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ビートルズは、つまらない |エルヴィスから始まった

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8 1960-1970 アメリカ

〈3〉 ビートルズは、つまらない

 ハンター・デイヴィスの『ザ・ビートルズ』は、読む気になれない。日本語ではもちろん、英語でも、ちょっといやだ。面白そうだ、ということは、わかる。英語のを数行ひろい読みするだけでも、それはわかる。週刊誌にもごくたまによく書けた記事があるとするなら、この本はそれにあたる。ディテールが、快適な明快さとテンポで次々に受身の自分に提供されていくという、陽だまりにすわりこんで目を閉じたときのような快感がある。

 本は読む気になれないのだが、数葉の写真のなかに一枚だけ、なんどながめても微笑せずにはいられない写真がある。

 一九六〇年、彼らのグループ名がまだザ・シルヴァー・ビートルズだったころの写真で、ラリー・パーンズのためにオーディションしたときのものだ。リンゴ・スターはまだいなくて、そのかわりにベース・ギターのステュ・サトクリフがいる。写真にうつっているドラマーは、オーディションの現場で代役をつとめたジョニー・ハッチだ。ザ・シルヴァー・ビートルズは、オーディションにドラマーなしでやってきた。

 ベース・ギターなどほとんど弾けなかったステュ・サトクリフはなかばうしろをむいているし、ドラマーのジョニー・ハッチは、退屈しきって面白くなさそうな顔をしている。

 しかし、ほかの三人、ジョージ、ポール、ジョンは、面白い。この写真の三人をみるたびに、笑ってしまう。その笑いは共感の笑いであると同時に、その三人がいまのビートルズのなかの三人である事実がわかっていることからくる、奴らもやはりスタートはこのようだったのかという、たとえば赤ん坊のときに丸裸でとった写真の生殖器をみるような笑いなのだ。

 三人ともジーン・ヴィンセントに似ているところがおかしい。しかも、場所は、イギリスのリヴァプールという、信じられないようなところなのだ。三人とも、おなじ靴をはいている。一九五〇年代の終りに流行した、ツー・トーン・カラーと呼ばれた、あの二色の靴を奴らもまたはいているからおかしい。ズボンとシャツは、やはり三人そろっておなじものらしく、色は黒ずくめにちがいない。ジーン・ヴィンセントが、よくこんなだった。ヘア・スタイルが、一九五〇年代後半のロックンロールそのものだからまた笑ってしまう。

 このヘア・スタイルには、いやというほど身に覚えがある。基本はエルヴィス・プレスリーだ。左右の髪を、ポマードでべったりとうしろにむかってなでつけ、後頭部でダック・テイル(アヒルの尻)とする。両側からなでつけた髪が、後頭部のまんなかで、クシの目もあざやかに、アヒルが羽をあわせたように、出あうのだ。

 左の、しかもかなり下から分けた髪は、うしろ半分はダック・テイルをこわさぬよう頭の頂きから右うしろにかけてなでつけ、まえ半分は、額に垂らした前髪を必須部分としつつ頭骨へ押えつけず極端なくらいに盛りあげた感じで頭の右へもっていく。

 ジョン、ポール、ジョージ、三人ともこのようなヘア・スタイルをしている。この写真でみるかぎり、才能はジョンにもっとも多くあったようだ。ギターと一体化してとったポーズが、プレスリーとヴィンセントをたして二で割ったうまい雰囲気をだしている。ポールはこのときからすでに甘く、ジョージは過去においてもあいかわらずまごついている。このオーディションのとき、ザ・シルヴァー・ビートルズがなにを演奏したかを知るためだけに『ザ・ビートルズ』を読んでもいいのだが、ひょっとしたら書いてないかもしれないし、書いてあればあったで、なるほどと思うだけだから、やはりやめておこう。

 写真をぼんやりながめているだけで、いろんな発見ができる。たとえば、リンゴ・スターにとってかわられるまでのドラマー、ピート・ベストだ。一九六二年一月、『マーシー・ビート』の第一三号の一面にジョン、ジョージ、ポール、ピートのザ・ビートルズの写真がのっている。ほかの三人を、たとえば子供っぽい、と形容するならば、ピート・ベストは、おなじ年齢の若者ではあってもすこし異質なものを持っている。どのように異質であるかはさまざまに表現できるのだが、ようするに、ピート・ベストだけは、かわいくないのだ。ほかの三人がすでにヘア・スタイルをかえているのにピートは一九五〇年代ふうのままで、あのころのロックンローラーのすご味みたいなものを顔にただよわせている。

 ピート・ベストをリンゴ・スターにとりかえると、ザ・ビートルズの四人は、それぞれ均一なかわいらしさを持つことになる。奇妙な陰気くささも、四人それぞれの均等割りになっている。一九六三年の、リンゴが加わってからのザ・ビートルズの、オフィシャル・フォトグラフをみるとよい。このときすでに、オフィシャル・フォトグラフでありながら四人はギターを持っていない。かわいくなると同時に彼らはロックンローラーではなくなり、新種のポップとなったのだ。

 一九五六年のザ・クオリーメン時代の写真から現在までの写真をながめていくと、ジョン・レノンの変化がもっとも激しい。その変化は気ちがいじみていて、彼をべつにすると、ほかの三人はほぼ均一だ。顔だけからいくと、リンゴ・スターがいちばん可能性に富んでいる。彼は玉突きと西部劇が好きだという。そのような顔をしている。ポールはソングライターのような顔であり、ジョージは、これはちょっと問題だ。

 ビートルズについて書くことは、あまりない。彼らのスタートは、正しかった。プレスリーはもちろん、ジーン・ヴィンセント、エディ・コクラン、バディ・ホリー、エヴァリー・ブラザーズたちのコピーが最初の本能であったことは、すべての人たちの幸せだ。しかし、とりあえずの結論が『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』であると、やはり失望する、つまらない。最終的な決断をせまられたなら、ビートルズよりも、やはりビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツという、ほこりまみれのアメリカのプロフェッショナルたちをとったほうがましだ。

 ロックをはなれたところで、ビートルズはほかのすぐれた価値を持っている。

 ロンドンのパレイディアム・ホールでのコンサートのとき、ジョン・レノンは、客にむかって次のように言った。

「安い席の人は、手をつかって拍手してください。高い席の方々は、身につけた宝石類をうち鳴らしなさい」

 またジョンはほかのときに、

「私たちはキリストとおなじほどポピュラーだ。どっちが長生きするだろうか」と、言った。

 はじめのころ、ビートルズは、そのグループ名の由来についてたずねられることが多かった。

「ある日、私が海をながめていたら、海のなかから人が立ちあがり、私を指さし、おまえはビートルズだ、二番目のEをAにかえたビートルズだ、というのです。だから私たちは自分たちをBEATLESと呼ぶことにしたのです」

 これは、ジョン・レノンの説明だ。ほかのメンバーが説明するときには、由来はそのたびにちがっていた。ジョンが持っているシュールレアリズムのようなもの、そして、その時まかせの、オフ・ビートで大胆な精神の自由さ。エヴァリー・ブラザーズのコピーが『サージェント・ペパーズ』にまで音楽的に複雑な合成物となっていくための原動力は、ここにあった。奇妙な面白さを持った文学的でさえある詞、『エリノア・リグビイ』、バカみたいに単純な結論の提供から、回答をまったく期待していない疑問の提示への変化、などはすべてこの原動力に付随する。

 アメリカのシェイ・スタジアムのコンサートで、ビートルズは、一曲だけ、うたわず演奏せず動作だけやってみせた。いかにも力いっぱいやっているように口をあけ体を動かし楽器をあやつったのだが、ほんとはなにもしていなかった。観客のさわぎがあまりにも大きいため、動作だけであることに誰も気づかなかった。ビートルズの、ポップな価値の、おそらくこれが頂点だろう。彼らが日本へきたとき、ビートルズの音楽は騒音である、などと言っていた人たちがいかにバカであるか、これでわかるだろう。ある日本の作家が、現代の若い人を理解するため、などと言って神妙な顔で武道館の席にすわっていた写真が週刊誌にのっていた。

 一九六四年にビートルズはアメリカでテレビのエド・サリヴァン・ショウに出演した。統計的にはアメリカの全人口の四五パーセントがその番組をみたことになっている。この数字が現実なら、みなかったのは黒人とテレビのない人と、どうしてもほかに用事のあった人たちだけだろう。ビリー・グラハムまでもが禁を破って土曜日にテレビをみた。そして、彼にふさわしい間抜けなコメントを発表していた。そのコメントはあまりにも馬鹿げているので、ここではくりかえさないことにしよう。

 ビートルズのテレビ・ショウが放映されているあいだ、アメリカでは自動車が一台も盗まれなかった、というジョークがある。

 カーネギー・ホールのコンサートでは、場内警備にあたった警官は、ガン・ベルトからピストルの弾を抜いて耳にさしこみ、「騒音」に対する耳栓にした。

→この項、了

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 「ビートルズは、つまらない」 「第8章 1960-1970 アメリカ」 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 エルヴィス・プレスリー ビートルズ 青空文庫 音楽
2016年7月7日 05:30
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