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「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)|エルヴィスから始まった

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8 1960―1970 アメリカ

〈11〉 「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)

 たとえばローリング・ストーンズの音楽が好きなら好きでいいのだ。勝手にレコードを聞けばいいことだし、コンサートにでかけていって彼らの音楽や存在を体験すればいい。

「私になんらかの責任があるとするなら」

と、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが言っている。

「それは、なにが正しくてなにが人間的であるかを身をもって示すことだろう」

 アメリカをコンサート旅行したとき、収益の一部をヴェトナム反戦運動にまわさないか、とたのまれたミック・ジャガーは、

「ヴェトナムはあなたがたアメリカの問題だ。私は知らない」

 と、こたえた。

 音楽はようするに音楽で、ローリング・ストーンズはローリング・ストーンズなのだ。ロックは革命ではなく、ローリング・ストーンズもまた革命ではない。

「ローリング・ストーンズは推察するところ、長くはつづかないだろうし、つづかなくて私はうれしく、それが正しいと考える。はじめから長つづきするように意図されていなかったし、次第に年をとっていくことが許してもらえるようにもなっていなかった。一度だけ衝撃をあたえ、そのあとは消え去るのだ。彼らにすこしでも端正なところがあるのなら、彼らは、あと三日で三〇歳というときに飛行機事故で死んでくれることだろう」(ニック・コーン)

 一度だけの衝撃、をどうするかは、それはその衝撃をうけとめた人たちひとりひとりにかかってくることであり、ローリング・ストーンズは関知しない。そのような衝撃をすでにどこかでうけとめてしまっている人たちにとっては、ローリング・ストーンズはその衝撃の単なる思い出あるいは確認にしかすぎない。ステージ上のローリング・ストーンズがいかに邪悪にみえようと反現実的であろうと、またセクシーであろうと、あたらしいものはなにも生まれてこないのだ。

 アメリカの黒人のブルースをまねすることからローリング・ストーンズは、はじまった。はじめのうちまったく反応はなかったのだが、若い人たちのあいだで口づてで人気が出て、ある日いきなり、スターになった。

 スターではあっても、革命家であるとはかぎらない。だから、ローリング・ストーンズからは、ロック以上のものを期待してはいけないのだ。すぐれたロックは、肉体的なよろこびのひとつだ。そして、それ以上のものではない。

 ローリング・ストーンズは嫌いだが、ジェファスン・エアプレーンなら好きだという場合だってありうるだろう。

 ジェファスン・エアプレーンは、一九六五年、サンフランシスコでつくられたグループだ。フォーク歌手のマーティ・ベイリンがナイトクラブをはじめようとし、そこで演奏するロック・グループをさがしにかかった。フィルモア・ストリートのマトリクスというクラブを手に入れたころには、ロック・グループはさがすよりも自分でつくったほうが早いことに気づき、友人たちをあつめてジェファスン・エアプレーンをつくってしまった。

 一年あとにRCAと契約し、契約金は二万ドルで、若いロック・グループがカネになっていく先頭をきった。モンタレーのポップ・フェスティヴァルまでに最初のLPが出たし、グレート・ソサエティから女性歌手、グレース・スリックが加わり、パブリシティは効を奏し、グレースが持ってきたふたつの歌『サムバディ・トゥ・ラヴ』と『ホワイト・ラビット』がヒットになった。いまでは、六枚目のLP『ヴォランティアーズ』が、売れている。

 ジェファスン・エアプレーンは、一九六九年にテレビのディック・カヴェット・ショウに出たとき、motherfucker という言葉をアメリカではじめて放送することに成功した。そのまえに、スモザーズ・ブラザーズ・ショウでは、グレース・スリックは、顔をまっ黒に塗って出演した。

 彼らのこのような行動あるいは彼らのロックを、革命とか反体制とか呼ぶことは、いっこうにかまわないと思う。しかし、その革命や反体制は、ジェスチャとしてのものにとどまることを忘れてはいけない。実際はそうではなくても、ジェスチャだと考えなくてはならないのだ。

 ロック音楽を皮膚感覚でとらえることは、快感でありときには反抗のようなものにもなりうるのだが、思考にはならない。ほんとに革命をおこなうためには、抽象度の高い緻密な思考がまず必要であり、したたかな敵を相手にするには、その思考は、敵にはとうてい自分のものとすることのできないある特別な感覚に支えられていなければならない。そしてその感覚をつくり出す五感上のきっかけのひとつが、黒人ブルースが持っている音とビートだったのだ。思考は革命に加わるひとりひとりがおこなわなくてはならず、ロックにその思考のすべてをまかすことはとうていできないのだ。ロックという個人的な感覚上の体験は、複雑に抽象されていかないかぎり、なんの力にもなりえない。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ ジェファスン・エアプレーン ミック・ジャガー ロック ローリング・ストーンズ 青空文庫
2016年11月10日 05:30
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