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アパラチアのストラデヴァリアス|エルヴィスから始まった

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4 カントリー・ミュージック

〈1〉 アパラチアのストラデヴァリアス

 一九二〇年には一億六〇〇万人だったアメリカの人口は、一九三〇年には、一億二三〇〇万人にまで増加した。この一〇年のあいだに、アメリカのなかでは、禁酒法をすべてのかくれみのとして、資本主義、つまり、実業と享楽が、勝ちほこっていきつつあった。

 一九二〇年の禁酒法と同時に、アメリカの女性たちは、参政権を得ていた。なぜこのふたつのことがうまくかさなりあったのか、あとからながめると不思議でならないが、禁酒法と女性参政権とは、資本主義の大切な裏打ちである享楽主義の風俗的なシンボル、みじかい(ヒザのすこし下あたりまで)スカートを、生んだ。第一次大戦のために軍需工場で働いてとりあえず参政権において男性と対等となった女性たちは、資本主義の尖兵として、フラッパーにさせられてしまった。

 大戦によって、それまでとは比較にならないほどに工業化したアメリカは、自動車と電気製品の大量生産に熱中していた。労働時間がみじかくなって給料があがり、中産階級が増えていった。移民が禁止され、アメリカの人たちは、国の内部でひとつの思想や生活体系に順応していかなければならなくなった。都市と機械が勝ちを示していく日々の影で、農村、黒人、そして都市の低所得者たちが、とりのこされていった。

 都市化と機械化を支えるメンタリティは、しかしまだ中世的だった。進化論はバイブルの教えに反する、という理由で、反進化論の立場に立つ社会的なアジテーションが一九二一年におこり、一九二五年、テネシー州では、バイブルが描いているもの以外の人間の進化論を、公立学校では教えてはいけないことになった。KKKの影響力が一九二五年には頂点に達し、禁酒法によって労働者は酒を飲まなくなり、飲まなければ飲まないほどよく働き、社会のためになるのだと、信じられていた。大戦によって外国に対して一〇億ドル以上の貸しのできた大国アメリカが、アメリカをひとつの理想あるいは国として世界のほかの国々とは明確に差をつけて個性的に完成させようとしていた時期の、それなりに真剣な努力であった。

 戦争とそのあとの資本主義は、ロスト・ジェネレーションという、絶望に立ちむかう思想を生んでいた。しかし、大勢はやはりジャズ・エイジであり、はなやかな享楽と繁栄だけをみて、鉄道、トラスト、ウォール街などのかくされた部分は、見ていなかった。

 繁栄のなかで特別に見はなされた部分がひとつあり、それは、農村だった。生産過剰、物価の上昇、輸出の制限などで、農村にとって救いの道は、どこにもなかった。反対に、株式はどんどんあがった。配当を一度も払ったことのない株が、いつまでもあがりつづけるのだ。株が投機のためにしか存在していない事実は、はっきりしていた。

 本物の繁栄ではなく、多分に心理的な繁栄だったから、それをかろうじて支えているいくつかの要素のバランスがどこかで崩れると繁栄はひとたまりもなく平らにつぶれてしまうはずだった。一九二三年から二六年にかけてのフロリダでの土地ブームによる一夜成金熱が、ウォール街にそのまま持ちこまれていたのだから、一九二九年から三〇年にかけての株の大暴落、そしてそのあとにつづく不況の日々は、歴史の進展と呼ぶよりも、当然の悪しき結果といったほうが正しいのだ。

 一九二二年に、アメリカにはラジオ局が、五一〇局、あった。このうち、九〇局ちかくが、南部と呼ばれているいくつかの州に散らばっていた。二五年には、テネシー州ナッシュヴィルで、保険会社がラジオ局をひとつつくり、WSM(「万人の生活を守る」という意味のスローガンの頭文字)と名づけ、一〇月に開局した。そしてその年の一一月に、『グランド・オール・オプリイ』という番組がスタートした。五万ワットの出力を持つこの放送局は、ハワイでも聞くことができるし、ニューヨークの中継ステーションをへると、ニューイングランドのいちばん隅にまで、電波は届くのだった。

 『グランド・オール・オプリイ』のオープニング・ナイトは、アンクル・ジミー・トムスンというフィドラーが、六五分間、自分ひとりでヴァイオリンを弾きまくったのだ。

 カントリー・ミュージックのまず最初の楽器は、ヴァイオリンだった。スコットランドやアイルランドからの移民が故郷から手軽に持ってこれた楽器はヴァイオリンくらいのもので、北はニューイングランド、南は南カロライナ、西はせいぜいケンタッキー、イリノイあたりまでの山のなかに定住したさびしくて貧しい農民たちには、日が暮れてしまうと、自家製のウイスキーと音楽しか、娯楽はなかった。

 音楽は、彼らにとって、完全にひとつの生活だった。字がろくに読めないから、たとえば個人的な宗教活動のときも、説教文を読むよりもさきに讃美歌を、彼らはうたった。厳しい生活をま正面から支えてくれる激烈な宗教感情はまず歌となってほとばしったし、さびしさをいくらかでもなぐさめるためと宗教活動のために人々のあつまりがひんぱんにあり、そこがまたそれぞれの人たちの音楽の発表の現場になった。その音楽は、宗教にまでたかめられた自分たちだけの生き方の、シンボルであった。歌はアイルランドやスコットランドで自分たちがうたっていたものが主流であり、歌詞、メロディにさまざまなヴァリエーションができ、ホーム・メードの楽器が加わり、新天地での新しい影響、たとえば黒人の歌やリズム、黒人がつくったバンジョーなどがさらに加えられ、最も素朴な原型としてのカントリー・ミュージックが、一九二〇年代に入るまでにはできあがっていて、二〇年代のなかばにすでにカントリー・ミュージックは、商品としての可能性を持つまでになっていたのだ。

 聴取者からの反応がいいので、ラジオ局はカントリー・ミュージックをながすようになり、二五年の『グランド・オール・オプリイ』の開始で、ラジオはカントリー・ミュージックの単なる発表の場ではなく、カントリー・ミュージックでカネを稼ぐ場になった。なぜカントリー・ミュージックが選ばれたかというと、人々はオペラなどよりもアパラチア山中のフィドラーのフィドル(ヴァイオリンとは呼ばずに、フィドルと呼ぶ)を聞きたがったからであり、聞きたいものを聞かせておけば、コマーシャルにも有利だったのだ。曲と曲とのあいだには薬、日用雑貨、衣服、宗教上の必需品、などのコマーシャルが、アナウンサーによって叫ぶように電波に乗せられていた。人里を遠くはなれたところにいる人たちは、このコマーシャルだけを頼りに、通信販売によって、気に入った商品を買うのだった。カントリー・ミュージックは、アパラチアの山のなかからでてきたとたんに、コマーシャリズムと表裏の関係を結ばなくてはいけなかった。

 第一次大戦後、アメリカ国内ではレコード産業も急速にのびた。一九二〇年代に入ると、貧乏な地帯である南部も、レコード産業のマーケットとして目をつけられ、一九二三年には、オケーというレーベルのレコード会社が、南部では最も近代的で進歩的だったジョージア州アトランタで、ジョン・カースンのフィドルをレコードに入れている。このレコードは、一週間で五〇〇枚も売れた。

 南部は、市場であると同時に、タレントがいっぱいうもれているところでもあった。レコーディング機械を自動車につんで、レコード会社が録音にやってきた。

 レコードとラジオが重なれば、そこにスターが生まれる。オペラ歌手から転向したヴァーノン・ダルハートは、コマーシャルなカントリー・シンガーの初期の典型だろう。ディヴ・メイコン、カーソン・ロビソンたちの名がうかびあがり、一九二七年には、ふたつの重要な才能、オリジナル・カーター・ファミリーと、ジミー(ジェームズ・チャールズ)・ロジャーズが、レコードになった。テネシーとヴァージニアの州ざかいにあるプリストルで、カーター・ファミリーは八月四日に、ジミー・ロジャーズはその二日あとに、ラルフ・ピアによって、録音されたのだ。 

[この項、了]

(『エルヴィスから始まった』1994年/『ぼくはプレスリーが大好き』(1971年)改題 *青空文庫のテキストを用いて作成しました)

今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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blog170102|エルヴィスから始まった|ロマンサー文庫04|公開]2016年4月より木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。

エルヴィスから始まった|気になるタイトルを選んでみてください。

第1章|ミシシッピー州東テュペロ


第2章|心が爆発する


第2章|トータルな体験と目覚め|
   1|ロックンロールは「生き方」だ
   2|ティーンエイジ・アメリカ
   3|いつラジオの音量をあげたか?


第4章|カントリー・ミュージック|
   1|アパラチアのストラデヴァリアス
   2|エレクトリック・ギター
   3|真実としての日常生活
   4|バーミンガムに歩いて帰る
   5|ヒット
   6|マーティン・フラットトップ・テイクオフ


第5章|ブルース|
   1|ブラック・アメリカン
   2|ミスター・ブルース
   3|ブルースマン
   4|アメリカの革命
   5|白人にブルースがうたえるか?


第6章|ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ


第7章|なぜアメリカに「NO!」というのか?


第8章|1960-1970 アメリカ
   1|「いろんなことが同時におこる」ボブ・ディラン
   2|歌になにができたか?
   3|ビートルズはつまらない
   4|単純なものと複雑なもの
   5|ロバート・ジンママン
   6|ヒッピー・ムーヴメント
   7|LSDとマリワナの迷信
   8|FUCK NOW!
   9|フィルモア
  10|ウッドストック
  11|「頭にエサをやれ」(ジェファスン・エアプレーン『ホワイト・ラビット』)
  12|LOVE


第9章|ミシシッピー河により近く


第10章|ELVIS IS BACK


エルヴィス・プレスリーの物語


角川文庫版・あとがき


1960年代 1971年 1994年 『ぼくはプレスリーが大好き』 『エルヴィスから始まった』 エルヴィス・プレスリー 第4章 カントリー・ミュージック 青空文庫 音楽
2016年5月19日 05:30
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