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寒くなるとセーターを着て羊になる人

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 子供の頃も、そしていまも、ぼくはセーターがあまり好きではない。服を何枚も重ねて着るのが、そもそも嫌いだ。窮屈でかなわない。体は自由に動かず、心までひとつの位置や方向に固定されたような気持ちとなり、ほんとにいやだ。セーターは、服を何枚も着ることの象徴のような印象が子供の頃から強くある。いまでもそれは続いている。一年に一度くらい、セーターを着てみる日があったりすると、まるで病気になったような気持ちで、その日は一日じゅう、すべてのことが不調だ。セーターを脱ぐと、けろっとなおる。

 自分で着るのがいやなだけではなく、人が着ているのを見るのも、好きではなかった。秋がすこし深まると早々とセーターを着こみ、冬のあいだずっと、いつ見てもセーターを着ている男の友人は、セーターを着ているというだけの理由で、嫌いだった。いつもセーターを着ている男は、なぜだか頼りにならない人物のように思えた。

 しかし、セーターは温かい。そしてその温かさは、着る人に安心感をあたえてくれる。羊の体に生えていた毛を刈り取り、毛糸を作り、その毛糸でセーターを編む。つるつるで無防備な人間の肌の上に何枚かのシャツを介して、そのセーターをかぶせる。自然というものに対してきわめて弱い人間は、セーターを着ることによって、一時的に羊になろうとしている。人間のつるつるの肌と、羊のからだに生えている毛との、本来なら結びつくはずもないふたつのものの、とりあわせの違和感が面白い。

 ぼくはセーターが嫌いだが、これなら本当に寒いときには着てもいい、と思っているのが一枚だけある。イギリスの軍隊用だという、ダークグリーンのVネックだ。おなじスタイルで黒を手に入れようと思うのだが、毎年そのチャンスを逃がしてしまう。

(2017年1月14日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年所収)

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1987年 『彼らと愉快に過ごす──僕の好きな道具について』 ファッション
2017年1月14日 05:30
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