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なぜアメリカに「NO!」というのか?(1)|エルヴィスから始まった

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〔全2回〕

ー 1 ー

 アメリカは万人が自由かつ平等な民主主義の国である、とされてきたが、これがまず伝説上の美しいお話、あるいは、もっと簡単には、ウソなのだった。

 万人が平等であれば、競争はその万人が参加しておこなわれなければならない。自由な競争に万人が加われば、ひとりひとりが現実に成功を達成できるチャンスは、加わった人の数に比例してすくなくなる。それよりもさきに、アメリカでは、すべての人が自由競争に参加しなければならない。「いやだ」と言う人がいれば、その人は、精神分析医におかねを払って精神状態をみてもらわねばならずそれをも拒否すれば、アメリカ人として行動しない共産主義者、とされてしまう。幻想としての平等への適応は、その適応した人たちを、かたっぱしから画一化する。自由競争で世に出れば、まず月賦で自動車を買わねばならない。

 とりあえずアメリカではすべての人が平等であるというイメージは、自由競争のなかで早くも画一化されてしまった無気力な人たちにとって、心理上の安全弁となる。平等に競争しているのだという錯覚が、毎日を支えてくれる。

 個人ひとりひとりが自由で平等であることは、個人がまったく無防備で社会のなかにほうり出されていて、個人の弱さを心理的にカヴァーするため、強くして全能の神であるアメリカ社会が、ひとつの理想として、個人の頭上に常にかかることになる。

 みんなと競争しているのだから、その競争に自分がすこしでもおくれているようであれば、たちまち不安になる。おくれまいとしてあせり、そのあせりは、なんのことはない、その人をさらにコンフォーミズムのかわいそうな虜にするだけなのだ。

 さらに、アメリカは、民主主義と資本主義を、同一不可分なものとして考えつづけている。資本主義はなくても民主主義は可能なのに、アメリカはこのことに気がつかない。ほんのすこし冷静に考えればわかりそうなことなのに、いっこうに気がつかない。そして資本主義と民主主義とをかさねあわせたため、いまのアメリカの保守的な独占資本主義ができあがった。

 個人による健康な自由競争は、アメリカが工業国になって資本主義を変質させると同時になくなってしまい、競争よりも安定を求める、相互依存の社会ができあがった。

 その社会の主役が、賃金労働者だ。これには、アメリカの夢である中間階級も当然ふくまれていて、いつもなにごとに対しても防備はなく、大資本のいいなりで、なにを考えるかよりもどのていどの経済的成功をなしとげるかのほうが重要とされているから、個人はそのまま、一個の商品となってしまう。商品としての個人は、官僚社会のなかではその社会が必要とする以上にはなにごとも考えず、マスとエリートとに両極分解するときには、もちろん、マスのほうに入っている。

 中間階級マスは、社会に対してなんの武器も持っていない。労働力としての商品価値は極度に機能化されていて、自分のたとえば人間としての生命力が仕事に関与することなど、まずありえない。と同時に、大量生産機構のなかで、消費者としての商品価値を持たされていて、消費のなかですら、大資本のいいなりにしかなれない。

 エリートは、オートメーションの管理者としてのスペシャリストになる。思想よりも技術のほうがはるかに優先し、イデオロギーぬきの技術社会がつくられる。マスはこれに対してただしたがうよりほかに方法はなく、したがえばしたがうほど、自分の決断力というようなものはなくなってしまい、自分の存在意義、自分がなにをどう進展させているのかといった手ごたえをなくし、よくいわれる疎外された中間階級大衆になっていく。

 大衆は不安をおぼえはじめる。自分は立派な社会的な秩序のあるアメリカに属しているのだという、幻想にしかすぎないのだけれどもしかしとりあえずよりかかることのできるシンボルを求めなければならない。たとえばアメリカの大衆がなんとなく不安をおぼえはじめたトルーマン時代の末期では、アメリカの国民的な英雄としてアイゼンハワーが大統領にえらばれ、これによって擬似的な統一感が大衆の心のなかになしとげられ、不安を自己満足にすりかえていったのだ。やはりアメリカの本格的な不安は、一九五〇年代にはじまっていた。

 統一感と自己満足のためにアイゼンハワーのようなシンボルをえらぶ心理は、すでにひどく衰弱している。ものごとの本質を見ずに途中でごまかしてしまうから、かつての美しかった過去をふりかえることが、フォークソングのブームや復古風俗として、産業になったりするし、大統領でさえ、ニクソンのように、法と秩序へのノスタルジアだけに支えられて、出現することができる。同時にニクソンは、大衆がものごとの根本を見ようとしないでいることに乗じたデマゴーグの産物でもあり、マッカーシーといっしょに赤狩りのときに活躍した前科を思いおこせば、とうてい大統領にできる人物ではないのに、いま現に大統領として、戦争経済をすすめている。アメリカは体質的に右翼になりやすいものを持っていて、たとえば二大政党は対立などしていず、基本的なところでの利害関係は一致していて、政党はそのときそのときの支配原理をどうにでも好きなようにとりかえることのできるスポンジのようなものなのだ。二大政党は協力して均衡状態をつくりだし、この均衡は、目さきの利益追求に支えられた現状維持にかわっていき、そのことに対してアメリカは、なんの疑問も持たない。体質としては右よりだから、都合のわるいことは力で押えようとはかる好戦的な部分を必ず持ち、強大な軍事力が、民主主義の守護神になりうる。

 個人の責任と努力にもとづいて節約と貯蓄をかさね、カネをもうければそれが現世での人間として最高の到達点であると定めるプロテスタントの世界観は、自由平等の資本主義の、このうえなく都合のよい推進力となった。

 アメリカのすぐれた部分はすくなくなってきた。そして、このアメリカに、ほんのひとにぎりの人たちが、NO! と言い、同時に、自分たちが拒否したアメリカにかわる新しい価値を提示してみせた。

 なぜアメリカがこうなってしまったのか、とことんまでさかのぼって真相をきわめようとする、反アメリカの極致みたいな人たちであり、彼らの主張は、ひとまずアメリカ的なもののすべてから自分を切りはなしてみせることをとおしてなされた。この少数者たちが最初にとなえたのは、PEACE(平和)だった。戦争で人を殺すのはいけないとか、むごたらしいことはやめなければいけないといった道義上の理由による平和ではなく、彼らが唱えた平和は、なによりもまずさきに、非常に反アメリカ的な観念であったのだ。

 アメリカにとって有利なように書かれたものでもかまわないのだが、すこし詳しいアメリカ史を読めば、アメリカは、独立戦争以来、戦争、あるいは、他の国に対する武力による干渉、ばかりをおこなってきたことに気がつくはずだ。

 カナダとキューバとを、武力ででもいいからアメリカの支配の下に置こうという考え方は、独立戦争のときからあった。ケネディがキューバでなぜあのようなおろかなことをおこなったか、その理由は、建国以来のアメリカの歴史のつみかさなりのなかにある。メキシコとの戦争で西はカリフォルニア、南はテキサス、北はオレゴンまで、広大な領土をいちどに自分のものにしたアメリカは、モンロー主義によってメキシコ、中南米、カリブ海の島々を、次々にねらいうちしていった。一八〇〇年代のなかばから、アルゼンチン、パナマ、ニカラグァ、コロンビア、ウルグァイ、パラグァイが、アメリカからの干渉をうけたのだ。

 フロンティアが国内になくなってしまい、南北戦争をへて資本主義がアメリカを支配するようになる以前から、領土の拡大は、アメリカ国内の利害的対立関係を発散させるために、おこなわれていた。

 資本主義が本格的にスタートしてアメリカが工業国になると、外国に産物を輸出する必要が生じてきた。領土の拡大は、広い土地を手に入れるという地理的な欲望から消費マーケットの確保に、変質していった。中南米の諸国が再び狙われ、たとえばキューバは、ハワイやサモアがアメリカに押えられたあと独立したのだが、一九五九年のカストロによる革命まで、実権はアメリカに握られたままだった。米西戦争でフィリピンを手に入れたアメリカは、そこからアジア、特に中国に、必死にむかっていった。ヨーロッパの国々によって中国はちょうど分割されつつあり、アメリカはその広いマーケットを失うまいとし、それが失敗すると、現在にいたってもまだ中国を承認しないというような態度にでるのだ。国内では黒人を奴隷にし、アメリカン・インディアンを、事実上の絶滅においこんだ。

 アメリカにとって、独立とはどのようなことだったのか。ヨーロッパの支配を断ち切ることはもちろんなのだが、それ以上に、やがては自分の好きなように世界のなかで行動をとる、ということだった。一八二三年のモンロー・ドクトリンは、アメリカ外交の孤立主義を表明したものと理解されているようだがそうではなく、むしろ逆で、好き勝手に外国に干渉することを、意味していた。そしてその干渉は、建国のときには一三あった共和国内部の共和国のための利益確保の手段であった。アメリカ国内で工業が発展するにしたがって、アメリカは、ヨーロッパと対等の国際関係上の地位を得ることになるのだ。工業はなんとしてでも発展させなければならず、南北戦争を通過すると、独占のかたちで、産業資本主義が広がっていった。これは一八八〇年代に目立ってたかまり、やがて独占による支配、搾取への抗議がおこり、一八九三年の不況にかさなって、アメリカではじめて、独占資本主義の弱点のようなものがはっきりと表面に出たのだった。

 海外に市場を求めてこの弱点をなくそうとはかったアメリカは、一八九八年、米西戦争に入ることになる。そして、フィリピンを手に入れた。一九〇〇年代には、海外マーケットの入手に、ひとつの政治上の理念が加えられた。海外のある特定の国をアメリカの市場とすると同時に、その国にアメリカの自由と民主主義とをわけあたえ、それをその国にとっての最良の政治形態にしたてあげる、という勝手な理念だった。一九〇一年のパナマにはじまって、ホンデュラス、ドミニカ、ニカラグァ、メキシコ、ハイチなどが、二度、三度と、武力的な干渉をアメリカからうけ、一九一四年に開通したパナマ運河を、アメリカは手に入れた。

 一九一七年、ロシアに革命政府が生まれた。社会主義はすでにアメリカ民主主義の敵であった。第一次大戦をチャンスに、アメリカはヨーロッパにマーケットを広げ、おかげで、債務国から債権国になり、国内での社会主義(アメリカ民主主義以外のあらゆる思想)の発生をおさえるため、コンフォーミズムを国民に強要し、赤狩りをおこなった。

 大戦後のヨーロッパで新しい革命がおこらないように手をうち、イギリスとはりあい、のこるはアジア、特に中国だった。一九二九年に不況がきて、国内の経済のたてなおしが当面のアメリカの仕事になった。国内経済のたてなおしには、有効な手段は輸出しかなかった。輸出は拡大したが一九三六年には国内の景気は悪くなり、三七年、日本は北京を占領してしまった。そして三九年、ヒトラーのドイツ軍がポーランドに入り、第二次世界大戦がはじまった。

 アメリカが日本に落した原爆は、つきつめると、ただひとつの意味しか持っていない。アジアの諸民族が目覚めて独立し、しかもそれが社会主義国になったのではアメリカのマーケットがなくなってしまうので、反社会主義の態度表明の極致として、原爆を落したのだ。

 反社会主義はヨーロッパのマーケットでも守られた。一九五〇年代に入るまでに、アメリカは、世界一の産業資本主義国になった。ニクソン副大統領は、ディエン・ビエン・フーが落ちかかっているとき、アメリカの軍隊を送らなくてはいけない、とさえ語った。この考え方はやがてアメリカが南ヴェトナムにつくったゴ・ディン・ディエムのアメリカのための政権になり、南ヴェトナム民族解放戦線の革命とは関係なく、しかし共同して、ヴェトナム民主共和国をなきものにしようとはかっているのだが、なしとげられるはずはなく、それで当然なのだ。

 PEACE(平和)のひと言が、いまのアメリカの独占資本主義に対してどのような意味を持つか、これであきらかなはずだ。人殺しや侵略戦争はいけないことだからPEACEなのではなく、「資本主義に個人が必死に適応し、それによって生きていく時代は終った」からPEACEなのであり、これまでのアメリカが一度も考えてみたことすらないような新しい価値をさがせ、とPEACEは言っているのだ。

 このような意味の「平和」でないかぎり、アメリカではあまり意味を持ちえない。PEACEはクラシックで牧歌的な平和では決してなく、もちろんそれを含みはするのだが、アメリカのなかで独特な進展をみせた自由平等、民主主義、資本主義、産軍複合体、黒人問題、オートメーションなどを基本的なところから考えないことには、PEACEは、軍隊による他民族殺害行為の一時的な中断にしかならないのだ。たとえば日本で考えられているヴェトナム戦争反対とアメリカでの「アメリカへの参加の拒否」とのあいだには、ばくぜんたる平和のイメージと、すべての根元にたちかえりそこから再び考えはじめるラディカル本来(ラディカルという語は、そのような意味を持っている)の姿との、厳しいへだたりがある。

 ヴェトナム戦争がアメリカ独占資本主義にとってのごく自然な姿であることに少数のラディカルが気がつき、それが風俗的な力で社会のなかに広がりはじめたのは、比較的最近のことだ。日本では「ヒッピー・ボタン」と呼ばれているもののひとつに「戦争はいい商売・あなたの息子を投資しろ」というのがある。反戦を平板な風俗になおしてしまう力を持っているのだが、同時に、アメリカとヴェトナム戦争の核心をついてもいる。この War is good business, invest your son. と「戦争を主催したまではいいが、誰もこなかったらどういうことになるのか」 Suppose they gave war and nobody came. とのあいだに、「戦争にでかけるよりは性交を」、Make love, not war. に代表されるさまざまな反戦へのこころみがあるのだ。

 PEACEは、それに参加するひとりひとりが、根本的なところで徹底的に目覚めることを要求している。だから、反戦は、アメリカの軍隊にいるひとりひとりの兵士に呼びかけるとか、たくさんの人が、各個人の力の結集をもって、ヴェトナム戦争を可能にしている力の根もとに抗議するという、特徴的なかたちを持つことになる。

 ジェリー・ホプキンズが、ロサンゼルスのアンダグランド・ペーパー『オープン・シティ』で、次のようなことを言っている。

「体のどこかに、ワイセツな文字あるいは図柄のイレズミをしている者は、徴兵検査で4F(不適格)にされる。歩かずに、ただちに最寄りのイレズミ屋に、走れ」

 イレズミをしろ、とすすめているわけではない。いまのアメリカ社会には意外に穴が多いから、自ら不適格者となる方法をみつけ、その穴からドロップ・アウトしろ、と呼びかけている。反戦は、個人がなにを考えるかの問題であり、全員そろってイレズミをすることではない。

 やはりアンダグランド・ペーパーに、こんな投書が寄せられ、かならず紙面にのる。

「ダウ・ケミカル・カンパニーは圧倒的に多角生産であります。この会社は、エプソム・ソルト、サラン・ラップ、ハンディ・ラップ、雑草除去剤……」

 と、日常生活でよく知られた、つまらない製品の名を列挙し、

「……そしてナパームを、製造しています。敬具」

 この投書をきっかけに、あるいは、投書主と似かよった目覚めかたで、サラン・ラップのボイコットがはじまった。サラン・ラップをボイコットすると同時に、ダウ・ケミカルに、ナパームの製造中止を申し入れる。するとダウ・ケミカルは、うちではナパームはつくっていない、と嘘の発表をする。この嘘は、またほかの人たち、しかもアメリカにおけるナパーム製造の現状に精通した人たちが、ダウ・ケミカルのナパームについて、正確な公表あるいは秘密のデータを発表することによってくつがえされる。ダウ・ケミカルは、ナパームをつくるだけではなく、そのことについて嘘をつく、という事実が、人々の前にさらけ出されるのだ。サラン・ラップのボイコットに力が入ると同時に、ナパームの非人道的なすさまじさが身近に納得できるようになるし、アメリカの資本主義は人々に対して嘘をつく、ほかの会社もおなじように嘘を平気でつくのではないか、という素朴な疑問が広がっていくことにもなる。

 結局、ダウ・ケミカルは、ナパームを製造していることを認め、ナパーム製造の現場をヨーロッパに移さなければいけないことになった。ナパームが製造されていることにかわりはないのだが、サラン・ラップのボイコットに参加したりあるいはそれを見守ったりした人たち、そしてダウ・ケミカルのものの考え方に、新しい変化をあたえた。

→明日(2)に続く〔全2回〕

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 ヴェトナム戦争 戦争 第7章「なぜアメリカに「NO!」というのか?」 青空文庫 音楽
2016年5月23日 05:30
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