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ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ 2

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ー 2 ー

「故郷のポート・アーサーで、私はグレード・スクールの九年生ごろまでは、けっこう幸せだったのよ。幼いあいだは、どんな子供も、おんなじようなもんでしょ。自分の意見や考え方を持ちはじめる以前の年齢だから、大人にとっては扱いやすいし、適当にかわいいだろうし、大人に守られて両親の言うとおりにしてればいいんだから、幸せというか、とにかく問題はなにもなかったの。ぷくっと丸くて、髪は白っぽいブロンド、それに、そばかすが散ってて。ポート・アーサーに生きているほかの人たちとおなじように考え、おなじように行動しているかぎり、なんにも問題は起きないわけ。私の幼児期はとても牧歌的だったけれど、白っぽいブロンドの髪が、ブラウンに変わりはじめたころから問題がいろいろ起こりはじめたのよ。自分以外のすべてが、私の敵になってしまったみたいだった」

「当時は、大勢に完璧に順応するという巨大な束縛の中に人々は生きてましたからね」

「テキサスのポート・アーサーみたいなところは、特にそうだった。いまでも、そうよ」

「順応は束縛だということを、人々は感じていなかったのですか」

「感じてなかったみたいね。完全に束縛の内側にいるんだから。外へ出てみてはじめて、順応は束縛だとわかるんだもの」

「自分自身の意見やものの考え方を持つことから、大勢への順応は自分で自分を殺すことだと、意識されはじめるのですね」

「そう」

「自分自身の考え方をしはじめたころの記憶はありますか」

「母が、よく言ってた。ものごとを自分でよく考えて、自分で判断し、自分の考え方をはっきり言葉にできるようにって、そんな教育を私にしてくれてたから」

「自分自身の意見が、大勢に順応している人たちと最初に衝突したのは、いつごろですか」

「やっぱり、髪の色がブラウンになったころね。黒人の差別問題が話題になったとき、黒人と白人がいっしょになって平等に生きることについてどう思うかときかれたので、それはとてもいいことだとこたえたら、ニガー・ラヴァーと呼ばれてずっとあとまでしつこく責められた。テキサスのポート・アーサーみたいなところでは、黒人を白人と対等に認めるなんて、いまでもぜったいにしてない」

「大勢に順応しない考え方をしていると、自分をとりまいているたいていのものが、自分と敵対するようになりますね」

「そう」

「誰も自分を受け入れてくれなくなるでしょう」

「そうね。だから、自分自身の考えを表明したとたんに敵にまわってしまう人たちをいかに相手にしていくか、その戦術を手さぐりで身につけながら、どこかに自分を自分のままで受け入れてくれる世界があるのではないかと、さがしまわらなくてはいけないの」

「二重にも三重にも重荷を背負うのですね」

「ちょうどそのころから、私は肥りはじめたのよ」

 と、ジャニスは、片手で自分の腹を押さえてみせた。

 胸のふくらみに持ちあげられ、Tシャツは腹から浮きあがっている。Tシャツを押さえつけると、脂肪がかなり分厚く胴にまわっているのがわかった。

「肥満も重荷だわ。ものの考え方がみんなとおなじではなくて嫌われるうえに、さらに、不細工な女として嫌われるわけ。お化粧もしなかったし、男のこたちがよろこぶような服はおろか、まともな普通の服装をしたことなんて一度もなかったから。幼いころは、ぷくっと丸かったのが、ずどーんと重く大きくふくれあがって、しかも顔の肌がこうでしょ。お医者にサンドペーパーをかけて削ってもらったりしたんだけど、とうてい駄目。自分の内側にむかって引きこもってしまうし、自意識過剰になったりするわ」

 私は、12番の玉を入れそこなった。ジャニスに交代した。

 センター・スポットの手前に、キュー・ボールがある。12番の玉は、そのさらにむこうの、左のポケットの前だ。玉突き台に下腹をのせるようにしてのびあがったジャニスは、キューを構えて狙いをつけ、突き出した。

 ジャニスの丈夫そうな太腿の裏側、大きな尻、そして背中を、私はうしろから見ていた。彼女の体は、たしかに、ひきしまっているとは言えなかった。

 左肩の下から白いキュー・ボールが緑色のフェルトの上を転がっていき、12番の玉に当たった。12番は、正確にポケットに落ちた。玉突き台にのびあがっている彼女の体をうしろから見ながら、ポート・アーサーのトマス・ジェファスン・ハイスクールの二年生、三年生だったころのジャニスの様子を、私は想像してみた。

「私は、かわいくもなければ、チャーミングでもなかったの。まわりの人たち誰もが、自分を自分のままとしては受け入れてくれないのだとわかって、私の自信は大いにぐらついたわ。このぐらつきを支えるには、人間としてたいへんな魅力と、ものすごく安定した精神が必要だったのだけど、私にはそのどちらもなかった」

「そんなに人から嫌われたのですか」

「迫害されてるに等しかったのよ。人が持ってる憎しみの感情みたいなものを、私は誰からもひっぱり出してしまったのね。人が心の中に持っている憎しみの感情を、自分にむけてひっぱり出すわけ」

「人がとても嫌うようなことを、わざわざ言ったりおこなったりしたのでしょう」

「そうね。順応することをいっさい拒否してたから。服装だって、ポート・アーサーの基準からいくと、人間のうちには入れてもらえないような服装だった」

 玉突き台を縦にはさんで、私とジャニスは向きあっていた。次の玉をどこからどう狙って打てばいいか考えながら喋る彼女は、自分には理由のわからない拒絶の壁に立ちむかわされた少女のような印象を、私にあたえた。

 ジャニスの背後の壁の中央に、四角くぽっかりと、出入口があいている。むこうの部屋は、酒場なのだ。カウボーイ・ハットをかぶった男がひとり、そこに立った。

「ジュークボックスをかけたら、じゃまになるかな」

 と、その男は言った。

 ジャニスが、ゆっくり、ふりむいた。

「かまわないわよ。好きなだけかけるといいわ」

 薄く微笑して、男は歩み去った。やがて、酒場のジュークボックスが鳴りはじめた。スティール・ギターにウッド・ベース。リズム・ギターが二本にドラムス。典型的な編成のカントリー・バンドが、軽快にバウンスする曲を演奏している。中年の女性歌手が、うたいはじめた。ブースターをきかせた低音が、酒場からフロアを這ってきた。泣かせどころでほどよくかすれる張りのある声で、失恋の歌をストレートにうたった。

「ハイスクールのときに、おたがいになんとかつきあえたのは、ポート・アーサー流の生き方やものの考え方から、すこしはずれた男のこたちだけだった。数は多くないわ。せいぜい、五人か六人。ジャズを聴いたり、学校で先生が必読書としてあげてくれる以外の本を読んだり、大勢順応に対して反抗的な姿勢をとっていた男のこたち」

「五〇年代の若い反抗者たちの、ポート・アーサーにおけるはしりですね」

 ジャニスは、笑った。

「なんにもすることのない退屈な夏の夜には、ウオーター・タワー(給水塔)や吊り橋のてっぺんにのぼってビールを飲み、歌をうたったりしたわ。ポート・アーサーの町は、まっ平らだから、反抗の象徴として、平らなところから突き出てる高いとこへのぼったのかな」

 そんな男のこたちはジャニスを仲間として受け入れてくれていたけれど、いま考えてみると自分は明らかに道化者だったのだ、とジャニスは言った。

「私が、人一倍、野卑に羽目をはずしてさわぐから、私がいればいつも座がわき立って面白かったのね。だから私は仲間に入れてもらえたのよ。私がとんでもないことをやるのを、みんなはいつも期待してたわけ。ほかの人たちからは、私はものすごく嫌われてた」

「学校の成績は、どうだったのですか」

「よく勉強したし、成績はとてもよかった。それに、詩を読んだり、絵を描いたり」

「セックスは?」

「おくてだった。セックスのたいへんな経験者みたいな印象をあたえていたけど、ほんとにすごかったのは、おもてむきおとなしいお嬢さんたち。私が給水塔や吊り橋にのぼって歌をがなってたころ、中産階級のお嬢さんたちは、油田のオイル・デリックのならんでるなかに車をとめて、やりまくってたんだから」

「大勢に順応している人たちを敵にまわしてしまうパワーは、どこから出てきたのでしょう」

「ここ」

 と、ジャニスは、自分の頭を人さし指でつついた。

「ブレイン・パワー。五〇年代のポート・アーサーのようなところでは、ブレイン・パワーは、明らかにハンディ・キャップとして作用したわ。型破りなことをいろいろ考えれば考えるほど、嫌われるんだから」

「まともにつきあえたのは、不良少年とその女たちだけだったと言ってましたね」

「そうなの」

 ジャニスは、右どなりの玉突き台へ歩いた。ウイスキーのポケットびんをとりあげ、天井をあおいで喉の中にウイスキーを流しこんだ。

「ジャニス・ジョプリンとつきあってはいけませんと、どこの親たちも言ってた。ますます下品に型破りになっていき、人々の憎悪を一身に集めた感じになってしまった」

「つらかったでしょう」

「そうね」

 テーブルの上にひとつだけ残った15番の玉を、ジャニスは見つめた。

「いつも、外にむけてはできるだけ野卑に、八方破れみたいな言動をとってたけど、自分のほんとうの内側ではすごい内向の力が作用してて、気持ちが重く重くふさいでいくのね」

 →〔全4回〕

『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 1996年

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2016年1月20日 05:30
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