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FUCK NOW!|エルヴィスから始まった

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8 1960―1970 アメリカ

〈8〉 FUCK NOW!

 ときには一時間ちかくかけて、楽器のテューニングや増幅装置その他のエレクトロニック・エクイップメントの調整がおこなわれる。そのあいだずっと、小柄で肥り気味の、あけっぴろげな性的魅力のある女のこが、なにもしていないのだが、すでに髪をふり乱した感じで、大きなアンプのそばに立っている。

 演奏がはじまる段になるとビル・グレアムが出てきて、長い一語のような早口で、

 「四人のソウル・ジェントルマンと、偉大な偉大な偉大な、ビッグ・ブラザー」

 と、ステージの五人を紹介してひっこむ。そのあとにはじまる音は、たとえばLP『チープ・スリルズ』の、『ふたりだけで』でも聞けば、どんなものであるかおよそわかる。

 ビッグ・ブラザー、つまりジャニス・ジョプリンは、ただひたすら狂っているとしか思えない。彼女のステージ姿をはじめてみれば、誰でもそう思うだろう。ジュディ・ガーランドが正気の歌手であったとするならば、ジャニス・ジョプリンは、あきらかに狂気のさたなのだ。

 意味のほとんどない叫び声を、ジャニスは肺活量と声帯の限界いっぱいにふりしぼって、聞いている人たちに叩きつける。

 楽譜なんかまったく読めない彼女の歌は、ようするに Fuck now ! という金切り声の絶叫に要約できる。

 FUCKは日本語では「オ○ンコ」であり、NOWは「いまただちに」だ。

 ジャニス・ジョプリンにとってFUCKとは、

 「自分が持っているものでいちばん大切なのは、フィーリングなのよ。自分を解きはなすと、自分は、解きはなされる以前の自分よりはるかに大きい。現実はどうだっていいの。私のなかにはフィーリングがいっぱいだから、怒鳴ったり悲鳴をあげたり、壁をひっぱたいたり、なんでもできる。すべてが、フィーリングなのよ。体の内部にある愛や情欲やあたたかさに手を触れるの。
 うたっているときはなにも考えない。目をつぶって、フィーリングだけ。セックスも、このフィーリングのうちのひとつ」

 この高度に個人的な世界を、四人の男性メンバーがつくりだすロック・サウンドにのせ、ジャニスは自分の絶叫とこねまぜてメッセージにしている。

 彼女にとってNOWとは、すわってじっとしていないでいますぐ立ちあがってフィーリングを解放しろ、ということなのだ。

 ジャニス・ジョプリンは、自分のことをビートニクだと信じている。彼女によると、ヒッピーは、世の中を改良していこうとしている人たちであり、ビートニクは、世の中とは関係なく、フィーリングの解放によってその瞬間を楽しむ人たちなのだ。

 テキサス州のポート・アーサーという田舎町でなかば目覚めかけていたときのジャニス・ジョプリンは、みんなから変り者あつかいされていた。その頃は絵を描いていたのだが、友人にレッドベリのレコードを聞かされてほぼ完全に目覚め、ベッシー・スミスやオティス・レディングによってその目覚めはさらにたかめられ、彼女は家出した。

 サンフランシスコのヴェニスへいき、ロサンゼルスに出て、それから五年間、ニューヨークにいた。キー・パンチャーとかウェートレスとかの仕事をやりながらブルースをうたい、恋愛のはてにテキサス州のオースティンまでひきかえし、そこからチェット・ヘルムズとともに再びサンフランシスコに出た。そして、アヴァロン・ボールルームで、ロックのバンドを聞いたのだ。一九六九年だった。

 このときのロック・サウンド、特にその巨大な音と、はねまわるリズムに、ジャニスは官能的で狂暴なフィーリングの解放をみたのだ。うたわずにはいられなくてうたいはじめ、ロックの電気的に増幅された音とはりあって客に歌で触れるため、絶叫を全身から放つのだ。ロックをみつけると同時に、彼女のフィーリングの解放がはじまった。

 「音楽をとおして、私のフィーリングが私をつくってくれた。うれしい。故郷では、たとえば水道屋はいまだに水道屋のままだから」

 フィーリングの解放は成功物語でもあり、ジャニス・ジョプリンは、一回のステージで三〇〇〇ドルはとれる。いまのように声を酷使しては、長くつづかないだろう、とよくいわれる。ジャニスは、いっこうに気にしない。

 「いま中途はんぱにうたって、二〇年あとまで中途はんぱのまま長つづきして、どうなるの。投資の結果は、いますぐほしい。うたえなくなったら、そのときにほかのことを考える。子供を生むかもしれない」

 NOWは、「いますぐ」だから、その「いま」がなん度もくりかえされることは、ジャニスにとっては、耐えがたい。だから彼女は、ホールディング・カンパニーとわかれてしまった。ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーとしてスターになると、コンサートのたびに客からおなじ曲をリクエストされるし、また、いろんなことのために、おなじ曲をうたわなければいけないことになってしまう。自分のフィーリングの伴奏をつとめてくれるグループを彼女はつくり、独立した。そして、そのグループは、やはり単なる反復を避けるために、名前がつけられていない。

 サンフランシスコでロックをみつけてからのジャニスよりも、ポート・アーサーで目覚めてから放浪した五年間のほうが、はるかにすさまじいロックのフィーリングだ。

 完全に解放されているステージ上の彼女をみていながら白けきったままでいることは可能だ。しかし、彼女の不自由さに感動しないでいるわけにはいかない。彼女には常にステージが必要だ。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ オティス・レディング ジャニス・ジョプリン ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー ビル・グレアム ビートニク ベッシー・スミス 青空文庫
2016年10月20日 05:40
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