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ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。──(2)

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彼女「私がオートバイで気ままに旅をしていることを知ったトウモロコシ売りのおじいさんは、私にパンフレットを一枚くれたの。観光案内のような、しかしとても素朴なパンフレットだったわ。ずっと昔、火山の噴火で埋まってしまった村についての、案内パンフレットだったの。私はその村へ、いってみたわ」

彼「その村を、僕は知っているよ。観音堂があるだろう」

彼女「そうなの。火山の噴火による土砂流と熔岩とで、村はほぼ完全にその下へ埋没してしまったのね。その村でいちばん高い場所に観音堂があり、村の人たちは押し寄せてくる土砂の濁流を逃れて、観音堂に集まったのですって。長い階段の、ほぼまんなかあたりまで、埋没したの。いまでも掘りかえすと、当時の村がそのままあるのよ。観音堂の階段の下には、ほんのちょっとの遅れで土砂にのみこまれてしまった人の白骨があるの。私はたいへんに感銘を受けたわ」

彼「僕がそこへいったときは、村の老人たちが観音堂に集まっていて、僕はお茶をごちそうになったよ。高原キャベツを手もみで漬物にしたものを、お茶受けに出してくれた」

彼女「私も、お茶をもらって、おなじ漬物を食べたわ」

彼「あのあたりは、枯葉の季節も素晴らしいよ」

彼女「いってみたいわ」

彼「あの近くで、何年かまえ、僕はすさまじい量の枯葉を体験したことがある。快晴の日の夕方、急に風が強く吹きはじめた。道路には落葉がたくさんあり、道路の両側にならんでいる樹々は、枯葉を無数にたたえていた。強い風によって、落葉と枯葉がいっきに、ひとつの塊になって巨大に舞い上がり、道路を移動しはじめた。僕のうしろから、その枯葉の巨大な塊は、風にまき上げられて突進してきた。ものすごい音がするんだ。大波が押し寄せてくるような音さ。ごおっという音なんだね。びっくりしてふりむいた僕は、建物で言うと三階くらいの高さにまで舞い上がった落葉の塊が、道路をいっぱいにふさいで、僕にむけて突進してくるのを見た。そのまま走ってくほかないから、僕はそのまま走った。枯葉の塊は僕に追いつき、僕は枯葉の大群との衝突の衝撃で、転倒しそうになった。枯葉の渦のなかに僕はまきこまれ、夜のように暗くなった。空中で枯葉どうしが触れ合う音は、僕のオートバイの排気音を完全に消してしまっていた。枯葉の塊のなかに取りこまれたまま、僕はしばらく走った。さらに強く風が吹き、枯葉の塊は僕を追い越し、僕を置き去りにして、直線の道路を轟音とともに進んでいった。無数の枯葉で出来た、高く分厚い壁が空中に立ち上がり、突進していくのさ。すごかったよ」

彼女 「それは素晴らしい体験だわ」

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 1996年


1990年 1996年 『永遠の緑色』 ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。 エッセイ・コレクション オートバイ 片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』
2016年9月30日 05:30
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