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彼の後輪が滑った──6(夏)

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 真夏の夜おそく、国道をぼくはオートバイで走った。月も星もない、暗い夜だった。街道の両側は畑であり、民家はなかった。ところどころ、思い出したように、街灯と照明灯の中間のような明かりが立っていた。

 一台の長距離輸送トラックとすれちがった。ヘッド・ライトその他のライトで、大型のトラックだということは、遠くからでもわかった。走ってくるトラックは夜に溶けこみ、シルエットとして輪郭がどうやら見える程度だ。ヘッド・ライトだけが、ぎらぎらと強く明るい。街道を、そのトラックは接近してくる。ぼくも、そのトラックにむけて接近していく。

 おたがいのあいだにある距離が五十メートルほどになったとき、トラックの運転席が、いきなり、ぱあっと明るく照らし出された。ドライヴァーの姿が、その明かりのなかにくっきりと浮かびあがった。

 彼は、煙草を喫うためにマッチをつけたのだ。マッチの火は、暗いなかでは思っているよりもはるかに明るい。運転席のぜんたいを、そしてドライヴァー自身を、そのマッチの火は照らし出した。それを、ぼくが見た。

 煙草をくわえたドライヴァーは、マッチの火にむけてかがみこんでいた。上目使いに、彼は前方にある夜の街道を見ていた。ぼくのオートバイのヘッド・ライトも、そのときの彼は見ただろう。彼は、上半身が裸であり、首に手ぬぐいを巻いていた。

 彼は煙草に火をつけ、すぐにマッチの火は消えた。トラックの運転席は、まっ暗に戻った。そして、ぼくはそのトラックとすれちがった。

『個人的な雑誌1』角川文庫 1987年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年

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2016年8月22日 05:30
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