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喫茶店を体が覚える

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 LPが二十枚、ヴィニールの袋に入っている。かかえて持つとかなり重い。僕は中古レコード店を出て来たところだ。何軒かを巡回する予定だったのだが、一軒の店で二十枚も見つかってしまった。だから今日はこの一軒でおしまいだ。ひと休みしなくてはいけない。店でLPを点検すると手が汚れる。店のカウンターにある濡れたティシューで拭っても、きれいになった感じがしない。喫茶店のトイレットで、石鹼を使って洗うにかぎる。さあ、喫茶店だ、今日はあの路地へ向かおう。

 脇道を入ってすぐに、路地へ入る。ごく短いその路地のなかほどに喫茶店がある。僕が見ればこれは喫茶店だとひと目で認識できるのだが、たとえばいま二十一、二歳の人が、ドアのたたずまいを初めて目にして、その奥にあるはずの店内の様子をかすかにしろ感じ取るとき、この店は路地のなかほどにひっそりとある、隠れ家のようなレストランだ、とその人は思ったりするのではないか。ついでに、きっとポトフがおいしそう、などと思うかもしれない。

 古い木製のドアには、真実のすべてではないにしろ、なにがしかの真実が宿っている、と僕は感じる。長い年月にわたって、おそらく何万回となく開閉され、何万人とも知れない数の客が出入りしたドアには、真実が宿り始める。その小さなドアを入ると、ほどよく波打つ板張りのフロアを、自分の足は踏むことになる。ドアの小ささ、そこに宿る真実、そして波打つ板のフロア。この三者の取り合わせと調和は、中古レコード店のあとのひと休みにふさわしい。

 昭和三十年代のなかばあたりに出来た店だろうか。本体となっている木造の建物は、神保町でかつてはよく見かけた、市街地のなかのごく普通のしもたやのようだ。初めはしもたやだった建物に、あるとき、店が入り込むようにして、この喫茶店が出来たのではないか。

 描写のカタオカをもってしても、この店の内部を過不足なく描写するのは、かなりのところまで面倒だ。こういうとき、どうすればいいか。ひとりの客としてこの店に入った人になり、その人の体の動きを軸にして、描写を組み立てればいい。

 店のスペースは、僕の感じかたでは、大きく分けて三つになる。ドアを入ってすぐ左、窓辺の位置に、テーブル席がひとつある。ここにすわってひとときを過ごすのは、なかなかいいだろうと思う。店に入ってすぐ左側にのびる丈の高いカウンターと、通路をへだててならんでいるいくつかのテーブル。ここが第二のスペースだ。

 カウンターの前をとおり抜けて奥に入ると、そこはぜんたいでひとつのスペースだととらえていい。僕がすわる席は、カウンターの前にあるテーブル席の、どれかであることが多い。カウンターの外にはストゥールがならんでいる。このストゥールはフロアに埋めこまれている。傾いているのもある。尻を乗せる円形の部分が、とれたままのストゥールもある。

 テーブル席の椅子はいまでは珍しいベンチ・シートだ。見るからに昭和三十年代のかたちをしている。赤いヴィニール・レザー張りだ。ヴィニール・レザーとは、ヴィニールによってごく簡略に模した皮革、という意味だ。かつては鮮やかな赤だったはずだ。いまでは、墨版をひときわ濃く印刷した赤、というような色になっている。席のすわり心地は、そんなに悪くはない。

 おばさんが水を持ってくる。「コーヒー」と言ってごらん。「ふたとおりありますけど」という答えが返ってくる。ふたとおりとは、ブレンドとウインナーだ。ウインナーはソーセージではなく、ウインナー・コーヒーのことだ。ウインナーもブレンドも、ひとつのポットに作ったまったくおなじコーヒーだ。ブレンドの場合にはそれがカップに注がれ、ミルクと砂糖とともにテーブルに届く。ウインナーのときには、カウンターのなかでおばさんが砂糖を充分に入れる。そしてコーヒーの上にホイップド・クリームを置く。あまり甘くないのを望む客は、「砂糖は普通に」と言っている。ヴィエナからじつに幾万キロ、東方はジパングのトキオの片隅、路地のなかほどの喫茶店に、ウインナーのひとときがある。

 いつものように僕は店内を見渡す。僕という人が、現在のいまこの位置から観察する店内は、フィクションだ。なにかのために、たとえば映画や写真の撮影用にしつらえられた、精密にそしてリアルに製作された、セットだ。店が作られたのがかなり以前のこと、そして作られたままに時間が経過して、現在にいたっている。喫茶店として現役ではあるけれど、作られた当時は濃密な意味をひとつひとつ持っていたディテールの数々、そしてそれらをまとめあげている店内の空間は、経過した時間のなかで、かつては持っていた意味をほとんど失ってしまった。あとに残るのはフィクションとしての店内、つまり撮影セットだ。

 ここで写真を撮ると楽しいだろう。この喫茶店に入るたびに僕はそう思う。ヌードがいい。ことさらなヌードでもいいが、さりげないヌードのほうが、店内の造りや雰囲気を生かすことが出来る。姿のひときわ美しい清楚な雰囲気の美人が、なぜかヌードで席にいて本を読んでいる、あるいはぼうっとしている、というようなヌードだ。

 二十三、二十四、二十五、二十六といった年齢の頃、僕はこの喫茶店の常連だった。フリーランスの雑文書きだった僕は、神保町のさまざまな喫茶店で、いろんな原稿を書いて暮らした。当時はいたるところに喫茶店があり、原稿用紙を持ってめぐり歩く店にはこと欠かなかった。コーヒーを待つあいだ、見るともなく僕は店内を見る。あのテーブル、このテーブル。かつての僕はどのテーブルでも原稿を書いた。一度や二度ではない。雨の日も風の日も。だからといって、この店に特別の愛着があるわけではない。店が健在ならそれでいい。そしてある日の客のひとりはその僕なのだ。

 カウンターの前にいくつかある席のひとつは、有利な席だと言っていい。なぜなら、カウンターにすわる客と、カウンターのなかでコーヒーを作ったりウインナーを整えたりする女性との会話が、ふと聞こえてくるときがあるからだ。聞こえてくるから、聞くともなしに聞いてしまう。

 ウイーク・デーの午後、曖昧な時間、木製の小さなドアが開き、年配の男性がひとり入ってくる。地元でなんらかの商売をしているらしい常連の客だ。カウンターの端のストゥールにすわり、彼はアイス・コーヒーを注文する。昨日は飲んだ、あれから三軒まわった、あいつはよく飲むよ、つきあってたらこっちが参っちゃう、だから今日はいっさい酒なし、というような話を、熟した年齢の彼らふたりは、なごやかに交わし合う。女性はアイス・コーヒーを作る。男性はストローでそれを飲む。ややあって女性は男性の前へ来る。そして彼に言う。 

「この時間になると鐘の音が聞こえるのよ。ニコライ堂の鐘かしら」
「区役所が拡声器で鳴らしてるんだよ。あっちこっちの電信柱に拡声器があってさ、そっから鳴らしてるんだ」
「ニコライ堂かと思った」
「いまは聞こえっこないよ。昔はよく聞こえたけどね。昔ったって、戦前の話だ。いまはこんなにうるさいんだもの、聞こえるわけない」
「そりゃそうよね。なんだ、拡声器か。でも、いまでも鳴らしてるのよね、ニコライ堂の鐘は」
「鳴らしてるよ。なにかの行事のときにね。近くにいれば聞こえるよ。昔は夕方ね、あの鐘の音を聞きながら、坂を登ったり下りたり、学校や仕事から帰っていったものなんだよ。昔はこのあたりでも、よく聞こえたよ。ガララーン、ガラーンていう、ハイカラな音でね」

 神保町はハイカラな町なのかどうか、という命題がもしあるなら、このふたりの男女の会話は、その命題に対する確かな回答になっている。なんらかの渡来物がそこにあるなら、そこはそれだけで充分にハイカラなのだ。渡来物とは、より正確には、南蛮渡来物だ。

 ハイカラという言葉それじたい、ハイ・カラーという洋装の部分品なのだから、渡来物そのものだ。ニコライ堂も渡来物だ。その鐘はもっとも密度の高い象徴としての、ヨーロッパだ。鳴らせば同時に響き渡る七つあるいは八つの鐘の音は、日本のお寺の鐘の音とはまったく異なるという意味において、カウンターの年配客の言ったとおり、ハイカラであると表現していい。

 二十数年のごぶさたののち、ひと月に二度くらいはこの喫茶店に立ち寄るようになって、七度目あるいは八度目あたりで、ごく淡くにではあるが、店のなかのどこかに違和感があるのを僕は感じた。なにかが変なのだ。どこかがおかしい。かつてはこうではなかったはずだ、と僕は思い始めた。その違和感を、まず最初に、僕の体が感じた。そして体から頭が、違和感を引き取った。

 引き取った頭のなかに、体の言葉がはっきりと聞こえる日が、やがて来た。この店はもっと広かったはずだ、と僕の体の言葉は言っていた。ドアを開いて店に入ったとき、僕の全身は店内の空間の容積を受けとめる。かつて何年にもわたって、来る日も来る日も、僕はこの店に入った。店の空間容積の記憶が、僕の体の深いところに残っていた。その記憶が呼び覚まされた。

 僕の体の記憶によれば、店内容積はもっと大きかった。つまり、かつて店はもっと広かった、ということだ。かつての容積を体が記憶している。いまの容積は、その記憶と整合しない。そのことが、こんなはずではないという違和感となって、僕の意識の表面に浮き上がって来た。

 問題は容積だけにとどまらない。僕の体が感じた違和感は、もう少し複雑だ。かつて店がもっと広かったときには、店のなかに席が倍近くあり、したがって客も多く、その結果として、店のなかはもっとざわめいていた。いまは客が少なく、数人連れで来て熱心に話をする客はもっと少ないという事情を差し引いても、店の内部に人の気配が少ない。そしてそれは、店の容積の変化が直接の原因となって引き起こされた状態だ。

 路地に面したドアを入り、カウンターの前を歩いて店の奥へいく。そこでいまはいきどまりだが、かつてはここでスペースは右へ直角に曲がり、さらにその奥に向けて広がっていた。いまの店はI字型だが、かつてはL字型だった。記憶は蘇生し、過去は正しい姿で立ちあらわれた。脇道から路地に入る。その路地に面してドアがある。このドアを入り、L字型の店内を抜けると、路地に入る前の脇道に面して、もうひとつのドアがあった。店に出入りするドアは、かつてはふたつあった。

 現場で僕は確認してみた。かつてL字型のスペースだった店内はIの字型に仕切られ、確かに狭くなっていた。そしてあとに残ったはずの、もうひとつのIの字型のスペースは、スペースとしては健在だった。しかしそこは独立したまったく別な喫茶店になっていた。かつては一軒だった喫茶店は、いまは仕切られて二軒となっている。

 半分になった店の片方へ何度かかよった僕は、体の底に眠っていた記憶が呼び起こされた。経過して去った時間をさかのぼったその記憶は、以前の店の広さを僕に教えてくれた。体が覚えている、ということの実例を、このようにして僕はこの喫茶店で体験した。

(『音楽を聴く2──映画。グレン・ミラー。そして神保町の頃』第3部「この都電はジン・ボ・チョへ行きますか」2001年所収)


2001年 『音楽を聴く2ー映画。グレン・ミラー。そして神保町の頃』 コーヒー レコード 喫茶店 昭和 神保町 間取り 音楽
2016年2月20日 05:30
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