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風がそこに吹いている

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 そこにいるのは自分ひとりだけという他に人のいない状態を寂しいと言うなら、それはlonesomeだよと、英語で説明されたのは、僕が六歳くらいのときだ。この説明を聞いてlonesomeはよくわかったが、自分では使うことのない言葉だろうな、という思いもすでにあった。

『掠奪された七人の花嫁』というアメリカ映画が一九五四年に日本で公開された。原題を”Seven Brides For Seven Brothers”と言い、アメリカでもおなじ年に公開された。そのときから数えて百年ほど前のオレゴンの山のなかに舞台が設定された、良く出来たミュージカル映画だった。最近ではこの映画のことをまったく目にしないし、聞くこともない。

 この映画のなかで歌われた歌のひとつに、”Lonesome Polecat”という歌があった。アメリカの英語としてのlonesomeが使われた実例の、僕にとっておそらく最初のものだった。Polecatは毛長イタチと呼ばれているが、ここではスカンクと言っておこうか。百年前のオレゴンの山のなかではスカンクも寂しいのだ、と少年の僕は思った。歌詞の冒頭の部分をいまでも僕は覚えている。”I’m a lonesome polecat, lonesome, sad and blue”という部分だ。lonesomeというひと言の意味が、sad and blueという語句で補完してある。人がlonesomeならその人はsadでありblueなのだ。

 自分の他に人がいなくて、その状態が寂しいとは、友人や恋人、妻、夫などが身近にいるわけがなく、多少はこみいった話の出来る人も、信頼するに値する人もいないし、なにごとかに自分と共感する人もいない、というような状態だ。けっして特殊な状態ではなく、ほっておけば多くの場合やがてこうなる。

 カントリー・ソングの名曲のひとつに、”Just Call Me Lonesome From Now On”という歌がある。もう何年も前『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』という映画をVHSで観たら、思いがけなくこの歌に遭遇した。年配の男性が玄関のドアの前に腰を下ろし、ギターを弾きながらこの歌を歌う。聞いているのはまだ幼い男の子供ひとり、という設定だった。この場面でのこの歌は素晴らしい出来ばえで、作中の白眉、という古風な言いかたが見事に当てはまった。エルヴィス・プレスリーが歌っている。彼の数多いCDのなかにある。最後の三語は省略され、”Just Call Me Lonesome”という題名になることが多い。ひとりの男の視点から歌われる歌だ。いまから僕のことをただlonesomeと呼んでくれ、と彼は言っている。なぜ彼はlonesomeになったのか、歌詞の二番が端的にその理由を説明している。彼女の部屋がある二階へ上がっていくのだが、そこは薄暗くて誰もいない。しんと静かな様子は、彼女がすでにそこを去ったことを如実に伝えている、という情景が二番の歌詞で歌われている。彼女は去った。そして自分ひとりがそこに残された。そのひとりだけの状態を、lonesomeと彼は言っている。

 カントリー・ソングにlonesomeは多い。”Oh, Lonesome Me”は歌手のドン・ギブソンが作詩作曲したもので、一九五八年のヒットになった。彼がつけた題名はOle Lonesomeだったが、OleはOhと誤解されたまま楽譜に印刷され、レコードのレーベルでも誤解は続いていた。したがって訂正はしないでおいた、とギブソンが語っている。自分のもとを去っていった女性にまだ多大な未練を抱く彼は、ひとり家のなかにいて、ひとりで未練を温めながら、なぜ彼女は去ったのか、などと言っている。そのような自分の状態を、彼はlonesomeと表現している。

 ”I’m A Lonesome Fugitive”という歌は一九六〇年代なかばのヒットだった。その頃に人気のあった連続TVドラマに”Fugitive”という題名のものがあった。この歌の題名は、そのTVからなんらかの影響を受けたものではなかったか。歌のなかの主人公は、文字どおり追われる身だ。逃げつづけるか、あるいは、つかまって刑務所で日々を送るか、というFugitiveだ。こんなふうに追われる男は常にひとりであり、そのひとりである状態について、歌のなかで彼は次のように言っている。”I’m lonely but I can’t afford the luxury, of having one I love to come along”

 ”Are you lonesome tonight?”という歌を忘れてはいけない。この歌の歌詞もまた、lonesomeの意味のありかたのひとつを、正しく伝えようとしている。”Are you lonesome tonight? Do you miss me tonight?”という部分だ。「今夜のきみはひとりで寂しいかい。今夜そこに僕がいなくて寂しいかい」と、ややあからさまに、彼は歌っている。

 リッキー・ネルスンの歌で”Lonesome Town”がヒットしたのは、いつだったか。”Maybe down in Lonesome Town I can learn to forget”という部分がlonesomeの説明になっている。この歌の主人公は失恋した男性だ。ロンサム・タウンというところへいけば、彼女をいかにして忘れることが出来るようになるか、その方法を学べるかもしれない、と彼は歌う。失恋していまは自分ひとり。そのような状態も、lonesomeなのだ。

 ”I’m So Lonesome I Could Cry”の日本語題名は「泣きたいほどの寂しさ」となっている。寂しさは、淋しさ、と書いたかもしれない。寂しさは自分ひとりでどうにかするほかないけれど、淋しさのときにはそこに風が吹いているような気がする。ふたとおりの漢字からそれぞれ僕が受け取る印象だ。淋しさは、風が吹いている外を、ひとりで歩いているときの淋しさだ。寂しさは、ひとり部屋のなかで受けとめている。部屋のなかと外のふたとおりに、印象は分かれる。

 この歌のいちばん最後の歌詞は次のとおりだ。

 

The silence of a falling star

Lights up a purple sky

And as I wonder where you are

I’m so lonesome I could cry.

 

 ここでのyouは、昔ふうに言うなら、まだ見ぬきみ、という種類の女性を意味している。まだ見ぬきみなのだから、歌の主人公の身辺だけではなく、どこにも彼女はいない。その彼女に、いったいどこで、どのような状況で、いつ会うことが出来るのだろうかとひとり思うと、その寂しさは泣きたいほどだ、と彼は言う。

 ボブ・ディランが自分で作詩作曲した歌には、lonesomeという言葉が何度か登場している。三枚目のアルバムとなった、The Times They Are A-Changin’に、『ハッティ・キャロルの寂しい死』という歌がある。歌詞を詩としてきちんと印刷するなら、五十行ほどになるだろうか。ボブ・ディランによくある長い歌のひとつだ。最後の一行に、ディランの言うところのtruthがある。そこへいくまでの、ハッティ・キャロルの死の物語が、この歌だ。

 John Wesley HadingというLPそしていまではCDには、”I Am A Lonesome Hobo”という題名の歌があるし、Blood On The Tracksのアルバムには、”You’re Gonna Make Me Lonesome When You Go”という歌がある。きみがいなくなると、そのことによって自分はひとりとなり、それは寂しい、とこの歌の主人公は歌っている。Lonesomeという言葉のもっとも端的な解釈がここにある。

 Peanutsの日めくりカレンダーを僕は使っている。机の左端に置いてある。立てかけるとちょうどいい角度で斜めになる。Peanutsとしてかつて新聞に連載された四コマが、一日にひとつずつ、再録してある。土曜と日曜はおなじ一枚だから四コマも二日でひとつだ。この日めくりで二〇一九年の九月十七日の四コマのいちばん最初のコマに、チャーリー・ブラウンの台詞として、lonesomeという言葉が使ってある。

 ”When I’m really lonesome, I like to go to my Dad’s barber shop.”と、チャーリー・ブラウンは言っている。チャーリー・ブラウンはひとりでいることが多いような気がする。ひとりでいると、あるときふと、寂しくなったりもするのだろう。そんなときには、父親が経営している床屋にいくことにしている、と彼は言う。チャーリー・ブラウンのお父さんは床屋を経営し、店に出て客の髪を切ったり髭を剃ったりしている。

 その床屋にいけば父親に会えるのだから、もはやlonesomeではない。店に入って来た幼い息子を見て、父親はいつも、「よう」と言ってくれるそうだ。店では父親のほかにふたりの男性が働いている。このふたりも、ひとりであらわれたチャーリー・ブラウンに、よくしてくれるという。髭でも剃りに来たのかい、と訊いてくれることだってあるそうだ。幼いチャーリー・ブラウンにはまだ髭は生えていない。チャーリー・ブラウンをにっこりさせるための、ごく軽い冗談だ。

 一九七〇年代の前半に、『ワンダーランド』そして『宝島』という雑誌に、僕は『ロンサム・カウボーイ』という小説を連載した。Lonesomeという言葉を自分は使わないだろう、と思ったのは六歳頃で、それから二十七年あとには、自分で書いた小説の題名に使った。このときがlonesomeという言葉を最初に僕が使ったときであり、使うことは二度とないだろう。しかも僕はロンサム・カウボーイと、片仮名書きで使った。

 Lonesomeとcowboyとの結びつきはきわめて無理のないものであり、ふたつの言葉の結びつきによって出来た言葉としても、じつに良い。語呂はいいし、見えて来る景色や光景のようなものがあるなら、それは美しいとすら言っていい。アメリカの神髄の一端をこの言葉は言いあらわしている。だからだろう、アメリカだけを舞台にした小説の題名として、『ロンサム・カウボーイ』という言葉を僕は使った。Lonesome cowboyという言葉は、じつにさまになっている。

 一九五八年のエルヴィス・プレスリーの映画”Loving You”で”Lonesome Cowboy”という歌を、彼が歌う歌として、観ると同時に聴いたのが、lonesome cowboyという言葉に接した最初の体験となったが、それ以前、ずっと前から、lonesome cowboyという言葉は知っていたような気がする。きまり文句のようなものとして、昔からアメリカにある言葉なのだろうか。

 僕の小説集は『ロンサム・カウボーイ』と片仮名だが、写真家の佐藤秀明さんの写真集は”LONESOME COWBOY”と英語表記の題名だ。二〇一八年の十月に刊行されたこの写真集は、自らロンサム・カウボーイとしてアメリカを写真に撮ってきた佐藤さんの、この半世紀にわたる蓄積の神髄だ。アメリカの神髄は佐藤さんによって写真に撮られ、LONESOME COWBOYというまたとない題名を手に入れた。

 この写真集の三十八ページにロンサム・カウボーイがいる。テキサス州で佐藤さんが撮った白黒の写真だ。男がひとり、とらえてある。ロデオの出番を待っている男の姿だ。体型も服装も顔だちも、そしてぜんたいの雰囲気、彼が身を置いている状況、背景の道具立てなど、すべてが完璧なロンサム・カウボーイだ。右手にはコークの缶を持ち、左手はジーンズのポケットに四本の指を入れ、親指だけ外に出している。これだけでもはや完璧なのだが、その完璧さの仕上げをしているのが、この男の右足だ。うしろにある自動車に軽くよりかかった彼の右足は、履いているブーツのその踵を、うしろにある自動車のタイヤにかけている。この右足のありかたこそロンサム・カウボーイであり、ここに向けて彼のすべてが見事に収斂している一瞬を、おなじロンサム・カウボーイは写真機のなかのフィルムに写し撮った。

『Coyote』2019年冬号

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2020年7月2日 07:00
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