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ブラック・アメリカン|エルヴィスから始まった

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5 ブルース

〈1〉 ブラック・アメリカン

 一六一九年の夏、アメリカ植民地の労働力としてはじめてのアフリカ人が、二〇名、ヴァージニア州のジェームズタウンに揚げられた。総計七〇〇〇万人にちかい黒人の新大陸への輸入の、最初だった。

 新大陸アメリカにとって、彼らは、二重の役に立った。ヨーロッパに輸出するタバコの交換品としてアフリカの黒人を受けとり、その彼らは、奴隷として、こんどはタバコを栽培するための労働力となった。

 黒人たちは、安く買えて魅力のたかい労働力だった。はじめにカネをはらってしまえばあとは維持費だけで、子供は無料でもうけたおまけであった。タバコを栽培している人にとって、彼らは安くて安定した労働力の源であり、奴隷商人たちにとっては、もうけの多いすぐれた商品だった。アフリカで船につみこむとき「歩け」とひとこと命令するだけでこの商品たちはひとりで歩いたのだ。この商品の第一の魅力は、船につみこむときに労働力をまったく必要としない点だった。

 黒人を終身奴隷とする法律ができ、アメリカ新大陸はイギリスから独立し、一九世紀に入って綿花がアメリカの南部で巨大な産業になると、黒人たちはその基本的な労働力となった。

 南北戦争によって黒人たちは奴隷から解放されたが、南北が統一されて全米に資本主義が勢よくひろがっていく社会のなかに、なんの防備もなくほうり出されることになってしまった。彼らがみじめな労働力であることにかわりはなく、フロンティアがなくなると同時にアメリカは工業国にかわり、一九世紀の終り、黒人と白人とは「隔離はしても平等」の最高裁判所判決がくだった。

 第一次大戦、第二次大戦と、ふたつの大きな戦争で黒人たちはブラック・ベルトから出て、工業都市に安い労働力としてさらに分散された。

 アメリカの黒人たちは、白人たちから、肌の色のちがいを中心にして偏見を持たれているのではない。肌の黒さはほとんど関係なく、「黒人」は「労働力」と同義なのだ。黒人は、色の黒い人間、として差別されているのではなく、「安い労働力」としてアメリカの独占資本主義に搾取されている。これを偏見あるいは差別としてのみとらえると、黒人に関するほとんどのことがわからなくなってしまう。色の黒さに対する恐怖や心情的な偏見もたしかにあるのだが、それらは結局のところ、搾取の土台がためをしているにすぎない。

 労働力としての黒人たちは、”高度な”[原本は傍点]労働にはまわされず、常に労働としては最も基本的な、最もブルーな部分のブルー・カラー労働にあてられる。白人たちは、生活が向上するにしたがって、ブルー・カラーからはなれていくからだ。

 このことは、白人たちにとって、皮肉な結果を生んでいる。黒人はアメリカの総人口からみると二〇パーセントにみたないマイノリティなのだが、労働力としては貴重で、しかも重要な産業でのパーセンテージは五〇パーセントにちかい。

 ニグロ問題は、アメリカにとっては労働問題であり、労働問題とは、言葉をかえれば、アメリカを支えている資本主義そのものの問題なのだ。決して、人種問題ではない。黒人を人種問題として枠づけることは、資本主義に対して人々に目かくしをすることだ。

 人種問題としての解決は、とっくに終っている。アメリカの法にしたがったうえでの白人社会へのおだやかな同化は、黒人の心を資本主義の金銭と白人優越思想に従わせることでしかない。アフリカへの回帰もすでに意味はなく、白人との隔離は、不可能にちかい。あとにのこされたのは、アメリカ人としてのナショナリズムしかなく、とりあえず自由とか平等を、いますぐ、求めているのだ。

 フリーダム・ナウ! の「ナウ」は、たしかに「いまただちに」だが、「本物の」と解釈したほうが、より正しい。公民権法はジョンソンのサインを得はしたが、実際はみせかけにすぎないのだから。

 さんざん耐えてきて、まだこれからも、みせかけの平等に耐えなければならない。アメリカで耐えていくことをとおしてアフリカからはなれた彼らは、もう耐えることはやめた、と宣言することによって、こんどはブラック・アメリカンとなるのだ。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日のリンク:

1) ジミー・ロジャーズ公式サイト|ボブ・ディランの編によるジミー・ロジャーズ・トリビュート・アルバムライナー・ノーツ

2)

ジミー・ロジャーズ「眼に涙のある夢」(Jimmie Rodgers, Dreaming With Tears In My Eyes, 1933)

ボノ「眼に涙のある夢」(Bono, Dreaming With Tears In My Eyes, 1997)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 「第5章 ブルース」 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ ブラック・アメリカン 青空文庫 音楽
2016年7月28日 05:30
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