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単純なものと複雑なもの|エルヴィスから始まった

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8 1960―1970 アメリカ

〈4〉 単純なものと複雑なもの

  単純であることと複雑であることの差をはっきりと認識しなければならない。単純であることは、すでに一種の犯罪なのだ。複雑であることも犯罪にはなりうるのだが、はらんでいる可能性は、単純さよりも複雑さのほうがはるかに多いし、まさっている。

 たとえば、フォークソングのブームのころから、アメリカでは45回転のシングル盤にかわって、LPが売れはじめた。

 ポピュラー音楽のレコード購買層の経済状態がシングル盤からLPにまで好転したという背景のなかで、シングル盤よりもLPのほうがもうけの多い事実にレコード企業が気づいたからだ、というような見解は、見解ではありえても、やはり単純であることはまぬがれない。

 片面一曲のシングル盤があたえてくれる三分前後の音楽的体験にあきたらなくなってはじめてLPが成り立つのだ。そして、シングル盤の一曲的体験の延長である数曲的体験としてのLPの次には、LPの両面がひとつの音楽的体験となるLPが、予言されていた。そしてこのLPは、たとえばビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』で、現実になった。時代の進展とは、このようなことをいうのだ。

 しかし、いつまでも単純でありつづける人たちは常に存在する。そのような人のためにこそ、ハーブ・アルパートのティファナ・ブラスや、ザ・モンキーズや、バリー・サドラーが存在するのだ。

 ティファナ・ブラスの最盛期は一九六六年だったから、彼らの出現タイミングは絶妙であったといえる。スタジオ・ミュージシャンだったハーブ・アルパートが二〇〇ドルを投じて『ザ・ロンリー・ブルー』をロサンゼルスのガレージで自主録音したのは、一九六二年だった。

 基本的にはハッピーでノスタルジックでエキゾチックな、つまり単なる気ばらしとして単純な大人が聞いてよろこぶ音楽が、ティファナ・ブラスだった。これに対して、子供用のハッピー・ミュージックは、ザ・モンキーズだった。ビートルズの映画『ザ・ハード・デイズ・ナイト』に触発されたテレビのプロデューサーが、この映画をなぞったテレビ・シリーズをつくるべく決心し、ビートルズをお手本に無からつくりあげたのが、ザ・モンキーズなのだ。一般公募から選ばれたザ・モンキーズの四人は、役づくりまでビートルズに似せてあり、才能は四人のいずれにもほとんどなかったのだが、テレビと広告キャンペーンのおかげで、サブ・ティーンたちのあいだに一時的な人気があった。

 バリー・サドラーは、ヴェトナムで負傷したグリーン・ベレーだった。好戦的、ときめつけるのもばかばかしいほどに伝統的なティンパン・アレー・ミュージックで、一九六七年三月に兵役を解かれてからの彼がなにをしているのか、誰も知らない。

 ラジオのディスク・ジョッキーでさえ、複雑になっていた。たとえばひと月ならひと月ぶんのプログラムと解説を印刷した雑誌のようなものを聴取者に買ってもらうことにより、その売上げで経営していくFM局が増えた。アラン・フリードは電話帳をデスクに叩きつけたところで燃えつきたのだが、KPFK局で「クラブ86」という番組をやっていたマーシャル・エフロンは、雨の夜にコーフェンガ・ブールヴァードにマイクを持って出かけ、道路を走っていく車のタイプ、年式、ボディ・スタイル、色、速度などをかたっぱしから声をかぎりの絶叫で中継するというようなことをやっていた。メキシコとの国境ちかくのXERB局は、フランク・ザパのマザーズ・オヴ・インヴェンションのLPをはじめて電波にのせた局で、ロサンゼルスの黒人の靴みがき少年たちは、ほとんどがトランジスタ・ラジオのダイアルをこの局にあわせていたのだ。

 単純なものと複雑なものとの接点を無理にみつけるなら、それはビートルズだろう。ビートルズは、その初期にティーン・マーケットに活を入れると同時に、コンサートをおこなわなくなった後半では、LPをステージにして、複雑になっていった。

「おなじ場所で三度コンサートをおこなうと、三度目には客はまえとおなじ曲をリクエストする。そしてそのリクエストにこたえての演奏が最悪のものであっても、客は盛大な拍手をおしまない。ロックの演奏は、こうしてほんとのなかみが抜きとられ、からっぽになっていくのだ」

 ザ・グレートフル・デッドのマネジャーがこう言っている。

 おなじことのくりかえしは、結局、単純さなのだ。ビートルズがこれに気づかないはずがなく、気づいたからこそコンサートをやめたのだし、LPで新しいこころみを自由におこなっていたほうが、はるかに楽しいのだ。

 数曲のよせあつめではなく、ひとつのまとまりを持った音楽的体験としてのLPは、確固たる哲学がないと、自殺行為になってしまう。ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』は、悲しい世のなかに対する寛容的な傍観者の態度が、ひとつのはっきりしたテーマになっていた。『エリノア・リグビイ』のひきのばしでしかなかったのだが、それさえも欠いたたとえばローリング・ストーンズの『ゼア・サタニック・マジェスティーズ・リクエスト』は結局のところ『サージェント・ペパーズ』には勝てないのだ。

 ザ・バンドやクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルのLPには、意味としてはさほどの主張はないのだが、全体の音には、ひとつの確固たる哲学があり、それはなにかと問いつめていくと、すぐれたブルースである、としか言いようがない。すぐれたブルースであるからには、それは独特の影を持つ。優秀なロックと呼ぶよりもやはりブルースであり、すぐれていればいるほど、影の部分の力のほうが強いのだ。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』 アメリカ ザ・グレートフル・デッド ザ・モンキーズ ティファナ・ブラス ビートルズ フランク・ザパ ボブ・ディラン ローリング・ストーンズ 青空文庫 LP
2016年9月29日 05:30
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