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自分だけの火で一杯の紅茶をいれてみる

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 エスビットのポケット・クッカーは、ごく単純な構造の携帯用小型のコンロだ。熱くなっても危険や不都合のない平らなところに開いて置けば、それでコンロの出来あがりだ。上に乗せる器の底の面積に応じて、開く角度は調節出来る。

 このポケット・クッカーを買うと、固形燃料がひと箱、なかにおさめてある。箱から出したその固形燃料は、角砂糖に似ている。コンロの中央に、固形燃料をいくつか、おたがいに重ねあわせるように置くのだが、最初の一個に火をつけてまんなかに置き、その上および周辺に、いくつかを重ねるように置くといい。

 固形燃料は、淡いブルーの炎をあげて燃える。燃えているのか燃えていないのか、よく見ないとわからないときがあるので、注意しないといけない。数個の固形燃料で、たとえばシエラ・カップ一杯の水が、数分で熱湯になる。火力は、思いのほか強い。しかし、風がすこしでもあると、炎はその風を受けて流れるから、風をさえぎる工夫が必要だ。

 バック・パッキングのティー・タイムに、このエスビットのポケット・クッカーは、いい働きをする。単純な愛すべき貴重な道具だ。自動車で海沿いを走っていて、ふと紅茶ないしはコーヒーが飲みたくなったときなどにも、このコンロは活躍してくれる。自分の気にいった場所で、自分だけの火で一杯の紅茶をいれたりするのは、ひとにとって基本的な快感のひとつだ。

 遠い昔、人類のはじまりの頃、人がはじめて自分のものとした火というものの現代における文明的なレプリカとして、このコンロをとらえると面白い。そして、一杯の紅茶を、たとえば火を使った料理ということぜんたいの象徴として考えると、エスビットによる一杯の紅茶は、人間と火の関係の歴史の、確認行為になる。エスビットのコンロの上で一杯の湯がわくのを待っていると、ふとこんなことを思う。

(2017年1月15日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年所収)

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1987年 『彼らと愉快に過ごす──僕の好きな道具について』 紅茶 道具
2017年1月15日 05:30
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