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本物

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 一九六〇年代のなかばに、ホノルルのビショップ博物館で見た昔のハワイのサーフボードは、本物との対面、というような感銘をぼくにあたえてくれた。それ以前にもこの博物館へは何度もいき、展示してあるサーフボードも見ているのだが、波乗りに対するぼく自身の興味は一九六〇年代のなかばからはじまったので、それ以前にはおなじものを見てもさしたる感銘はなかった。

 いまでもハワイへいくと、たいてい一度はビショップ博物館にたちより、いろんな展示品を飽かずにながめる。何本もの巨大なサーフボードの前には、おおげさに言うなら畏敬の念を持って、しばしたたずむ。何本もの巨大なサーフボードのぜんたいを、そしてさまざまなディテールを、しみじみと見ていると、これはやはり本物だ、という感銘がじっくりとわいてくる。

 コアの樹から苦労して削り出した、全長二十四フィートという、すさまじいサーフボードがある。昔のハワイの人たちはこのようなサーフボードをオロと呼んでいた。貴族たちだけに許された、特別なサーフボードだ。

 石斧で切りたおした樹を、おなじく石斧であらましのかたちに削っていき、目の粗い珊瑚の岩でやすりをかけるようにしてかたちをととのえていく。オアヒという呼び名の石を使ってさらにみがきあげ、植物の根や皮の汁で色をつける。光沢も出てくる。仕上げには、クワイの実からとった油をすりこむ。平民には使用を禁じたワイキキの波に貴族が乗るための、堂々たるサーフボードが、こうして出来あがる。

 博物館の静かな空間のなかに立っているこのようなサーフボードを見るたびに、いま一度このボードを海に持ち出し、大波に乗ったらどんな気持ちだろうかと思い、夢想する。大昔につくられた、由緒正しい本物をとおしてやはり特別の体験ができるものかどうか。ぼくにとっての、ささやかな謎のひとつだ。

(『すでに遥か彼方』1985年所収、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』1995年所収)


1985年 1995年 『すでに遥か彼方』 サーフィン ハワイ ホノルル 片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』
2016年3月28日 05:30
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