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ミシシッピー河により近く|エルヴィスから始まった

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9 ミシシッピー河により近く

 ブルースを通じてのジャズの蘇生回復は、ブルースの現在の都会的表現の形式である「リズム・アンド・ブルース」によって行われた。その結果が「ロックンロール」の誕生である。どの中流家庭の母親にたずねても、ロックンロールは「低級な音楽」という返事を得るであろう。この低級卑俗性にもかかわらず、いや、その故に、例えばエルヴィス・プレスリーの存在は、ジョウ・スタッフォードなどより、はるかに社会史・文化史的意義をもつと考えられる。

 もとよりロックンロールはリズム・アンド・ブルースを極度に商業化した粗製品ではあるが、それでもなお、中流階級――中流文化に根ざすアメリカ一般社会――が否定するところの多くの価値を含んでいる。かつて通俗スイングを毒した安価なアメリカ中流文化意識は、ロックンロールをも変形しようとしたが、これは難しい相談だった。というのも、そこからロックンロールが湧きあがる母胎である一九四〇年代の都会ブルースは、これを水で薄めるには余りにも強烈な生命力に満ちていたし、またそうであるからこそ、どちらもアメリカ文化一般から孤立し疎外されていたのである。ロックンロールの魅力は、その商業化にもかかわらず、その根源にある都会ブルースまたはリズム・アンド・ブルースから発する悪魔的・地獄的な炎が燃えあがるからだ。ロックンロールの主題は、しばしばその主人公であるアメリカの白人の若者を、未成年犯罪者や非行少年――とまではいかなくても、親や社会に反抗する十代の「不良」――として描くことにあるのだが、このことがそのまま、黒人ブルース音楽の本源にある疎外と被害者意識に通うのである。(だから、ロックンロールは、米国におけるもう一つの被差別少数民族――すなわちプエルト・リコ人――の若者たちに愛好されている。少なくともニューヨーク地区では、現在でも多数のロックンロールがプエルト・リコ系の人々によってうたわれており、〔彼らの国語であった〕スペイン語の歌詞がついたものさえあるのだ。)

 してみれば、ロックンロールとは、アメリカ社会の中流階級の思想や趣味を取り入れるほどには成熟していない年齢層やそれだけの収入のない階級(それから、メラクリーノやコステラネッツのお上品なムード・ミュージックでは「パンチがない」と思うような階層)が支持するところのブルース様式であると定義してよいであろう。(リロイ・ジョーンズ『ブルースの魂』上村澄雄・訳より)

 ミシシッピー河にちかづけばちかづくほど音楽はすぐれている。(あるデルタ・ブルースマン)

 ミシシッピー河は、ただの河ではない。(マーク・トゥエーン)

 ブルースが真実だ。(ライトニン・ホプキンズ)

 リロイ・ジョーンズが言う「疎外」と「被害者意識」とは、結局のところ現在というものに対するトータルなフラストレーションであり、この欲求不満がブルースの基本になるとき、創造的な音楽衝動として、かたちをかえるのだ。東テキサス、デルタ、ジョージアなどの黒人ブルースマンたちは生まれながらにしてこのフラストレーションを持たされていた。ビートルズやローリング・ストーンズは、たまたまおなじようなフラストレーションを得ることができるような状況のなかにいて黒人ブルースをみつけた。

 ブルースは、人間が発しうる音声の、音楽的に抽象化された延長ないしは真似だ。その音声のなかには、つぶやきとか笑いとか絶叫とか、たくさんのものがあるのだが、代表としてひとつだけをとりだすと、泣き声だ。

 ただ単に、なにか悲しい原因があるから泣くというのではなく、生理的あるいは精神的な本能のひとつとして大泣きするという、人間が持ちうるごく自然な姿の「泣き」なのだ。ロックンロールが持つ快適さは、はじめから陽気に単純にしあげられたビー玉のようなうれしさではなく、複雑なものに発展しうる土台を持った、大泣きしたあとの昇華的なさわやかさでなければならない。

 黒人にとって、泣くことは自然な本能だったが、ホワイト・アメリカンにとっては、一種の恥であった。

 ブルースの意味は、ほんとに個人的な体験なのだ。ブルースがかかわりあっているのはじつはこれなのだ。体験したことがなかったり、まるっきり知りもしないものに関して確信を持ってうたうことはできない。ブルース・シンガーたちは、話をしているだけだ。それを聞く人たちのほとんど共通な体験であるなにごとかについての話だ。話のなかみは真実なのだ。だからブルースは真実についての音楽だ。(ジョン・メイオール)

 ボクは、このような音楽をやるために生まれてきたのだ。荷物をまとめて故郷をとびだし、ミシシッピー河をくだっていくためにボクは生まれてきた。ボクは音楽狂いだった。完全な音楽ファナティックだった。すばらしい名前のついた土地へぜひ自分でいってみたかった。テネシー州チャタヌーガ。ルイジアナ州シュレヴポート。一刻も早く、自動車に乗って南へくだっていきたかった。すぐれた音楽は、すべて南にあった――ロバート・ジョンソン、ボ・ディドレー、チャック・ベリー、ジュニア・パーカー――彼らは、自分たちの音楽のなかで、このすばらしい土地について語っているではないか。(ジェイミー・ロバートスン)

 いまはザ・バンドにいるジェイミー・ロバートスンは、一九五九年、一六歳の少年のとき、ギターを持ってトロントをとびだした。おなじような衝動にかりたてられて、リック・ダンコ、ガース・ハドスン、リチャード・マニュエル、ルヴォン・ヘルムの四人も家をとびだし、一九六〇年には五人がいっしょになって音楽をつくるようにまでなっていた。

 当時、ロックには三種類しかなかった。リズム・アンド・ブルース、白人のロック、そして、ロカビリーだ。ボクたちは、ロカビリーをやった。(ジェイミー・ロバートスン)

 人口の八五パーセントまでがオクラホマ・インディアンだというようなところでもボクたちは演奏した。音楽を聞きにくるのではなく、ボクたちに喧嘩を売るためにやってくるような人たちのためにだ。タバコの喫いがらを投げる、コインをぶつける、楽器を盗む、ピストルを射つ。このようなことを卒業してはじめて、ボクたちの音楽は聞いてもらえる。いつのまにか、したたかにタフな音楽になっていった。(ガース・ハドスン)

 一九六五年の夏、アトランティック・シティのちかくで、ボクたちホークスは演奏していた。そこへボブ・ディランのオフィスから電話が入った。ボクたちは、ディランなんて聞いたこともなかった。しかしディランはボクたちのことをどこからか知ったのだろう。ハリウッド・ボウルでいっしょにやってくれないかという。びっくりした。でも、ひきうけた。ボブとは、ジャム・セッションをよくやった。歌をつくる、というようなことではなく、ひとつのダイナミックな体験だった。ボクたちもディランも、おたがいに相手になにかをあたえあった。(ジェイミー・ロバートスン)

 いちばんはじめに影響をうけたのは、チャック・ベリーだ。それから、ビッグ・ブル・ブルーンジー、レッドベリ、スキップ・ジェイムズ、ロバート・ジョンソン。ブルースの歴史を逆にたどっていったわけだ。ビートルズがはじめに影響をうけたのがチャック・ベリーだと聞かされてアメリカの若者がはじめてベリーに目をむけたのは、じつに不思議だ。(エリック・クラプトン)

 最初の楽器はピアノだったのです。ジャック・フィナの『バンブル・ブギ』を覚えました。レコードは78回転で、33まで回転を落して、記憶したのです。音を、ひとつひとつ。ほんとですよ。レコードとおなじくらいにうまく弾けるまでになったのですが、いまではとてもダメです。(ジョン・フォガティ、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)

 ピアノからはじめました。はじめに聞いたのは、ブギウギのピアノです。そのようなレコードがあったからでしょう。あとになってLPをとおして、ジミー・ヤンシーやクリプル・クラレンス・ロフトンたちのことを知りました。ギターについてもおなじです。あのころイギリスで手に入ったのは、ジョシュ・ホワイトだけでした。あとで、ジョン・リー・フッカー、マディ・ウォーターズ、シカゴのブルース、それに、ビッグ・ビル・ブルーンジーたちを聞きました。どんどんひろがっていくのです。ひとりのアーティストをきっかけに、さらに大勢のアーティストへと。(ジョン・メイオール)

 シカゴのサウス・サイドへいきはじめたのは一六歳の頃だったのです。ボクはすでにギターには自信があって、黒人たちをまかしてやろうと考えていたのです。ロックンロールをボクが弾くと、黒人たちは、ボクが早く弾くのでおどろいていました。でも、そのときのボクは、まだブルースは弾けていなかったのです。ソウルをこめて弾いていたわけでもないのです。男らしくブルースがどうやら弾けるようになるには、今日までかかったのです。(マイク・ブルームフィールド)

 はじめに、戦後のブルースのふたつのかたちを結合させようとしたのです。B・B・キングを頂点とするリード・ギター・サウンドをひとつにまとめてそこにホーンでハーモニックなバックをつけ、たとえばマディ・ウォーターズのようなミシシッピー生まれのシカゴ・ブルースマンの原始的なスタイルが持っているモーダルなフィーリングをつけ加えようとしたのです。モーダルなアプローチのほうが、力強くなるのです。強烈な音声の雰囲気がつくれます。ブルースは基本的にはヴォーカルであり、いろんな楽器をつかってもそれはみな音声の延長またはシミュレーションであるということを忘れてはいけないのです。(故アル・ウイルスン、キャンド・ヒート)

 黒人のブルース・アーティストが、ボクのブルースを認めてくれる。ボクには、それさえあればいい。数多くの黒人ブルースマンと共に仕事をしてきた。ボクの欠点を教えてくれたし、助言もしてくれた。彼らはいつもボクをはげましてくれた。ボクは彼らに認められたのだ。それでボクは充分に満足だ。(ジョン・メイオール)

 ロックンロールにおいては、音としての重要性は、音声よりもギターの音のほうが、まさっている。

 声はそれほど重要ではない。ロックンロールは、リード・ギターの音楽なのだ。(ジョー・マクドナルド、カントリー・ジョー・アンド・ザ・フィッシュ)

 なぜ、ギターなのか。

 ギターがもっとも手に入りやすい楽器であった事情は、ブルースとカントリー・ミュージックのところで、それぞれのべた。持ちはこびに便利であるという有利さもあったし、素人にもとりつきやすかった。口をつかわなくてよいので、ピアノとおなじように、弾きうたいが可能だった。

 しかし、ただこれだけの理由から、ブルースやカントリー・アンド・ウエスタンのアーティストが、そろいもそろってギターを手にするはずはないのだ。

 ギターをリード楽器にすえたことから、ベース、ドラム、そしてさらに、リズム・ギター、という基本的な組みあわせができあがった。ギターを考えるときには、この基本的な組みあわせがつくる「サウンド」と「パルス」とを考えに入れなければ、なにごとも解決しない。

 ロック・グループの基本的なインストルメンテーション――電気ギター、ドラム、電気ベース――は、グループのミュージシャンにとっては、技術的な壁ともなる。このような楽器をうまくこなせる若者はすくない。レコードでは腕のたしかなスタジオ・ミュージシャンにかわってもらえる。コンサートやテレビでは、レコードをかけてそれに動作をあわせてフェイクするかあるいはほんとに自分たちで演奏してみじめな結果におわるかだ。(デイトン・バール・ハウイ)

 みじかいネックのギターは、みつけるのがむずかしい。なかなかみつからない。ネックがみじかいと、長いネックにくらべるとたとえばベンドもほんのすこしでおなじトーンがだせる。半音だけではなく、一音完全にベンドできることだってある。ブルースをやるときには、これがとてもいい。ブルースでは、ベンドをいたるところでつかわなくてはいけない。はじめ手に入れたギターが、みじかいネックだった。これを五年つかっていてほかのにとりかえたら、うまくいかない。くらべてみると、ネックの長さがちがうのだ。(ジョン・フォガティ)

 催眠的な効果とただのくりかえしとは、はっきり区別しなければいけない。くりかえしのテクニックに落ちこまないよう、いつも気をつけていなければいけない。標準的な12小節プログレッションをひと晩つづけていると、これはボクのつくった言葉なのだが、メセドリン的なメンタリティになっていってしまう。不変な構造をモーダル・ノートで埋めていくわけだが、ひとつひとつのノートが持っている音声的なものへの関心をすてて、ただ早く演奏してしまう、ということになるのだ。早く弾く人のすべてがこうだというのではないけれど、ほとんどがこの落し穴にはまっている。(故アル・ウイルスン)

 問「五弦や九弦のギターは、どこでみつけたのですか」
 ジョン・メイオール「もとは標準の六弦です。ただ五弦や九弦にしてみただけです」

 埋めてあるフレットをとりはらったり位置をかえたり、あるいは新しく加えたりして工夫をこらしたギターをつかっているミュージシャンは、アメリカでは珍しくない。

 B・B・キングのギターが、まるで人間の声のようだった。人間がうたっているようだった。彼のギターは、最後までのこる唯一の楽器である、人間の声そのものだった。ボクは、ここにひかれたのだ。(マイク・ブルームフィールド)

 ジャズのギター奏者たちは、ギターの音をホーンに似せようとしたり、あるいは、ギターの限界をうまくひき出していないのだ。ギターは、調律されたとおりの音しか出せないという楽器ではない。自由に音がかえられる。
 たとえばピアノでは、キーを叩くだけなのだが、ギターだと、おどろくべきことがたくさんできる。電気ギターでは、なおさらだ。(ポール・バタフィールド)

 人間をとりまいている世界のなかに、完全な沈黙の世界、という部分はありえない事実を考えなければならない。人工的な音、つまり人間が存在することによって直接・間接にひきおこされる音は除外したとしても、この地球はおどろくべき複雑さと豊かさとを持った自然音のシンフォニーにつつみこまれている。地球の自転がつくる音、雲の音、気圧の変化によってできる音、風がこしらえる音、地表の温度差によって生じる音、などさまざまだ。

 これらの自然音が、すべての音の背景になっている。自然音を抜きにしてはいかなる音についても語れない。毎秒二〇サイクル以下、二〇〇〇サイクル以上の音は人間の耳では感じとれないとされている。しかし、肌が音を探知できることはすでに知られていて、五から一〇サイクル(毎秒)のインフラソニック・サウンドウエーブによる「殺人音波」の完成は肌および内臓が持つ「聴覚」の立証のひとつになっている。(カルロス・ヘイゲン)

 レコードに入れられた音がいかに「現場」での音にくらべて劣っているかは、考えただけで気が遠くなる。人間の耳が一秒間に脳へ伝えることのできる情報量は、三六万ビットだという。現場での状況のすべてが、そのときの音に重要な参加を持つのだ。ジョン・ケイジの作品に『サイレンス』というのがあり、所定の時間、なにも音をつくらない音楽作品だ。音の世界の複雑さに人々の関心をむけるための啓発的な作品だったのだ。眼を閉じて聞くこと、というような指定がその作品にあったら、なお面白いだろう。視覚も、聴覚にとっては大切な相棒なのだ。

 音そのもの、特にレコードにきざみこまれた音の再生音について考えることは、したがって、馬鹿げてさえいる。ある特定の状況にある人間にとってどのような音がどのような反応をひきおこしたりあるいはいかなる意味を持ったりするかという、かなり抽象的な次元で音は考えていくべきであり、ブルースのギターの音も、ロックの電気ギターの音も、例外ではない。

 たとえばここに、古典的で標準的なデルタ・ブルース曲がひとつあるとする。ミシシッピーで生まれてそこあるいはその周辺で育った黒人のブルースマンがつくったもので、ギターとヴォーカルによるものであり、彼自身の手になる詞がつけられているとしよう。

 詞の言葉が持つ響きや意味も、そしてギターの弦の上をすべる黒い指の音もふくめて、そのブルース曲が持ちうるすべての音は、そのブルースマンが自分のものとしてかかえこんでいた状況によってつくりあげられたものであり、そのブルースを聞く人たちの反応までが、作曲の一部分として組みこまれていると考えなければいけない。

 こうしてつくられた、ごくせまい範囲内でのブルースのサウンドがレコードになり、文字どおり世界じゅうに散らばる。それぞれにことなった状況の下で聞かれたそのブルース・レコードのサウンドは、また逆にひとつの非常に近接した反応を、その音を聞いたひとたちのあいだに、ひきおこす。音が持ちうるこの抽象化されたコミュニケーション能力は、たいていは気軽に考えられているが、じつはおどろくべきことなのだ。古いターザン映画をみても、このおどろきは確認できる。おたがいに遠くはなれた土人たちがなにかを伝えあうために、太鼓を叩く。その音とジャングルの描写とが重なったとき、ほんの一瞬ではあるのだが、アフリカのジャングルのにおいとか空気の肌ざわりのようなものが伝わり、不思議なスリルをおぼえる。太鼓の音もジャングルも、現物と比較すれば笑い話しにもならないようなものなのだろうが、そのようなものでさえ、ジャングルを伝えうるのだ。

 音によるコミュニケーション、という点から考えると、ロックンロールのレコードとコンサートでは、根本的に意味がちがってくるのではないだろうか。抽象化された音でのコミュニケーションは非常に個人的な問題であり、生の音がぶつけられる野外のコンサートでは、この個人の問題は埋没し、祭典とか儀式のような意味のほうが強くなるのではないのか。増幅装置からつくられる音と、野外という状況との関係は、たとえばウッドストックでも、考えられていない。音でなにかを伝える力は、コンサートよりもレコードのほうが強いのだ。

 メロディ、特に人間の音域内でのメロディは、まず喉頭に影響をあたえる。喉頭はそのメロディを追っていき、耳で聞いているメロディをなかば再生している。メロディが高音にあがると、喉頭は緊張し、低音にさがると、ゆるんでいく。この喉頭は、泣きだす寸前のような激しい感情のときにもおなじように緊張する。メロディのなかに予期しない高音があったりすると、聞いている人の感情は大いにゆさぶられることになる。ひとつのメロディを聞くことは、そのメロディが持つ感情に、いやが応でも、まきこまれ参加することだ。

 高音が喉頭に影響をあたえるとき、低音、特に電気増幅されたピッチカート奏法のベースによる低音は、腹にひびく。ひびくところは文字どおり腹であり、単なる比喩ではない。拒否することのできない個人的な感覚として腹にひびき、音域が低くなればなるほど、ひびく腹の部分も下位となる。

 音階を保った規則的なベース・ラインは、自信、ないしは、ものごとがすべてうまくいっているような気持、あるいはその両方を、聞く人の心のなかにひき出してくる。ベース・ラインは、そのあやつり方次第で、精神的な高揚から狂気までを自由につくり出すことができ、音としての可能性は無限だ。バッハなどは、このことをよく承知して作曲した。

 リズムは、心臓、骨格筋肉、そして運動神経とかかわりあう。

 ほんのわずかな資料だが、これだけのことを知ったうえで作・編曲すれば、聞く人の体を柔軟なギターのようにあやつることも可能だ。聞く人の反応を、曲の一部分としてはじめからとり入れるのだ。(カルロス・ヘイゲン)

 創造力は、コミュニケーションの一変形にすぎない。自分が持っている不安をなくすため、私たちはおたがいに常にコミュニケートしあう。語りあうコミュニケーションでは、言語はすでに固化しすぎている。私たちの内部にある流動するものを伝える手段には、ふさわしくない。したがって、言語ほどに固化していない手段、たとえば音を、さがすことになる。(ケン・グリーンバーグ)

 他人の頭のなかに入りこむことはできない。しかし、音楽は、他人の頭のなかに入りこむことなのだ。(故ジミ・ヘンドリクス)

 歌をとおして語ることの価値や力のようなものを、私はよく承知している。メッセージを伝える、というようなことではなく、音楽そのものをとおしてなにかを語ることだ。(ブライアン・ウィルスン、ザ・ビーチボーイズ)

 エルヴィル・プレスリーの頃にくらべると、音楽をつくる人と聞く人とのあいだには、現在でははるかに大きなコミュニケーションが存在する。(ポール・カントナー、ジェファスン・エアプレーン)

 私たちの音楽は銀行員のための音楽ではない。開いた心を持つ人たちのものだ。聞く人が、自分が持っているすべてのもので音楽に反応してほしい。バックグランド・ミュージックではなくて。バックグランド音楽など、過去のものだ。(エリック・クラプトン)

 聞いている人たちからのフィードバックは重要な演奏メンバーのひとりと言える。(ジョン・コルトレーン)

 歌の演奏は、もうしたくない。インプロヴィゼーションをやりたい。インプロヴァイズするバンドとしないバンドでは、聞いている人とのあいだの反応がまったくちがっている。(ジョー・マクドナルド)

 なにかを嫌いになるということは、自分に対して自分で限界をつくることなのだ。ものの見方が限定されてくる。ジャズを聞いている人でも、ほとんどはジャズがわかっていなくて、わかっているふりをして風俗を追っかけているだけなのだ。(テッド・ブルーチェル、ジ・アソシエーションズ)

 身のまわりでなにがおこりつつあるかに関してもっと敏感にならなくてはいけない。音楽だけではない。(ラリー・ラモス、ジ・アソシエーションズ)

 フィルモア・イーストがつくられたとき、椅子はとりはらわれるはずだった。しかし、椅子があったほうが人をたくさんつめこめるので、ビル・グレアムは椅子をあのままにしておいたのだろう。聞いている人たちは、死んでいる。ただ椅子にすわっているだけなのだ。(フランク・ガドラー、NRBQ)

 歌詞なんか、どうだっていいのだ。誰がどこでうたおうと関係ない。言っていることは、自由になれ、のひと言なのだから。(ジェリー・ガルシア、ジェファスン・エアプレーン)

 どのようなかたちの音楽でも、人に意味を伝えることができる。一般の人たちは、音楽に関しては知識がすくなく、同化するためには非常に単純な音楽でないとだめらしい。ロックは、ジャズやクラシックにくらべると、たしかに単純ではある。(ルー・ソロフ、ブラッド・スエッド・アンド・ティアーズ)

 ロックは、コマーシャルな利益追求から生まれたものだ。常にそうだった。この事実を誰も批難せず、したがってロックが「芸術的」に語られることなどなかったときにこそ、ロックはもっとも純粋なエキサイティングなかたちで栄え得たのだ。(デイヴィン・シーイー)

 一年とか一五年ほど昔はね、45回転レコードでロックンロールを売っていた人たちは、歌詞の一部をわざと不明瞭にしておいたのよ。ラジオで聞いてもわからなくて、しかたなくレコードを買わなければいけないシカケにしておいたわけ。常識なのよ、こういうことは。(バーバラ・デイン)

 この一月、ソーダ・ポップ・アンド・ザ・ワン・ウエイ・ボトム、という名のロック・グループが、ラジオとテレビでデビューした。売りっぱなしで回収せず、公害のもとのひとつとなっている清涼飲料のガラス瓶をつくっている会社がでっちあげたグループだ。売りっぱなしの瓶をたたえるロックをうたっていたが、公害への関心のたかまりには勝てず不評であり、最近ではザ・グラス・ボトルズと名前をかえ、地球を汚すことの悪についてうたっている。(『ニューズウィーク』)

 なにものも生産することなく大金をつかめるチャンスをロックにみたプロモーターたちによって、ロックのためのマーケットはつくられた。(ボビー・コロンバイ、ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ)

 曲をつくることによっておかねが入ったからこそ私は作曲のために時間をさくことができたのだ。商業的な力は、作曲に対して大きな推進力となっている。(チャック・ベリー)

 凡百のグループが巨大な利益をあげる。音楽が凡庸であればあるほど、アメリカでは多くの人たちに渡っていく。ほんとのマーケットはそこにある。売りつける相手は、音楽ぎらいの娯楽好きなアメリカ人なのだ。精神を欠いたエスケピズム的な娯楽にちかい音楽ほど、その音楽はよく売れる。(フランク・ザパ)

 トップ40に登場するロックは、その多くがみじめなものだが、このようなロックのなかにこそ、もっとも音楽的で単純なロックンロールが発見できるのだ。トップ40やコマーシャルなロックンロールを聞く人は、年齢的には一七歳くらいまでだ。彼らは心が開いていて、ロックを批評しながら聞いたりしないだけではなく、音楽に対するオリエンテーションが完全にちがっている。彼らはロックンロールをラジオで聞き、それにあわせて踊る。判断の基準はリズムであり、ファット・マットレスのベース奏者の微妙なイニュエンドに、暗い部屋でひとりヘッドフォーンで聞きいったりはしない。

 チャック・ベリーのロックンロールは、現在ではすでに風俗的に古いが、彼の才能を特徴づけているドライヴやエネルギーは、新しい。ブルースやリズム・アンド・ブルースからくるこの基本的なエネルギーに商業政策が結びついて、すぐれたロックンロールが生まれたのだ。このロックンロールの伝統は、ほんとのアンダグランドであるトップ40によって、支えられている。メンバー構成やアンプリファイアーのサイズなどに気をとられている人たちのために演奏するエリートで芸術的なロックのグループは、ロックンロールのエネルギーとはすでに手を切っている。

 芸術として洗練されたロックンロールは、ひどく退屈だ。知的なあるいは美的な面ではともかく、音楽のダイナミク
スに関するかぎり、トップ40を聞いたほうが、むくわれるところは大きい。(デイヴィン・シーイー)

 プログレッシヴなロックとして私たちが大切にしたものの多くは、音楽的には進歩していても、エモーションの分野では、枯れはててしまっている。ロック体験の頂点であった生なヴァイタリティは、芸術を愛する頭脳によって危機にさらされている。(リチャード・ゴールドスタイン)

 登場したころのビートルズは、基本的にはアメリカン・スタイルのロックンロールをうたっていた。アメリカのそれより、わずかにまろやかで角がとれ、ハーモニックなアプローチを持っていた。清潔な響きを持ち録音もよく、総体的に言って受け入れられやすいものだった。しかしロックンロールの自然なエネルギーは残っていて、若い熱意が持つ誠実さのようなものが、アメリカ中産階級にはぴったりだった。

 この頃のビートルズの音楽づくりには、欠点はほぼなかった。ただひとつ、なめらかすぎた。このなめらかさは、ハーモニアスなまろやかさとなってアップ・テンポな曲にまでおよび、編曲と人気によってかろうじて埋めあわせのつくうつろな空間をつくっていた。

 ビートルズが音楽的に発展するにつれて、このなめらかさは、どうにもならなくなり、荒っぽいものはすべてその効果を計算してつくり出される人工的なものにかわっていった。おそろいのスーツをすて、四つの強い個人になり、それぞれが大きな才能を持っているという事実にかくされて、ロックンロールのエネルギー消滅に気づいた人は、数すくなかったはずだ。

 歌詞のなかにあらわれはじめたシュルレアリズムは、ロックの内容を知的にたかめる役をはたしはしたが、その尻馬にのってただかねもうけだけをたくらんでいる人たちによって、必要以上の内省と芸術性とがロックンロールにあたえられることになってしまった。(デイヴィン・シーイー)

 Eのキーの新曲をレパートリーに加えたら、それまでのレパートリーのなかから、Eのものをひとつ、すてていく。(故アル・ウイルスン)

 現在の若者にとって、音楽は非常に重要だ。(エリック・クラプトン)

 ジャズは、内省にむかいすぎている。ジャズ・ミュージシャンたちは、自分のために演奏している。聞く人に興味をもっていない。ジャズは常に変化しているから、やがてなにかが生まれるかもしれないが、いまはだめだ。ロックンロールは、ちがう。現在の若者でロックンロールの影響なしに育ってきた人、あるいは育っていきつつある人は、考えられない。ロックンロールが登場したとき、すぐに消えてなくなるといわれていた。消えていないではないか。(デイトン・バール・ハウイ)

 過去五年間(一九六五――一九七〇)にアメリカの内部でおこった変化は、南北戦争以来、最大のものだ。(エリオット・バインダー)

 ロックンロールは、若者の思考と本能を表現している。この音楽は重要だ。シリアスに考えなければならない。(バートランド・ラッセル)

 アメリカの苦境がどうであろうとも、アメリカの若い国民は、自分たちで解決をみつけようとしている。あたりをみまわしてごらん。音楽を聞いてごらん。新しい変化は、すべて音楽のなかにある。(バート・コラル、『サタデー・レヴュー』)

 音楽のモードが変化するとき、街の壁が崩れ落ちる。(ザ・ファッグス)

 もっとも重要な政治の様式や方法の変化なしに音楽のかたちやリズムがかわることは、ありえない。新しいものはまず日常生活へ静かに入りこみ、力を結集する。そして、法や制度に攻撃をかけ、公私すべてにわたってあらゆるものをくつがえし、最大の力を得る。(プラトン)

 人々をおたがいにひきはなし、愛のもっとも薄味なものしかあたえないことに繁栄の土台をおいている社会に対する強烈な疎外感をきっかけに自分たちの生活を根本からつくりなおそうとする若者のムーヴメントと切りはなしてロック音楽を考えることはできない。この点からすると、ロックは底知れぬ政治性を持った音楽なのだ。(チャールズ・アイゼン)

 ロックは死なない。変化はあるだろう。しかし死ぬことはない。なぜなら、人々に必要なものをあたえずに、人々が欲しがるものをあたえつづけるレコード会社やプロデューサーは常に存在するからだ。(フランク・ザパ)

 すぐれたロックンロールを好むか好まないかは、趣味の問題でもある。そして、趣味と同時に、持って生まれたなにものかも、関係している。(デイヴィン・シーイー)

 自分たちのことをブルース・バンドだとは考えていません。ブルースの色彩を持ったロックンロールです。しかし、ほかの要素もたくさんあります。

 サンフランシスコのベイ地区で育ったのです。トップ40なんかまだなかったときで、ほんとの音楽はオークランドの黒人放送局のリズム・アンド・ブルースでした。

 曲のすべてを、ボクはドラムとベースのリフを土台にしてつくります。ビートをさきにつくって、それからメロディです。詞は、ノートに書きつけてある断片が、もとになります。

 ようするに、ブルースは、はじめからあったのです。ブルースで育っていって、そこへエルヴィス・プレスリーがやってきて、ロックンロールになったのです。(ジョン・フォガティ)

 音楽に関するかぎり、いまのアメリカでもっとも生命力に富んでヴァイタルなものは、ロックだ。すさまじい数の若者がロックを聞いているから、ロックはすべてのものを吸収していく。ロックのなかでもっとも重要なことをひとつあげるなら、演奏する人たち自身によってつくられたオリジナルであって、商売しか考えない人からの提供品ではないということだ。(フランク・ザパ)

 一四歳のとき、サム・クックの強烈さと力とに感動した。あのときクックはゴスペルのグループでうたっていた。ボクは、カナダのハミルトンにいた。奴隷時代のアンダグランド・レイルロード(秘密連絡脱走組織の総称)の最終点で、黒人は多い。オスカ・ピータスンはこの産物だ。カントリー・アンド・ウエスタンばかりだった。いますこし火力のつよい音楽を、ボクはボビー・ブランドやレイ・チャールズ、ステイプル・シンガーズ、ゴスペル・パールズにみつけだした。(デイヴィッド・クレイトン=トーマス、ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ)

 五〇〇〇名の目で射すくめられつつステージでスポットを浴びれば、不誠実なもの、インチキなものは、すぐにばれてしまう。(ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ)

 ボクはクラシカル音楽も好きだ。ピアノ。ベートヴェン。一五〇年、二〇〇年も昔に書かれたものでも、すぐれた解釈演奏なら、ブルース・ギターの偉大なソロとおなじように、ソウルを持ちうる。ブルースがもっとも単純でクラシカルがいちばん複雑で、両者はとなりあわせに存在している。(トム・フォガティ、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)

 ラヴ・ソングは終りだ。あまりに単純であり、したがってすでに嘘とおなじだから。(フランク・ザパ)

 ロックは反乱の音楽だ。この反乱にはパタンがなく、理解不能な部分がある。まったく新しい思考のカテゴリーをみつけだそうとすることにロックは深く関係があり、古いものが崩れ去っていくのは当然として、問題は、次第にできあがってくる新しいものなのだ。(チャールズ・アイゼン)

 問「二枚目のアルバムにはどのような曲が入るのですか」

 テリー・アドムズ「カーラ・ブレイの曲がふたつ。二曲、つくってくれたのです。でも、ひとつは悲しすぎて、できない」(NRBQ)

 なにがジャズでどれがジャズでないかは、はっきりわからない。ラムゼイ・ルイスはジャズ・ピアニストだと考えられているけれど、ボクは、レイ・チャールズ系のブルース・プレヤーだと思う。オスカ・ピータスンやフィニアス・ニューボーンは、ブルースをやっているけれど、それはジャズのブルースなのだ。ブルースとジャズ・ブルースは、まるでちがう。聞けばわかる。(マイク・ブルームフィールド)

 まもなくアメリカにはルネサンスがあるだろう。若い人たちが再びジャズをみつけつつある。ロックンロールによって、彼らはジャズのパルスやハーモニーにちかづいたのだ。レイ・チャールズ、さらにはデューク・エリントンまで、若い白人のアイドルだ。ビートルズの音楽ですら、ジャズとつながっている。(メズ・メズロウ)

 昔ながらのアメリカン・ウェイ・オヴ・ライフを伝える文化的な伝道師に、ロックだけはなりえなかった。(ピーター・フォンダ)

 一九四〇年代には、まだロックはありませんでした。(メイ・ウエスト)

 ロック音楽は、人が正視しなければならないものについて、すさまじい正しさで、語ることができる。すぐれた歌は、いかなる状況におかれても、真実を伝えることができる。(ザ・グレートフル・デッド)

 LSDは、その人がすでに持っている特性をきわ立たせるだけだ。私たちはヘッド(頭の)・ミュージックをはなれ、ボディ・ミュージックにうつっていく。体を動かしたくなる音楽だ。重いリズムがあって。根源にかえるとはようするに、本来の生命力をとりもどすことだ。リズムでいえば、人間の体が持っているパルスだ。LSDをやめたのも、こうなった理由のひとつだ。LSDを飲むと、それまでは自分でも知らなかった自分の一部分を体験できる。やがて、その部分ではなくてもっとほかの部分をみたくなるのだが、これができない。これが、バッド・トリップのはじまりだ。バッド・トリップを押えきると、LSDはもはや必要ではない。(ジョー・マクドナルド)

 ロックンロールはカントリー・アンド・ウエスタンとリズム・アンド・ブルースの結合体だといわれているが、ほんとはブルースとカントリーの結合なのだ。黒と白とが溶合したとき、まったくべつなものがひとつ生まれた。私たちの音楽は、このロックンロールなのだ。エルヴィス・プレスリー、ファッツ・ドミノ、リトル・リチャードたちの伝統をうけついでいる。テレビでトム・ジョーンズをみてごらん。エルヴィス・プレスリーの価値が、あらためてわかるからだ。(ジェイミー・ロバートスン)

 ロックは楽しむための音楽だ。(ロン・マッキェーナン、ザ・グレートフル・デッド)

 政治的な力としてロックが成功するとすれば、ロックがリラックスしたハッピーな音楽であるからだ。ロックは光だ。聞きたくなければ歌詞は聞かなくてもよい。(ピーター・スタッフォード)

 革命はまず自分たち内部に存在しなければいけない。自分が定めた基準に到達することにより、自分以外の全体を革命する最大のきっかけが生まれてくるのだ。(ポール・ウイリアムズ)

 プロテストはディセントだ。ディセントはディスハーモニーだ。ディスハーモニーとは人が力をあわさないことで、したがってなにごともなしとげられない。音楽をつかってプロテストすることはできない。(ザ・グレートフル・デッド)

 今日は、あなたの残りの人生の最初の日だ!(あるグリーティング・カードより)

 自分を教育するもっともすぐれた方法は、革命の一部分になることだ。(チェ・ゲバラ)

 やつらがVサインをつくる二本の指を切り落してやりたい。(ビル・グレアム)

 資本主義社会内部に発生し、絶対的権力をもたず、むしろこの社会の接線的あるいは本質的な一側面とのみ闘争するにすぎない組織体は、すべて結局、資本主義社会のなかへ組みこまれてしまう。(ジェームズ・ボッグズ、『アメリカン・レヴォリューション』)

 みんな坐りこんで静かにしていてはだめだ。(ミック・ジャガー、ローリング・ストーンズ)

 ウッドストックで現実になったのなら、なぜもう一度おこらないのだろう。(アーロ・ガスリー)

 体を賭けて食いとめなければいけない!(マリオ・サヴィオ)

 性交している人たちをみるのは好きです。『ライフ』や『ルック』にのっているヴェトナム戦争の写真は、ワイセツです。性交している人たちをながめましょう。(グレース・スリック、ジェファスン・エアプレーン)

 すべてのロックンロール・バンドは、聞いたとたんに、いや、見たとたんに、なにかをコミュニケートする。それがなにであるかは私にはわからない。(ジョー・マクドナルド)

 エルヴィス・プレスリーを聞くまでは、ボクはなにごとにもあまり影響をうけなかった。(ジョン・レノン)

 ロックンロールは、アメリカの若者に対してじつにさまざまな影響をあたえた。どの音楽でもおなじことなのだが、ロックンロールもまた、人々を結びつけた。ふたりの人間がおなじ音楽を好いていたとすると、その音楽にあわせて踊ることによって、ふたりのあいだには、言語ぬきで、そしてときにはおたがいの体に触れあうこともなくまた相手を見ることもなくしかもコミュニケーションが成立していることになる。ロックンロールはコミュニケーション手段のひとつであり、若い人たちにとっては、ほかの音楽よりもはるかにコミュニケーション力は強いのだ。(チャック〔チャールズ・エドワード・アンダスン〕・ベリー)

 アメリカという国のなかでおこなえるもっとも革命的なことは、意識をそっくりとりかえることだ。(カントリー・ジョ・マクドナルド)

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ エルヴィス・プレスリー ブルース リズム・アンド・ブルース ロックンロール
2016年11月24日 05:30
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