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彼の後輪が滑った──4(夏)

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 彼女は、オートバイでひとり、旅に出る。一日に走る距離は、それまでの経験から判断してきめる。そのときの天候によっても、季節によっても、あるいは、自分の気持ちによっても、一日に走る距離は、微妙にちがってくる。

 充分に走り、夜になってホテルの部屋でひとりになると、静かに高揚した満足感がある。なにものにもかえがたい、充実した時間だ。しかし、走る距離の見当をまちがえ、すこし走り足らないままに夜となり、ホテルの部屋に入ってしまうと、いつまでも体の興奮がおさまらなくて困るのだと、いつだったか彼女は言っていた。

 「体も心も、興奮がきれいにおさまっていなくて、フロアにうまく足の裏がつかないみたいな、妙な気分なの。部屋のなかを、ひとりで歩きまわったりしてるわ。腕立て伏せをしてみたり、丁寧に顔を洗ってみたり。たいへんなの」

 道路が許容してくれる走りかたも、距離に対して影響をあたえるようだと彼女は言っていた。すんなりとした、気持ちの負担のすくない走りかたの連続してしまう道路を走るときには、そうではない道路に比べると、さらに長い距離を走っておかないと、夜ホテルの部屋でひとり興奮をもてあますことになる。

 興奮を鎮めるためにこれまでいろんなことを試みてみたが、自分にとってもっとも効果があるのは腕立て伏せだと、彼女は言った。足をベッドに乗せ、手はフロアについて高低の差をつけ、腕に体重をより大きくかける工夫をほどこした腕立て伏せだ。

 彼女は、歌う樹のことも、ぼくに教えてくれた。大きな樹をみつけると、彼女はオートバイを停めてその樹の下まで歩き、樹の下にじっと立ったりすわったりして、しばらく時間を過ごす。

 樹のなかを吹き抜けていく風が、葉音を立てる。その葉音に、マイナーとメイジャーと、ふたとおりのキーがあるのだと彼女は言う。はっきりとどちらかである場合もよくあるが、それとおなじように多いのは、ついさきほどの風のときには葉音はマイナーであったのに、いま吹いている風はメイジャーな葉音を立てているという、交互に次々と変化していく場合だ。

 「風そのものに、マイナー・キーの風と、メイジャー・キーの風とがあるのではないかしら」

 と、彼女は言っていた。

 ある年の夏のはじめ、ぼくはオートバイといっしょに、琵琶湖の周辺にいた。ことのほか湿度の高い、暑い日の夕方、ぼくは噴水のなかで水浴をすることを思い立った。琵琶湖のほとりから歩いて五分ほどのところにある、とある駅の駅まえ広場に、恰好の噴水があったからだ。

 広場にはタクシーが数台、客待ちをしているだけで、ほとんどいつも人の姿はない。なににも使うことのできそうにない広場が、化粧タイルや煉瓦を多用して造ってあり、その一角に噴水があった。誰もいないなかで、その噴水の水だけが、夏のむし暑い夕方の空気をかきわけるようにして空中へのびあがり、水面にむけて落下していた。

 下着としてのトランクスであると同時に、たとえば海に入るための水着でもあるという万能のトランクス一枚になったぼくは、その噴水に入った。

 噴水の底は、すこしだけぬらぬらしていた。落下してくる水の下に立ち、頭からその水を受けとめると、冷たくて気持ちよかった。水は、適当な強さで、ぼくの頭のてっぺんや肩を叩いてくれた。水のなかにすわり、落下してくる水を体に受けとめた。いい気分だった。

 体から汗が完全に流れ落ち、ほどよく冷え、しかも落ちてくる水の重さと勢いとによってマッサージ効果もあがってしまうその噴水のなかで、ぼくは上機嫌だった。

 ああ、いい気分だ、と思いつつ夕方の空を仰いだら、その瞬間、水はなくなってしまった。一滴も落ちてこないのだ。ぴたりと、すべての水が止まった。ぼくの腹のあたりまでを浸している水は、その水面が鏡のように平らに静かになってしまい、そのなかにすわっているぼくはひどく場ちがいな乱入者のように感じられた。

 たったいままで、あたりいちめんに勢いよく落下していた水が、ある瞬間を境にしてぴたっと止まってかき消えるのは、不思議な感覚だった。

 水のなかにひとりですわっているのが、ひどく馬鹿げたことのように思えてきた。ぼくは噴水の外に出た。水の止まった噴水のかたわらに、頭からびしょ濡れになり、トランクス一枚で立っているのもまた、馬鹿げたことのように思えた。

 ぼくは、腕時計を見た。夕方の七時だった。なるほど、そうか、とぼくはそのとき思った。この駅前広場の噴水は、夕方の七時になると、水が止まるのだ。

 この話を彼女にしたら、彼女は次のようなことを、おかえしに語ってくれた。

「強い西陽をうしろから受けて、私は高速道路を走っていたの。ある地方都市の、高速道路だったわ。右手に海が見渡せて、大きく左へカーヴしている高速道路は、そのカーヴを抜けると、下り坂になるの。その坂のむこうに川があって、高速道路はその川を越えるのね。川の両側に、町が広がっているの。高速道路のその位置からだと、町のぜんたいが、ひと目で見渡せてしまうのよ」

 彼女は、カーヴを抜けていった。直線になって下り坂がはじまるところに、トラックが一台、横転していた。こちらに腹をむけてまさに横転しているそのトラックの荷台から、いくつもの段ボール箱が、路面に投げ出されていた。落ちた衝撃で開いてしまった箱も、たくさんあった。箱は、蜜柑の箱だった。オレンジ色のきれいな蜜柑が、横転したトラックのむこうに、高速道路の横幅いっぱいに、広がっていた。オートバイを停めた彼女に、西陽のなかのその蜜柑の、ひとつひとつのきらめきが見えた。

 「そのトラックのドライヴァーが、道路のわきにぺたんとすわっていて、なんだか腰が抜けたみたいになってるの。私が駆けよって、だいじょうぶですか、と言うと、彼は私を見て、俺は平気だよ、俺はこのとおり平気、どこも怪我してないと言うのね。そして、トラックのむこうに広がっている蜜柑のほうを手で示して、お嬢ちゃん、蜜柑を食ってくれよ、蜜柑を食ってくれよ、ぶちまけちまった、みんな食ってくれ、と言うの。そのときは、そこにいたのは私とそのドライヴァーだけで、西陽が明るくて、蜜柑がきれいで、トラックは見事に横倒して内臓が見えているみたいで、不思議な光景だったわ」

 乗用車、トラック、オートバイと、彼女のうしろに何台かやがて停まり、その誰もが、蜜柑を食ってくれよと、横転しているトラックのドライヴァーから勧められたのだった。

『個人的な雑誌1』角川文庫 1987年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年


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2016年7月26日 05:30
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