフィッシングというように、アウトドアーズでめぐっていく季節のリズムがそっくりそのまま自分自身の人生のリズムでもあったという人だ。フィッシング・トリップに出てキャンプで焚き火をしたときなど、火を消したあとは自分で灰のなかに手を入れ、ほんとうに火が消えたかどうかを確認していたというから、自然に対する愛情は本物だったにちがいない。自然保護が社会的な問題になるはるか以前から、自然を厳しく保護することをうったえてもいたと言う。

 現在のL・L・ビーン社へと発展してくるための最初のスタートをL・Lがきったのは、一九一二年のことだった。この年に、L・Lは、自分のハンティング体験にもとづいて自分で考案したメイン・ハンティング・シューを、通信販売で売り出した。

 L・Lは、かねてより、ハンティングのときにはくブーツに対して、不満を持っていた。重くて水に濡れ、その水はなかへしみこみ、雪のなかが歩きづらく、寒さによってかたくなり、ひび割れする。そんなハンティング・ブーツに対して、はき心地のいい、丈夫で軽いハンティング・ブーツはできないものかとあれこれ考えているうちに、革のトップにゴムのボトムをぬいつけるという、現在のL・L・ビーン社のシンボルであるメイン・ハンティング・シューができあがった。

 効能書きを自分で書いたリーフレットをつくり、メイン州でハンティングのライセンスを持っている人たちにダイレクト・メールで送付した。メイン州フリーポートのL・L・ビーン社の、はじまりだ。

 ゴムのボトムがやわらかすぎ、したがって革とのぬい目がすぐに破れ、百足売れても九十足は返却されてくるというスタートだったが、自然に対する彼の強い愛情や大きな情熱、それに、自然のなかで使う道具や服がすぐれたものでないと充分に自然を楽しむことができないし、不出来な道具に悩まされながら自然のなかで時間をすごすのはみじかい一生のなかの貴重な時間の無駄づかいだ、というようなエクイップメント哲学は、ハンターやアウトドア愛好者たちから熱心な賛同を得た。自作のハンティング・シュー以外にアウトドア・エクイップメント全般を次第に扱うようになり、現在では〝メイン・ハンティング・シュー〟を一年に十万足も出荷するほどになっている。

 よくできた製品をできるだけ安く提供し、お客は自分とおなじ人間としてまったく対等にフェアに扱う、というL・Lのポリシーは、L・Lの孫にあたるリーオン・ゴーマンが社主をつとめる現在のL・L・ビーン社に、うけつがれている。

 一九二〇年代のなかばに、フィッシング、キャンピング、ハンティングなどのために必要な道具のほとんどすべてが、L・Lのカタログにのるようになった。どの製品もL・L自身がフィールド・テストし、カタログの文章も自分で書いていた。初期のカタログや、一九六七年に絶版となったL・Lの自著、『ハンティング、フィッシング、キャンピング』は、いまではコレクターズ・アイテムだ。自社のカタログにのせる製品の厳しい品質管理やテストの伝統は、いまでもつづいている。

 アメリカの有名ブランドのひとつとして日本でも人気のあるL・L・ビーンについて書いていくとなんだかいいことずくめのようになってくる。いかにすぐれたものでもそれを用いる文脈によって雰囲気は変わってくるが、自分のかかげた理想を徹底して追求したL・Lの方針は素晴らしいと思う。

(『ブックストアで待ちあわせ』1987年所収、エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』1995年所収)

今日のリンク:
1:動画「Bean Boots by L.L.Bean ビーンブーツ」
2:L・L・ビーン著『ハンティング、フィッシング、キャンピング 100周年エディション』(Hunting, Fishing and Camping, 100th Anniversary Edition,by Leon Leonwood Bean, 2012:Down East Books)

The L. L. Bean Guide to the Outdoors, by Bill Riviere with the staff of L. L. Bean. New York: Random House

The L. L. Bean Guide to the Outdoors

The L. L. Bean Guide to the Outdoors2

[図版は本サイト編集部による参考図版]


1987年 L・L・ビーン 『ブックストアで待ちあわせ』 アウトドア アメリカ エッセイ・コレクション 仕事 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 自然 読む 道具
2015年11月30日 05:30
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