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LSDとマリワナの迷信|エルヴィスから始まった

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8 1960―1970 アメリカ

〈7〉 LSDとマリワナの迷信

 人間の心のなかに、通常は作動していない部分がどれだけあるかを知るために、LSDやマリワナは使用された。幻覚や恍惚状態を人工的に手に入れるためではなかった。

 あるひとつのかたちにこりかたまってしまった人間の心を強制的に解放させるのが、LSDやマリワナであったのだ。LSDを服用すると、幻覚がのではなく、感覚能力が変化するのだ。その変化は個体によってさまざまにことなり、音が光りになってみえたり、時間が延長されたり、窓がトンネルにみえたりする。自分の心のなかにも、このような知覚の能力が存在したのか、というおどろきのともなった発見があればそれでよく、その発見がその個体に対してどのような影響をあたえていくかは、再び千差万別なのだ。ほんの少量の薬品で感覚がまったく変化してしまうのだから、それは新しい発見であると同時に、恐怖でもあった。人間の知覚の厚みと幅の広さを知ると同時に、人間のもろさみたいなものも、同時に悟ることができた。

 この体験が重要なのであり、LSDを用いることなくおなじことが悟れるのであれば、LSDは必ずしも必要ではないのだ。LSDを飲まなければほんとうのことはわからないとか、たとえばLSDの影響下にあるときのロック演奏はすばらしいとかの説はすべて嘘であり、嘘であると同時に、風俗であった。

 ティモシー・リアリイは、LSDを「脳のためのビタミン剤」と呼んだ。無色無臭無味であることも、魅力のひとつだった。なんのへんてつもない薬剤が、自分の知覚を完全にちがうものにかえてくれる。マリワナの主成分であると考えられているTHCよりも合成はたやすく、口から飲みこめばそれでいい。郵便切手のうらの糊にLSDを混入するとか、飲料用水道の貯水池にLSDを投入して全アメリカを幻覚化する、というような話がなかばジョークとして語られた。LSDは、水に溶くと急速にその効力を失う。

 ヒッピー・ムーヴメントのたかまりとともに、LSDが急激にひろまった。この背景には、アメリカは精神に対して作用する薬の中毒にちかい常用国だという事情がある。つまらない数字だが一例としてあげておくと、一九六五年の一年間に、医師がアンフェタミンを処方した回数は二四〇〇万回。各種のトランキライザーの処方が、一億二三〇〇万回。これは正式に記録されているものだけだから、実際にはもっと多い。そして、ベロナールの適量をこえた服用による死亡は三〇〇〇件に達しているのだ。アメリカ人の五人にひとりくらいは、軽い精神病だと考えてさしつかえないだろう。

 麻薬に対する警察のとりしまりが厳しいのは、このせいだ。精神がいささか異常でも、普通にしていれば無害な人間が、麻薬によってきっかけをあたえられて本格的に気が狂い、その麻薬がヘロインやメセドリンであったりすると、狂暴な異常者となる。

 マリワナもLSDも麻薬ではないのだが、いまのアメリカでは、いずれをも所持しただけで重罪となる。マリワナやLSD自体が麻薬ではなくても、殺人や暴行のきっかけにはなりうるので、このへんを理由に、警察はとりしまるのだ。

 しかし、マリワナやLSDの禁止は、落し穴をひとつ持っている。感覚変化作用を持つだけで中毒性はなく、精神安定剤でも興奮剤でもないマリワナやLSDをとりしまると、ほかのほんとの意味での麻薬に人々が移行していくという事実だ。マリワナのとりしまりは、麻薬中毒になりやすい人たちを中毒症状へとけしかけていく効果しか持たず、精神の不安定な人を強制的に自然淘汰するのだという、アビー・ホフマンみたいな考え方もできるのだが、マリワナまでが重罪になると、またちがったところで問題がおこる。

 マリワナの所持や喫煙を理由に警察につかまることを、多くの若者はなんとも思っていない。つかまえたほうとしては手間とカネがかかるし、つかまったほうは、警察に対する反感をさらにつのらせるか、あるいは、軽蔑するようになる。『タイム』とか『ニューズウィーク』とかのつまらない雑誌は、だいたいこのへんを心配している。

 アメリカは、アルコール中毒的な社会でもある。大人の世界がアルコールなら、若者はマリワナなのだ。

 「アルコールは、人間の感覚を鈍感にして不安をかくし、楽観的にする。自分も、また自分が属している社会をも、アルコールは肯定してしまう」

 エドガー・フリーデンバーグによるこのアルコール観は、正しいのだ。タバコを喫いながら酔いつぶれ、二日酔の頭でしかたなしにすべてを認めてしまう大人の世界は、対立するものとしてマリワナを持ち出すまでもなく、だらしがない。アルコホリック・ソサエティに対する本能的な反発や嫌悪の感情が、マリワナをよりいっそう若者たちのあいだにひろめている事実は、みのがせない。また、単に新しくて珍しいものとしてではなく、アルコールやタバコよりもすぐれたものとして、大人たちもマリワナを認めはじめている。

 マリワナをタバコ状にして喫う、あるいは粉末にしてクッキーに混入して焼いたり、サラダにふりかけて食べたりしたあとの症状は、個人によってLSDよりもさらに大きくちがってくる。幸せに放心した状態から、うまくいけば時間と肉体との相関関係に変化がおこり、五分が一五分くらいに感じられたりするマリワナは、アルコールやほかの麻薬のように、人を暴力的にしない。逆にマリワナを喫うと目立って受動的となり、体を動かすことを忘れてしまうほどだ。

 アメリカで売られているマリワナは、東洋やメキシコのにくらべると、効力はずっと低いのだ。なんの効力もない雄の葉が大量に混ぜてあることがしばしばで、すくなくとも麻薬とおなじに考えることだけは、おかしい。

 マリワナやLSDが性的な能力をたかめるというのも嘘だ。効果としてはむしろ逆で、性衝動は押えられる。しかし、平常の心理的な抑制はとりはらわれることが多いので、ここから生まれる性的な自由さが、性能力の高まりとして誤解されていったにすぎない。抑制がとりはらわれるということは妊娠の機会が多くなるということでもあり、人工妊娠中絶を許可する法律の成立は、マリワナの普及と無関係ではない。

 LSDもマリワナも、それ自体はたいして意味を持たない。それをいく度か用いたことによって、その人がどのようなメッセージをうけとるかが問題なのだ。いつまでたってもメッセージを発見できない人には、LSDやマリワナは、せいぜいが遊び道具でしかない。

 ステート・ユニヴァーシティ・オヴ・ニューヨークのウイリアム・アブルッジの報告するところによると、ウッドストックのフェスティヴァルでは、四〇万人の若者のなかでマリワナやLSDによる好ましからぬトリップは八〇〇件だったのだが、パウダーリッジでは、三万五〇〇〇名しか人間はいなかったのに、第一夜ですでにバッド・トリップは一〇〇〇件にのぼった。ウッドストックでは単純なマリワナがほとんどだったのだが、パウダーリッジになると、LSDにストリキニーネ、メセドリン、動物用のトランキライザーなどを無秩序に混ぜあわせたひどいものが多かったのだ。薬品の迷信がどこへいきつくかは、これでだいたいの見当はつく。

 いまはすでにLSDを飲んだりマリワナを喫ったりするときではない。それらを用いて自分が悟りえたなにごとか、あるいは、うけとめることのできたなにかのメッセージを、冷静に抽象するときなのだ。

 アメリカにとってマリワナやLSDが持っているもっとも都合のよい性質は、麻薬とりしまりをかくれみのに、どんな荒技でもできる、ということなのだ。たとえばブラック・パンサーの一員をヘロイン所持の疑いで一〇年くらい刑務所に入れておくのはたやすいことだ。そしてこの荒技が、体制への批判として投げかえされるとき、一九六三年八月、ワシントン・デモでジョン・ルイスが言おうとした、

「私は知りたい。連邦政府はどちらの味方なのか」

 という言葉が、意味を持ってくる。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ ヒッピー・ムーヴメント
2016年10月13日 05:30
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