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ミスター・ブルース|エルヴィスから始まった

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5 ブルース

〈2〉 ミスター・ブルース

 黒人たちがなぜブルースをうたうのか、誰にもわからない。彼ら自身に訊いてみても、はじまらない。「自分が知っている唯一の音楽だから」とか、あるいは「これが自分の生き方だから」とか、こたえるだけだろう。

 真実として、ブルースほど真実なものはない。生きることぜんたいの表現が、ブルースなのだから。ブルースをうたう黒人にとって、自分のブルースの原動力は自分の心であり、自分の心以上に真実なものはない。ブルースは、黒人が集った教会や、彼らが働いた綿花畑から生まれた、といわれている。まちがいではない。しかし、教会や綿花畑だけでは、ブルースのほんとうの説明はできないのだ。ブルースは、奴隷のつらい生活、という単一な状況から出てきた音楽ではなく、アメリカでの黒人の変化にあわせてできた、黒人の心、思想、と呼んでもよい、歌なのだ。

 奴隷黒人たちは、アフリカからもってきた神々までが、白人によって禁じられた。しかたなく、黒人は、白人たちのキリスト教を、とり入れた。キリスト教徒になることは、また、白人にすこしは近づくことでもあった。つらいのは奴隷としての生活ではなく、来たくもないアメリカ新大陸に無理やりつれてこられてしかも人間として認めてもらえないことだった。

 奴隷労働者たちが教会でうたったスピリチュアルな歌は、このつらさの歌であり、世代がすすむにつれて、いつかは死によってこの求めざる土地から解放され天国にいけるのだという、宗教上の希望によって支えられたペシミスティックな生の肯定の歌にかわった。

 綿花畑で仕事をしながら叫ぶようにうたわれたフィールド・ホラーは、これは単純に実用音楽だった。仕事の伴奏として、自分たちのそのときの生活がそのままうたわれた。

 ブルースがもしスピリチュアルやフィールド・ホラーといまでもつながっているとするならば、そのつながりは精神的なものではなく、むしろ、スピリチュアルもフィールド・ホラーもブルースも、いずれもアフリカからもってきた音楽としての、純粋に音楽上の同一性だけだろう。

 アフリカの音楽は、ヨーロッパの全音階にあてはまらない。リズムの構成がまったくちがい、ヨーロッパのそれとは比較にならないほどに複雑で豊かだ。アフリカ音楽とヨーロッパの音楽の決定的なちがいは、ヨーロッパ音楽が楽器をとおしてつくられる音であったのに対して、アフリカ音楽は、人間の声の真似あるいは延長のようなものだった、ということだ。いくつかのドラムでかさねあわされるアフリカのリズムは非常に柔軟性に富み、いろんなものの影響をたやすくうけた。たとえばジャズは、アフリカン・リズムの柔軟性が西洋の楽器をすんなり受けとめた結果の産物だと、すくなくとも音楽的にはそう考えることができる。ブルースは、歌というよりは、リズムに乗せられた話し声なのだ。そして、その話し声は、歌い手によってさまざまにちがいうる。

 黒人たちにとって、ブルースをうたうということは、自分が奴隷であることの徹底的な確認だった。決して、魂を一時的になぐさめる安全弁ではなかった。ブルースは、もっとタフなのだ。

 ブルースが、一見、マゾヒスティックなまでに受身にみえるのは、黒人がアメリカ人としてのナショナリティをいつの日か手に入れるには、ひとまず耐えることしかなかったからだ。ブラック・アメリカンの思想史は、疎外のなかで耐えることからはじまったのだが、ただひたすら耐えるのではなく、たとえば両腕で相手の攻撃をかわしつつ、どこかに攻撃用のとらえどころのない腕がもう一本、自由にゆれ動いているような、そんな耐えかただった。ブルースの単純な歌詞が、単純でありながら決して露骨でも限定的でもない事実のなかに、ブルースの詩としての芸術性よりも、攻撃性をみることができる。

 ブルースは、アメリカの土地や自然をうたっていない。生活そのままをうたうなら、自然をテーマにしたブルースがあってもよさそうだが、ひとつもない。好きで来たのではなく、労働力として無理やりにつれてこられた土地の美しさは、うたえというほうが無理だが、それ以上に重要なのは、土地に密着した奴隷でありながら、黒人は土地に精神を支配されることのない、土地からはいつもはなれた、観念の人だったということだ。これは、あとになって、彼らのために非常に有利に作用する。

 ブルースは、家庭生活の楽しさも、うたっていない。黒人たちは、白人によって故意にバラバラにひきはなされたので、楽しい家庭は持てなかった。労働力としての黒人の数をふやすために、白人は、馬をかけあわせるのとおなじように、黒人に子供を生ませた。子供は、単に生まれてくるだけで、すぐに自分とおなじに救いがたく不幸であり、生まれるよりは死んだほうがましだった。事実、子供たちは、生まれるとすぐ、多くが母親の手によって殺された。黒人たちは、大地からも家庭からも、はじめから切りはなされていた。したがってブルースのなかでうたえるのは、自分の心のなかだけだった。

 奴隷解放によって、ブルースは、宗教からも訣別することができた。南北戦争は、奴隷を解放するかしないかの戦争ではなく、アメリカに資本主義を押しひろげるための経済戦争だった。奴隷から解放されてとりあえず一個の人間になった黒人は、自分にとってはこれまでよりもさらにひどいアメリカを見た。「個」になれたことはなれたのだが、アメリカは自分をそのなかに含んでいてはくれないのだ。労働が、黒人にとってはじめて、つらくなった。

 「約束の土地」天国は、こんなところに生きているかぎり、なんど死んでも自分の手には入りっこない、と黒人は考えた。しかも、「約束の土地」を約束してくれたのは、ひたすら激情的に耐えることのみを教え、自分たちを白人に順応させるためにつかわれた、このひどいアメリカを支配する白人のキリスト教ではないか。ブルースは天国をあきらめ、感傷を致命的に欠いてすさまじく正直でリアルな、の音楽となった。天国のかわりに、死があらわれた。死は、最も現世的なものの極点だった。

 仕事のためでも天国のためでもなんのためでもなく、すべてから切りはなされてひとりだけになった黒人は、自由に自分だけの歌をうたえるようになった。なにものにもたよらずに精神を独立させ、その独立のなかから、なにだかはわからないけれどもなにか新しいものをみつけ出そうという絶叫がブルースになった。このときすでに、ブルースは、資本主義に対する革命の意味を持っていた。

 自分ひとりで、自分のために自分の心だけをうたうブルースは、だから、個人的な内向する歌なのだ。ブルースに、外向する力が大きく加わったのは、ブルースをうたうことがカネのとれる芸になったときだ。

 すでに自分の身のまわりにあるアメリカのすべてがいやになり、いやになるというよりも自らすすんでそのようなものから遠ざかっていきたくなるあきれはてた気持ちを持ちながら、たとえば、あくまでも抵抗をやめない、というようなかたちででもいいから新しいものをつくっていこうとする心が、ブルースの魂、ミスタ・ブルースなのだ。

 ブルースをいつまでも黒人のフォーク・アートにとどめるのは、ブルースにとっての大きな不幸だ。そのようなブルースは、歴史的な記念品にしかなれない。ブルースは、アメリカの南部でつらいしいたげられた生活をしてきた年よりの黒人にしかうたえない、というものでは断じてない。アメリカのなかで奴隷にされたのは、結局、黒人だけではなかったのだから。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1971年 1994年 「第5章 ブルース」 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ ブラック・アメリカン ブルース 音楽
2016年8月4日 05:30
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