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ブルースマン|エルヴィスから始まった

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5 ブルース

〈3〉 ブルースマン

 ブルースの思想的な発展は、ブラック・アメリカンのアメリカに対する考え方の変化としてとらえなければならない。

 まったく個人的な体験であった南部ブルースが、奴隷解放によって、自己を黒人として確認した世界になり、それがさらにブラック・アメリカンのナショナリズムにたかまり、最後に、劣等感のまったく消えた、闘争や改革の原動力のための自らの誇り、つまり、ブラック・アメリカン、そしてアフリカン・アメリカンにまで、煮つまっていくのだ。

 黒人たちを、ブラック・アメリカンのナショナリズムに目覚めさせたのは、第一次世界大戦だった。ひとたびアメリカを出れば、自分たちが人間として扱ってもらえることを、黒人たちは知った。アメリカを外からながめてみると、アメリカの悪いところがよくわかった。自分たちを人間として扱わないのはアメリカだけではないか。アメリカだけのことなのだから、アメリカさえ改革すれば、自分たちも、アメリカンになれるのだ。現状が必ずしも絶望的ではない事実を、黒人たちは、知ることができた。ブルースのなかの個人は、いますこし広がりをみせた。一九四〇年代には、黒人による暴動がさかんにおこった。ブルースが持っていた、つかみどころのない攻撃性が、目標をみつけたからだ。

 と同時に、南部体験が、黒人にとって、普遍性を持たなくなった。黒人人口は南部から都市に散っていく。南部体験をまったく新しいものとしてとらえなおすのでないかぎり、南部体験は、南部のブルースをうたう黒人の数だけしか存在しえない個人的な体験の世界でしかなく、黒人自身にとってすら、ブルースは、フォーク・アートになりそうだった。

 レコードのブルースが商品になり、これによってブルースのかたちの最大公約数がほぼできあがったのは、よいことだった。かたちがきまると、ブルースから個人的な要素がぬけ去り、ブラック・アメリカンのナショナリズムがさらに鋭く蒸溜されようとする時期に必要な、非個性的ではあるがひとつにしぼられた統一目的のようなものを、ブルースに託すことができはじめたからだ。ブルースは、南部黒人だけの個人的体験ではなく、万人のものにちかくなった。そしてこの万人のなかには、白人すら含まれることになる。

 ブルースに白人も含まれるということは、黒人にとって重要なのだ。ある時期のジャズにみられたように、中産階級的な白人との同化をめざす黒人によって白人と協力してつくられた、それほどブラックではないジャズに対抗して、あくまでも白人から遠くはなれた、黒人だけのブルースを黒人がつくりつづけていく動機として作用したからだ。黒人でありつづける心理的なスタミナ、白人とのあいだに存在する距離の遠さだけが真実のような、特に電気楽器を多くつかいサキソフォンが歌手とともに絶叫するブルースのなかに、黒人を見ることができる。このブルースのなかで黒人に最もポピュラーなかたちがリズム・アンド・ブルースであり、白人にポピュラーなのが、ロックンロールだ。

 黒人が白人とちかづく状況は、ブルースの進展のなかには見ることができない。白人が、黒人にちかづくのだ。しかし、ジャズは、ブルースから発しながら、ブルースとは大いにちがった発展のしかたを、みせている。

 ブルースに楽器をあてはめたのが、ニューオリンズを中心にした初期のジャズ、マーチング・バンドだった。このときすでに、ジャズはよりブラックなジャズと、よりホワイトなジャズとにわかれていて、たとえばジャズにとっての最終的な楽器だと考えられていたピアノがつくるジャズに、ラグタイムとブギウギとができ、ラグタイムは様式の音楽、ブギは自由なアドリブの音楽として、わかれたままつづいていった。

 古いスタイルのブルースをジャズにしたもののひとつの頂点はルイ・アームストロングだ。このあと、白人のためのつまらないスイングがおこり、スイングと同時に、アメリカのなかで白人に認められる黒人芸術としての集団ジャズがあり、これが、ビーバップという緊張したジャズに解体されると、アメリカから自ら遠くはなれようとする黒人の心の動きになるのだ。黒人であるかぎり白人としては認めてもらえない。アメリカ白人文明の底を見てしまった彼らは、自らアメリカとの離反をはかった。ジャズは、黒人民衆の表現だとか、私たちの音楽にあわせてダンスができます、などとつまらないことを言ってはいられなくなったのだ。アメリカから自分を切りはなそうとする心の動きは、ブルースが万人のものになったのとおなじように、白人にもあった。ビートの詩人たち同様に、ビーバップの白人たちは、自分の音の世界に内向することによる自己の確認のよろこびに支えられ、黒人たちは、アフリカの複合リズムのなかに再びみつけた黒人の誇りに、支えられていた。だからブルースでもジャズでも、黒人のそれには、白人とはまったく関係ない部分が、必ずある。アメリカ文明のなかで黒人は最初からアウトサイダーだったが、白人は、アウトサイダーになることを選んで、アメリカの否定にむかった。白人によるアメリカ否定を支えたものは、音楽的には技術であり、思想的には、改革的な力を持った一種のいや気だった。ブルースでもジャズでも、最優秀な前衛はアメリカからはなれていることで黒人も白人も共通していて、資本主義文明の外に立つ勇気は共に同質だ。

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ ジャズ ブルース リズム・アンド・ブルース ルイ・アームストロング
2016年8月4日 06:00
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