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バーミンガムに歩いて帰る |エルヴィスから始まった

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4 カントリー・ミュージック

〈4〉 バーミンガムに歩いて帰る

 日常の真実と同時に、カントリー・ソングは、人生に対してま正面からぶつかっていこうとする態度と、心のなかの正直な表現とを、持っている。

 男の側からみたカントリー・ソングの世界には、つきつめるひとつのはっきりしたテーマが、ほとんどいつもあるように思えてならない。男が、とにかくひとりになりたい、という、制御することのほぼ不可能で、本能的な衝動なのだ。この、ひとりになりたい、という衝動は、一九七〇年にむかうほど強烈に、カントリー・ソングの詞のなかにあらわれている。一九六〇年代も終りにちかいアメリカのなかに生きていると、いつのまにかこのような衝動が身についてきて、それが作詞、特にカントリー・ソングのなかにあらわれたとなると、やはりこれはみのがすわけにはいかないのだ。

 一九六九年にボビー・ボンドが詞を書き、ジョージ・ハミルトン四世がうたってヒットした『デンヴァーに帰る』という歌。日本語訳では『なつかしのデンヴァー』となっている。なつかしの、ときたらこれは恋の歌だと思ったらまちがいで、妻を自分からすてた男がひとりでデンヴァーに帰ってゆく、したたかな歌なのだ。

   1

  ジュディ、おまえがつくってくれる朝ごはんは、とってもよかった
  できることならもっと食べたいのだけれど
  おまえがつくってくれたビスケットとおまえの愛が、ボクを満腹にしてくれた
  美しいおまえがそばにいると、ボクは落着いてしまうのだった
  おまえはボクを王様のように扱ってくれる
  明日がどういうことになるのか、だいだいわかっている
  なんとなく安心できる、安定した気分だ

   2

  しかし、ときたま、ボクは、デンヴァーに帰りたくなる
  心配事はなにもなく
  青い空とハイウェイと時間とがあるきりのデンヴァーに

   3

  夜になるとおまえはきちんと戸じまりする
  シャツにかけてくれるアイロンの具合は、ちょうどいい
  おまえがいれてくれるコーヒー、つくってくれるケーキ
  うたってくれる歌
  みんな素敵なのだが、しかし、ボクはたまに
  おまえがボクに微笑むのをもうやめにしてくれればいいのにと、思う
  おまえはボクを大事にしてくれているのだけれど

   4

  たまにボクは、自分がいまデンヴァーに帰りつつあるのだといいなあ、と考える
  デンヴァーに帰ろう
  心配事はなにもなく
  あるのはただ青い空、ハイウェイ、時間だけで

 妻がいやになったとか、ただ単に疎外された男の歌ではなく、これは基本的な疑問の歌なのだ。

 都会でつくられたカントリー・ソングは、恋や愛に破れた男性がそれを嘆く歌がほとんどだと思われていた。一見、たしかにそのとおりなのだが、よく聞くと、カントリー・ソングのなかの男性たちは、女性を失って、ほっとしている感じなのだ。悲しい、せつない、キミのことは忘れない、などと言いながら、心の底では、男ひとりになれた解放感や自由をよろこんでいるふしがある。

 というよりも、そんなことよりはるかに深いところにあるよろこび、たとえば妻と家庭を持って子供をつくり、あかるい明日を信じて社会のルールを守りながら、がんじがらめになりつつ、他人が定めた価値の世界のなかで自分を失っていく生活すべてをご破算にして、自分をとりもどすよろこび、そのようなものを、失恋にカモフラージュさせてうたっているような気がしてならない。男性が自分をとりもどす第一のきっかけは女性にふられることであり、ふられてはじめて、他人や社会とのあらゆるつながりを断ち切って「個」に回帰することができるのだ。

 一九六七年には、『バーミンガムに歩いて帰る』という歌があった。詩は、こうだ。

   1

  靴は救世軍からもらい
  時計は親切な友人がくれた
  バッファロで時計を質に入れ
  酒を一本と、ノミだらけの宿を手に入れた

   2

  朝になって陽がのぼり
  酒がのこりすくなくなると
  オレは足に靴をはき頭に帽子をかぶり
  歩いてバーミンガムに帰るのだ

   3

  三エーカーの農場と、なまずのいる池がある
  スモーク・ハウスにはカントリー・ハムがいっぱい
  なん千マイルの道のりも、そう遠くは思えない
  バーミンガムにオレは歩いて帰るのだから

   4

  朝になって陽がのぼり
  酒がのこりすくなくなると
  オレは足に靴をはき頭に帽子をのせ
  歩いてバーミンガムに帰るのだ

 女性にふられたという描写が出てこず、どちらかといえば、ホボ(放浪者)・ソングに似ている。しかし、おなじホボ・ソングでも、ジミー・ロジャーズのときは肺病でひとりさびしく死んだり、あたたかい家庭をほしがったりしていたのだが、時代がすすむと、こうまでかわる。

 この六七年のホボは、田舎の小さな農場でひとりで暮らすつもりだ、とうたっている。ハムやなまずは話題になっても、その農場にきれいなお嫁さんが来るとは絶対に言っていない。ここがホボのえらいところで、女性なんか関係ないのだ。ひとりで何日もぶっつづけに草原で馬や牛を追って暮らしているカウボーイにも、おなじようなところがある。女性にはやさしくするのだが、馬にまたがるとテンガロン・ハットにちょっと手をふれてあいさつし、荒野のずっとむこうにいってしまう。

 これまでのカントリー・ソングは、ほんとうにうたいたいことを、あまりにも巧みに失恋にカモフラージュしすぎていた。アーネスト・タブは、その典型だろう。ほとんどいつも失恋ばかりうたっているが、あれほどの歌唱力と雰囲気を持つ人が、失恋ばかりうたっていて楽しいはずがない。禁酒をとなえ悪魔を信じ、バイブルを生活の指針にしているが、心はブルースにある。

 彼のバックアップ・バンド、テキサス・トルーバドアズの五人も、五人とも世のなかとは関係ないような顔をしてニヤニヤ笑いながら、失恋の歌をうたっている。キャル・スミスがうたう、ビル・ブロックの『コーヒーを一杯のんだらボクはキミの前からいなくなるよ』は傑作だ。かつては恋していた女性に、男のほうから「もういいや」と、自分の貯金通帳を彼女にあげてどこかへいってしまう歌だった。

これがもうすこしすすむと、一九六九年、ロイ・クラークの『オーク・ストリート、右か左か』のような歌になる。

   1
  
  目覚し時計が、今朝の七時に、鳴った
  昨日も、おなじ時間だった
  七時半が朝食の時間
  妻がどんなことをしゃべるか、聞かなくてもわかっている
  おとなりのクロフォードさんとこは新しくプールをつくったわよ
  ミラーさんのとこではカラー・テレビを買ったのですって
  ウイルスンさんのお仕事はあなたほどはよくないけれど、奥さんは私よりいい服を着ているわ

   2

  学校へは八時五分につく
  校門で子供たちを車から降ろす
  そして私は銀行の向こうにある時計塔の前を走りすぎる
  八時一五分すぎちょうど
  オーク・ストリートの信号で車をとめるたびに、いつもおなじことを私は考える
  いつもとおなじようにここで右に曲がるべきか、それとも、左に折れてすべてをすてて逃げるべきか

   3

  オーク・ストリート、右か左か
  毎日、私はこの問題に直面する
  どちらがより大きな勇気を必要とするのだろうか
  とどまるのと逃げるのとでは
  左に曲がればどこかへいける
  目覚し時計やスケジュールをほうり出せる
  決められた時間に
  私が、決められた場所にいなくても
  誰も文句をいわない
  したいことができて
  いつも決まったおなじことをする必要のないところ
  人生は一度しかない

   4

  どちらにすればいいのかよくわからない
  これまで私は、オーク・ストリートでいつも右に折れていた
  男には決断の時が必要だが
  決断によってなにを失いなにを得るか、よく考えなければいけない
  誰にとっても人生はギャンブル
  どっちに曲がるかによって決まってくる

 男なら誰でもその初期に考えることだが、この真実が商品として歌になった”時代”[原文では傍点]が、面白い。

 カントリー・ソングには、昔から、離婚の歌が多い。昔は、悲劇的な愛のほうが聞く人にとってエモーショナルな衝撃力がより大きいために離婚がうたわれたのだが、現代では意味がすこしちがってくる。

 一九六八年、ジーニー・C・ライリーがうたった『小さなこと』は、次のような内容だった。

   1
  
  お電話でおじゃましてゴメンなさい
  この町には、私、ほんのちょっとしかいないの
  でも、お聞かせしたらよろこんでもらえるのではないかと思って
  ジニーは学校でいちばんの成績になりました
  ビリーは、ほんとにあなたそっくりになっていきます
  あなたのもうひとりの息子さんも、あなたに似ているのですってね
  ビリーが「お父さん大好きって伝えてね」ですって
  こんな小さなことですけれど、あなたにお知らせしておこうと思って

   2
  
  おとなりのサムとケリーのご夫婦、おぼえてらっしゃるかしら
  あのご夫婦と私たちは、いつも楽しく笑っていたような気がしますけれど
  私たちとおなじように離婚してしまったのですって
  私たちが住んでいた家は取りこわされました
  私たちの家は、私たちがいっしょに大切にしていた最後のものでしたね
  家があったところに、いまはフリーウェイが走っています
  こんな小さなことでも、お知らせすればよろこんでいただけるのではないかと思って

 わかれた夫にはまだ未練がある感じだが、家はとりこわされてハイウェイになっている、というくだりが泣かせる。

 おなじくジーニー・C・ライリーの『ダラスの裏通り』では、さびしくひとりで生きる女性が娼婦になっていく歴程が、うたわれていた。

 ダラスで恋人にふられた彼女が、故郷へ帰るにも帰れず、いつのまにか裏通りで、そのような女になってしまった、という歌だった。

 ふられた理由のあげられていないところが、すぐれていた。歌詞の第二番によると、
「ところがいきなり彼は彼女をすてた
 その理由は、いまだに彼女にもわからない」
 となっていた。

 一九六八年、レイ・クラークがうたった、『愛とはそのときの心の持ちよう』の、三番の歌詞が面白い。

   3

  すこしは自由をあたえてほしい
  たまには大声を出して自分だけの考えを追ってみたいのだ
  もしこれができれば、キミの鎖は海の底から天までとどくだろう
  でもその鎖がすこしでもきつく感じられはじめたら
  自由がきかなくなったら
  それはボクが逃げ出すときだ
  自由に呼吸するために
  愛とは、そのときの心の持ちようなのだから

 いわゆる「愛」が、男と女とを結びつけると同時に、結びついたそのふたりをあらゆるかたちで抑圧し束縛している事実に、アメリカのカントリー・ソングの人たちですら、気がつきはじめた。離別の歌でも、わかれたときの一時的な悲しさをうたうだけではなく、悲しさと同時に、人間の限界みたいなものまでを含めて考えてみようとする、深刻な歌が多くなった。

 メル・ティリスがうたった『ジュリーって、誰?』は、一九六八年、ウェイン・カースン・トムスンの作。眠っている夫が、妻以外の女性の名前すなわちジュリーを寝言で口にし、朝おきて朝食のとき、
「ジュリーって、誰?」
 と、妻に問いつめられる歌だ。

 この歌では、男の愛は、ただひとりの女性だけにしかむけられないケチなものではなく、妻以外の女性に対しても、妻に対するのとはちがうかたちで(浮気、というようなものではなく)真剣な人間の関係が可能なのだ、とうたわれていた。

 カントリー・シンガーは「真実」をうたうという。パット・ブーンはナッシュヴィルで育ったのだが、彼よりはグレン・キャンベルのほうがカントリー的だし、キャンベルよりはバック・オウエンズだろう。そしてオウエンズよりもジョニー・キャッシュのほうが、顔をみただけで「真実」にちかい。チェロキー・インディアンの血をひいた沈痛そうな顔は、ステージに出てきただけで「真実」にみえる。西部劇のジョン・ウェインと同質の「真実」なのだ。

 キャッシュの自作曲『綿つみのころ』は、アーカンソーですごした貧乏な少年時代の真実そのままだが『フォルサム・プリズン・ブルース』は、テレビの深夜劇場で『フォルサム・プリズン』という、ひところ流行した監獄映画のひとつをみていてヒントをうけ、つくったものだという。

 フォルサム監獄に入って自由をうばわれている男が、監獄の外に汽車の汽笛を聞く。なぜだかしらないが、カントリー・ソングにあらわれる汽車のほとんどにちかい多くが、線路が大きくカーヴしているむこうからあらわれてくるようにうたわれている。無意味な殺人をおかした自分がいまここにいるのは自業自得だからあきらめるとして、もういちど自分が自由になれるなら自分はあの汽車にのって遠くへいくだろう、とジョニー・キャッシュはうたっている。汽車にのっている人たちについては、次のような想像がなされている。「その金持ちたちはいま、きれいなダイニング・カーでコーヒーを飲み、太い葉巻きを喫っているにちがいない」

 ジョニー・キャッシュがフォルサム監獄をたずねてコンサートをおこなったとき、『フォルサム・プリズン・ブルース』を聞いていた囚人たちがいっせいに声をあげて拍手したのは、
「オレはリノで人を殺した。そいつが死ぬのを見たかったから」
 というくだりだった。

 この囚人のなかに、マール・ハガードがいた。ジョニー・キャッシュは、一夜だけだが留置所ですごしたことがあり、デキセドリンの中毒でジョージア州の道ばたで死にかけたこともある。刑務所のなかで合計七年をすごしたハガードのほうが監獄という「真実」をうたうにはジョニー・キャッシュより適任だし「真実」にちかいはずだ。しかしフォルサム監獄でのジョニー・キャッシュのコンサートは実況録音LPになり、ミリオン・セラーとなった。

 カントリー・ソングの「真実」とは、詞のなかにうたわれている写実主義的な手法による現実の点景描写ではなく聞く人が詞に対して持つ同化作用をいうのだ。真実の名のもとに、一種のまぼろしが、そこではうたわれている。聞く人が、詞のなかのどこかに、自分と同化できる部分をみつけだすことができれば、その歌は「真実」をうたったことになる。ひとつのカントリー・ソングは唯一の「真実」をうたっているのではなく、無数にちかい人々による同化の可能性をうたっている。

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 アメリカ エルヴィス・プレスリー カントリー・ミュージック 第4章 カントリー・ミュージック 青空文庫 音楽
2016年6月23日 05:30
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