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僕の国は畑に出来た穴だった 2

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前回(1)

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──ペシミズムを越えようとしていいのか」
に収録されたものです。

 まだごく幼い僕がふと気づいたら、日本つまり自分の国は勝つはずのない戦争をしていた。勝つはずのない戦争をしていた国、それが僕にとっての自分の国だ。ただ単に戦争をしていた国ではなく、勝つはずのまったくない戦争をしていた国だ。僕にとって自分の国とはそういう国であり、僕が自分の国をめぐって持っている国家観はすべてこの認識の上に立っている。どうごまかすことも出来ない、見ないでいたり考えることを避けたりすることも不可能な、否も応もなくとにかく正面から受けとめて引き受けるほかない、僕という人にとっての日本国家観だ。

 国家などというものについてなにひとつ考えずにいる、というありかたは充分に可能だと僕は思う。自分の考えを立てていく土台をどこにも持たないというありかたによっても、現在をどこまでも続けていくことが出来る。しかし僕は幼い頃に自分の国を見てしまい、自分の国に気づいてしまった。無謀な戦争を非科学的におこない、人類史上前例のないかたちと内容の惨敗をした国だ。

 国家には暴力装置が内蔵されている。もっともわかりやすいかたちでは、軍備、軍隊、軍事力といったものだ。日本としてはこうありたい、日本はこれからこういう状態を目ざすのだ、日本国民はすべからくこうあれ、などと強制する力も、国家が発揮する暴力だと言っていい。戦前戦中はそれは武力による外への拡張つまり戦争となり、戦後から現在までは経済活動つまり会社の仕事というかたちになった。そして国民はそのような国家要請に応えた。

 日本が戦争をしていた日清戦争からの長い期間は、武力によって自らを外へ拡張させていくという国家方針によって生まれた。そしてその方針は、財界つまり財閥が軍部に強く働きかけ続けることをとおして、可能となった。真珠湾攻撃から敗戦にいたるまでの期間に、戦争によって直接に、そして戦争が大きな理由となって、命を落とした日本国民の数はいったいどのくらいだろうかと思って調べてみると、信頼していい数字として五百万という数が浮き上がってくる。当時の日本の人口から優秀さの順に五百万という数の人を消してしまうと、戦後の日本は三流の人材でスタートせざるを得なかった、という視点が成立するという意見を僕はどこかで読んだ。国家が内蔵する暴力装置は、ときとしてこのような結果も招く。

 主権の壁で厚く高く囲んだ国家には、軍事力という昔ふうなものがたいへん良く似合う。なぜ軍事力を昔ふうなものと呼ぶのかは、ではいまふうなものとはなになのか、これからの国家はどうあればいいのか、という問題と直接につながってくる。国家というものは、なくなりはしない。なにかと言えばこれからも国家はおもてに出てくるだろう。しかし、これからの至上の命題はなにごとにせよ多国間の関係のなかで解決するということだ。あらゆる問題は地球ぜんたいに広がり、地球ぜんたいの問題となった。

 国家の壁は低くならざるを得ない。人間全員にとっての地球環境という難問は、低くなる国家の壁と密接に連関した、もっともわかりやすい問題だろう。地球環境という全員にとっての難問を前にして、ひとつの国家が主権の壁を高く立てるのは、いまふうの国家暴力だ。俺んとこは石炭を好きなだけ燃やすのだから煤煙なんかいくら出ても知ったことではないと言い放つのは、予算を計上して軍備にはげみ、戦車の数はどうにかそろったなどと言っているよりも、はるかに暴力的だ。国民が平凡に毎日の食事をしていくだけで、全世界に対する暴力となるいま、戦車や軍艦は明らかに昔ふうではないか。たとえば日本の穀物自給率は三十パーセントほどしかなく、輸入してまかなっている量は世界の穀物貿易の十五パーセントに達している。その数字は輸入もままならない国の人たちに対するすさまじい暴力であり、相場を上昇させる暴力であると同時に、日本にとってはいかなる軍備でも解決することの不可能な、呆気に取られて立ちすくむほかない弱さでもある。

 昔ながらのクラシカルな戦争は、充分に環境破壊的だった。核戦争の環境破壊力は圧倒的だし、枯れ葉剤のような兵器の環境に対する破壊的な暴力の強さと質は、核にまさるとも劣らない。冷戦の期間中の核兵器はアメリカとソ連の軍事力を均衡させ、おたがいに対して戦争の抑止力として作用したといまなら言える。もし核戦争があったなら、国家を守る最強の武器として想定された核兵器は、全地球的にその破壊力を発揮したはずだ。国家の壁を可能なかぎり高く分厚くするはずの核兵器は、じつは生産されてただそこに存在するだけで、国家というものを消し去ってもいた。国家を消すだけではなく、人間という存在の根拠すら、核兵器はゼロにしてみせた。

 使用されなかった核兵器の後始末は、核戦争の裏がえしのような、困難さをきわめた膨大な作業だ。そして使用出来る状態のまま拡散していく核兵器は、もはやとうてい抑止力ではなく、その完全に反対の、いつどこにどのような地獄をもたらすか誰にもわからない、どの国にも抑止の不可能な、破壊と混乱を招く最大の力となる。このような意味でも国家は消えていく。産業や経済の活動による環境の破壊の蓄積も、国家を消していく。こうした状況の上に、金融の世界では国家はとっくに消えている、というような状況が重なっていく。

 日本がしていた戦争は敗戦で終わった。戦後の日本はアメリカの傘の下に入った。安全保障に関してだけではなく、経済的にもアメリカの傘の下に入った。だからアメリカの傘は、核兵器のような軍事力だけではなく、その頃のアメリカが持っていた力のすべてを意味した。冷戦という種類の戦争を継続したアメリカの軍事力の基本は海軍力だ。建国の独立戦争以来、アメリカが戦ってきたいくつもの戦争での勝ちかたを見ていくと、海軍力がもっとも大きな力を発揮したことがすぐにわかる。

 ソ連と東側という世界を崩壊させたのは、その内部においては、システムがまともには一度も運営されなかったという事実の蓄積、そして外部における最大の力は、ソ連を囲い込んで外との経路を断ち、巨大な密室にして窒息させたアメリカの海軍力だ。そのような海軍力とは、ソ連を海へ出させないことだ。もっと具体的には、海を貿易のために自由に使わせない、ということだ。外との自由な貿易関係という、ひとつの国にとってのもっとも基本的な土台を、アメリカの海軍力はソ連にとって完全に空洞にしてしまった。外の世界を相手にした自由な貿易によるドル圏への参加、という生命線を断ち続けた。

 荷物を満載した船が行き交うという意味で、海は自由な貿易にとっての具体的な経路だ。と同時に、海は自由な貿易というものの象徴としての役も担っている。海のぜんたいが船の通路だが、もっともわかりやすい海の通路は、パナマ、スエズ、ジブラルタル、マラッカ、といった海峡だ。この海峡は俺のものだからほかの奴らはとおってはいけない、とどこかの国が言ったなら、その海峡に第七艦隊という軍事力を通過させることが出来るのは、アメリカだけだ。自由世界の自由貿易を、アメリカはこういう意味で守ってきた。

 戦争をしていた頃の日本の軍事力の頂点と、戦後のそして現在のアメリカの巨大な制海力の最前線は、一例として横須賀で直結されている。横須賀には第一から第六まで、六つのドライ・ドックがある。第一から第五まではすでに日本に返還され、日本の企業が使っている。しかし第六ドライ・ドックだけは、いまもアメリカ海軍専用だ。信濃という戦艦を建造するため、土地の造成から手をつけてかつての日本が作ったこのドライ・ドックは、艦船を建造するだけではなく修理するためのものでもある。

 この第六ドライ・ドックでアメリカ海軍の艦船修理を引き受けているのは、日本の技術者たちだ。彼らの技術の高さと徹底した心くばりについて具体的な話を聞けば、まともな軍人なら誰もが感涙するほどの、世界でおそらく最高と言っていい次元の技術を彼らは発揮している。ミッドウェーやインディペンデンスという、サラリーマンになぞらえるなら完全に退職勧告年齢の空母が太平洋で睨みを利かせていることが出来たのは、ヨコスカのおかげだ。

 横須賀に三沢、佐世保そして嘉手納を加え、そこへさらに韓国に置いてあるのを重ね、第七艦隊でまとめ上げると、戦闘集団としてきわめて能力の高い軍事プレゼンスとなる。アメリカがいま世界を相手におこなっている貿易のなかで、太平洋を船の通路として使っている貿易はもっとも大きい。そしてそれは今後さらに大きくなるはずだ。日本も貿易や投資を世界に広げている。アジアは巨大な製造現場であり、おなじく巨大な消費をあてこむことの出来る市場だ。自由貿易で国を支えていくアメリカと日本にとって、太平洋に接する地域ぜんたいの安定は重要きわまりない。

 そこにアメリカの軍事プレゼンスがなかったらという仮定は、想像を楽しむきっかけとしてかなり面白い。もしそれがそこになければ、一例として中東からの輸入原油の航海ルート全域を、日本は自前で守らなくてはならない。さまざまにあり得る威嚇に対して我が身を守るぞ、という構えの思考でいくなら、軍備は大増強へ向かうだろう。そのための財源を作るには、いまの日本に当然のことのようにいきわたっている消費生活を、ことごとく犠牲にしなくてはならない。そしてそのような日本は、地域での最大の不安定要素になるはずだ。軍事力を強くすればするほど、周辺各国も強く出てくるのだから。

 自分で自分を守るという、国にとって最大の仕事は、日本にとっていちばんやっかいな、いちばんおかねのかかる、したがってもっともやりたくない仕事だ。このもっとも面倒でもっとも避けたい嫌な大仕事を、安保同盟によって日本はアメリカに一任してきた。最高にやっかいくさくて複雑な、最高に資金を食う、なんと言ってもとにかくいちばんやりたくない仕事を、日本国家はやらなくてすんだ。会社の仕事さえしていればいいことになった。なんという楽なことだろう。

 朝鮮戦争以後、アメリカの軍隊が日本を完全に巻き込むかたちで、日本の近辺で大動員されるような危機は起こらなかった。緊急事態のさなかで安保同盟がどんなふうに有効かあるいは有効ではないか、実地に試してみる機会は持たないままで来た。もしソ連が海へ出てきていたなら、それに対抗するアメリカの軍事力にとって、日本は文字どおり最前線となったはずだ。

 起きなかったことについて考えていくと、アメリカの同盟国であることによって日本が地域のなかで果たした抑止力は、けっして小さなものではなかったことがわかる。国内にいくつもの基地をアメリカ軍に持たせ、自らは自衛隊を持っただけで、それ以上のことはせずアメリカからもすることを要求されなかったが、ソ連を囲い込むにあたって日本が果たした役は大きい。地理的に都合のいいところにあった、というだけではない。地理的にいくら都合が良くても、いっさいなんの力も持っていない国だったら、アメリカも使いようがなかったはずだ。

 アメリカン・プレゼンスが規模を縮小したり撤退したりすると、太平洋の西側に接している地域ぜんたいにとって、それは不安定な状況を作り出す大きな要素になるだろうか。なるに違いない、と考えるのがもっとも現実的だ。だからアメリカはそう考えている。不安定になると自分も困るから、プレゼンスをこれ以下にはしないよ、という意志表示は常に必要だ。

 その意志表示の手段として、在日米軍はたいそう使いやすい。日本に対しては、アメリカが必要としている限度を越えて日本が軍事大国になっていくこと、特に核武装することを抑止する機能を発揮する。韓国や台湾に対しても、在日米軍はおなじ機能を持つ。日本の軍事力やそれにもとづく役割をアメリカの認める枠内にとどめることは、中国に過剰な反応をさせずにすむというかたちでの、中国の抑制機能となる。安保同盟のなかの日本というものは、地域の各国にとってわかりやすくていい。

 ちょうどいい程度にアメリカが西太平洋にプレゼンスを保つこと、あるいはそれを保たさせることは、地域ぜんたいにとっていまのところもっとも現実的で好ましい。冷戦が続いていたあいだは、ソ連の力とアメリカの力との対抗関係によって、地域の安定が保たれていた。そのソ連がなくなったあとの地域では、日本とアメリカの同盟、つまり日本がアメリカに組み込まれるかたちで存在することによって安定が保たれる、と地域の各国は思う。日本にある米軍基地の複雑な性格が見えてくる。

 一九五八年三月、当時の日本の首相は、「在日米軍基地への攻撃は日本への攻撃である」と、衆議院での答弁で述べた。集団的自衛権を前提にした答弁なら、ごく普通の答弁だ。しかし、日米安保は日本にとって集団的自衛権であるのかどうか。日米安保条約が発効したのは一九五二年だ。その二年前、一九五〇年にマッカーサー元帥によって創設された警察予備隊は、五二年には自衛隊の前身である保安隊へと進展した。一九五〇年にはアメリカの統合参謀本部議長が日本へ来て、沖縄を含めて日本の米軍基地を強化することを宣言した。その年の一月一日には、日本の憲法は日本の自衛権を否定していない、とマッカーサー元帥は述べた。平時には自分たちの基地が、そしていったん戦時となれば日本全土とすべての施設が、自分たち優先で使えるのだとアメリカは思い、日本にはそのような国民的なコンセンサスがあるものと受けとめて現在にいたっている。

 安保条約は最初は日本国民に対しては秘密事項だった。米軍基地に関してコンセンサスなどないことをアメリカは知ることとなり、沖縄をめぐって地元を中心に感情が高まるのを見て、これをひとまず収めるには普天間の全面返還しかない、とアメリカは決定した。それと引き換えに日本からなにを引き出すかを、アメリカは検討した。日本に置いた基地に関して、アメリカの考えはまだこのあたりにとどまっている。機能と規模を落とすことなく、普天間の代替を日本国内に、しかも日本政府が建設することが確定した。

 極東有事の想定は当然の前提に変わり、連関してガイドラインの見直し、つまり日本の役割がアメリカの考えに沿ったかたちで、これまでよりもはるかに深く広いものへと進展した。冷戦の期間中はソ連とアメリカの対立に即して、こっちとあっちというふうに、極東という地域をごく単純に特定することが出来た。しかし冷戦が終わると、そのような単純な地域分けは不可能になった。ということは、なにかあるそのたびに、アメリカの認識のしかたや方針にしたがって、極東とはどこなのかが決定されていく、ということにほかならない。地域の特定がそうなるなら、日本が担う役割の範囲や質も、当然のこととしてそのつど、アメリカによって規定されていく。

 アジアという地域ぜんたいの関係が安定を作り出すべき時代のなかでは、軍事という昔ふうな力はずっと後方へ後退すべきだ。アメリカと日本という二国間の安保共同宣言は、そのような時代のなかでは、有効範囲は最初から狭いのではないか。それに安保は軍事だから、共同宣言は軍事共同宣言だ。その軍事共同宣言の内部で、アメリカによるアジアのとらえかたやアジアに対する方針などに日本はしたがうという視点から観察しなおすと、共同宣言はさらに古風なものに見える。

 アメリカから期待されている役割の拡大というものを、長期的な見通しの上に立ったきちんと理のとおった厳しい意見をアメリカに対して述べ、述べるだけではなくその方向へ現実を向かわせるためのいくつもの機会へとねじ伏せていくことが、日本に出来るだろうか。アメリカにとって西太平洋で軍事的にもっとも関心があるのは、台湾海峡だろう。そこへ米軍が出動するとなったら、日本はその出動に自動的に同意し、アメリカが求めるとおりの支援を後方でおこなわなくてはならない。こんなことを考えていると、日本がいま置かれている状態と、日本が地域で真におこなうべきこととの落差が、はっきりと見えてくる。

 台湾海峡がアメリカにとって軍事的に大きな関心であるとは、アメリカが中国を潜在的な威嚇とみなしていることを意味する。日本とアメリカの同盟関係のなかには、アメリカと中国の対立が内蔵されている。だから日本はアメリカとの同盟を介して、中国と対立する。中国を軍事的な威嚇ととらえて有事を想定するのはするほうの勝手だとしても、されるほうの中国から見るなら、アメリカと日本が自分たちを封じ込めようとしている、と見える。日本と中国の対立をアメリカに作られてしまうという手はない。それに台湾の問題には日本は介入してはいけないはずだ。しかしアメリカも中国と単純に対立することは出来ない。中国との関係からアメリカはもはや抜け出せないからだ。

 日本によるガイドラインの見直しとは、日本がアメリカの軍事行動を後方で支援することにほかならない。後方とはいったいなにか、そしてその範囲はどこまでか、というような議論は平時のものだ。緊急事態となったら求められるままに支援するほかなく、そのためには民間のあらゆる領域が全面的に協力するほかない。しかしその協力を根拠づける法律は、いまの日本にはひとつもない。

 威嚇と有事の想定は、日本の軍事的な役割を拡大させる。アメリカが求める軍備に日本は応じていかなくてはならないが、求められるままに拡大していくいっぽうでもない。日本の軍備と役割をどこまでにするかに関する意志決定はアメリカにある。だから軍事だけではなく日本の力ぜんたいに対して、アメリカは必要があればそのつど枠をはめていくことも可能だ。

 日本のありかたがじつに奇妙で複雑だということがわかってくるが、さらにもうひとひねりそこに加わる。アメリカに組み込まれたかたちの日本にとって、アメリカが中国を威嚇に想定してくれると、かつてのソ連が中国に替わっただけで、冷戦はそのまま日本だけには継続されることになる。いちばんやっかいな、したがっていちばんやりたくないことを、しないままでいられる状況が、そのようにして手に入る。石油の確保に迫られる中国は周辺との深刻な摩擦要因である、という説には説得力があることだし。

 日本は北朝鮮や中国との関係を、アメリカの意志に沿ったかたちで作っていかなければならないしかけだ。日本と韓国との関係を安保のなかに読もうとすると、安保が地域を安定させるならそれはそれでいい、という程度のことしか読めない。日本の役割がアメリカの意志によって拡大されていくのは、韓国だけではなく地域のすべての国にとって、それぞれの国との自主的な関係作りよりもアメリカの意志を、日本は優先させることにしているのだと見える。

 威嚇を想定してその上に有事という考えかたを組み上げ、有事にそなえるという根拠で軍備を増強していく。あれも有事だしこれも有事だから、どんどん大きくなる軍備に比例して、威嚇に想定した存在とのまともな関係は希薄になり、対立的な関係だけが強く濃厚になっていく。威嚇としてこちらで勝手に想定した相手の軍事力に対して、こちらも軍事力を積み上げていくという、力に対する力によるバランスの上に自分の国の安全があるという考えかたは、危険であると同時に馬鹿ばかしい。考えの向かう方向が大きく時代錯誤されているからだ。

 安保が再定義されるなら、軍備の縮小に向けての再定義であるべきだ。軍備の縮小とは、軍事以外の出来るだけ多くの領域で、地域のなかのすべての国がおたがいに関係を作っていくことだ。関係がある程度以上に出来ていくと、その関係から自分がはずれることが、自分にとってもっとも危険なことになる。これからのアジア地域のなかで、あるひとつの国にとっての最大の危機は、これをおいてほかにない。

 ふたつの陣営に分かれて対立するというありかたはすでに過去のものだ。冷戦がそうだったように、軍事力は陣営をふたつに分ける力の典型だ。有事にそなえることによって自分のところには平時がもたらされるという理屈は、地域ぜんたいにとっての安定をどう作るかという、威嚇の想定などとは比較にならないほどにやっかいな作業をあらかじめ放棄していることにおいて、完全に過去のものだ。冷戦の終わりは、事態がじつは複雑きわまりないものであることを、明らかにしてくれた。これからの前方には複雑さしかない。

 地域の安定をこんなふうに作っていこうという提案、そしてそれに沿って地域の各国と作っていくさまざまな関係の維持のなかにしか、日本の安定はない。威嚇にそなえる軍備というものが過去のものとして後方へ後退していくいま、日本にとっていちばんやっかいな、したがっていちばんやりたくない作業が、じつは地域内でのこのような関係作りなのだ。

 日本の価値はほかのいくつもの国が日本をどう評価するかによって生まれてくる。地域の安定に関する日本の提案に多くの国が賛同してくれるなら、その賛同分だけは確実に日本の価値が上昇する。地域に対して日本はなにを提案出来るのか、なにをしようとしているのか、という視点から見た日本の評価が低いものなら、その低さに相当する分だけ、日本は地域のなかで沈んでいく。そして地域各国がおこなう日本に対する評価は、アメリカやヨーロッパの日本に対する評価に、きわめて敏感に影響をあたえていく。

 地域のこれからというものを、日本はどうとらえているのか。平和がいちばんいいにきまっているが、ではその平和を作り出すために、日本はなにを提案するのか、なにをしたいのか、なにが出来るのか。国家が軍事力ですべて請け負いますという答えは最悪のものだ。そうか、そういうことか、それはいい、と地域各国が正しく読み取ることの出来る、どこの国も賛同するこれからの全体像が、日本に描けるのかどうか。もし描けるとしたら、それを実現させていくにあたっては、たとえば日本国憲法の制約などなにひとつない。

(3)

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


1997年 『日本語の外へ』 アメリカ 原爆 少年時代 岩国 広島 戦争 日本 瀬戸内
2019年7月19日 15:10
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